何者?
舞台の袖裏。そこからはまだ光が差していない体育館を見ることができ、時折その闇の中からの期待に胃がキリキリと音を立てる。
「みっさき〜。準備おっけー?」
後ろから舞先輩が声をかけてくる。後ろには演劇部員の仲間達。全員がまとった衣装はこれから劇が始まるという実感を確かなものにして、それを感じるたび胸の中に何かが溜まっていく。
「はい。私もようやく心構えができました。」
「それはよかったです。なにしろもう、花縁の人達に啖呵切っちゃいましたから。」
「…そう。来てくれたんだ。」
後輩の話に少し身を震わせる。額には嫌な冷や汗をかき、小さかった心音もどんどんと音量を上げる。そんな私を見かねてか、杏奈先輩が声をかけてくれた。
「えと…大丈夫?…無理しなくても…へーき。報連相はとっても重要。」
そう言われて、自分の心の中を見透かされたのに驚くと同時に、少し肩の荷がストンと落ちる感覚がする。「すみません。本番前なのに…。少し、話したいことがあって。」
「悩みなのだ!私が解決してみせるのだ!」
「人のモチベーションって、それぞれ違うと思うんです。でも、何か共通点がないのかなって思ってて。それが分かれば、私にも自分のことをより深く理解できる気がしていて。」
ちょっとだけしどろもどろな感じで心中を明かす。そうすると全員が考え込んだように手を顎に当てたり、あーと声をあげたりなど反応はさまざまである。
「む…ムズイのだ…。あんまし考えたことなかったのだ…」
「あはは。亜美にはちょいむずかな〜。
…で、モチベーションに共通するものねぇ。」
再び沈黙が舞台に落ちて、しばらくすると舞先輩が言葉を紡ぐ。
「何かを残すこと。子孫を残すこと、資産を残すこと、自分の名前を残すこと。それが生物としての本能なんじゃないかな。」
「生物としての…」
「うん。人って多分、大体の人が他者と違う自分を探してる。勿論それが自らにマイナス要素を与えるものでなく、例えば勉強ができるだとかスポーツ万能だとか、他者を凌駕して、人に自分の印象を刻み込む。そんな存在証明を求めて生きるんだと思う。そしてそれは、役者である私たちにも通ずるものがある。」
「役者にも?」
スラスラと自分の意見を言えるのは、キャラ理解を怠らなかった先輩が、自分の意見を明確に持っている証拠で、そういうのを常日頃から考えているからだろう。
先輩の言った言葉に、相槌のような疑問をぶつけると、先輩は再び話し始める。
「そ、私たち役者は、人前でエンタメを披露する。それは自分が認められたいという心の叫び。そしてそれは、頼んだって誰かがしてくれるわけじゃない。
存在証明ってのは、戦って勝たないと手に入らない。私達にとって演劇が最も戦いやすいものだったからこれを選んだ。劇の中のキャラも、それぞれの信念とプライドを持ち、自分の存在をアピールするから人の記憶に残る。そういう点では、役者ってのは結構その感情を理解できる人間になるんじゃないかな。少なくとも私は、それが人間の本質だと考えたよ。」
「人の記憶に残るような、存在証明…」
「まあ、演劇って突き詰めればただの娯楽で、建物作ったり水道直したりとか直接的にリアルに関わる仕事じゃないし、どこまでいっても精神的な慰めに過ぎないんだけど。だからこそ、人に感動を、時には傷を与える。そうして深く心に入り込ませなきゃ、役者としての価値は無いに等しい。
価値、そして結果を追い求める。人間が決して諦めてはいけないこと。自分が他の人に認められるためには、どっかで絶対に戦わなきゃいけないんだよ。そして、それは絶対に負けたくないもんなんだ。」
そう言い終わると、開演のブザーが鳴り響く。司会進行役の生徒が演劇部の公演を開始することを知らせる。
「おっ!ちょうど良いタイミング!」
「えへへ…マーちゃんかっこいい!…」
「完璧に決まってたのだ!」
「じゃ、俺たちも勝つしかないですね。より多くの人に自分を刻み込ませるために!」
演劇に優劣をつけるのは難しい。舞台の動きや表現の違いはあるが、人の感性によって意見が分かれるものだから、100パーセントの正解が存在しないし、点を簡単につけれるものでもない。再び、思い出してみる。
私が戦う相手。私が私を刻み込ませる相手。自分の価値。
決まり切っている。必ず演じきる。私の今の挑戦は、モチベーションはただそれだけ。
照明が私の体を貫く。煌びやかに照らされた衣装は人々の目を捉えて離さない。舞台からは練習のとき散々見た非常口の緑のマークが目に入る。
そうして私は、最初の一言を出す。
ねえ、あなたにとって…
「私は、何者?」
────────
「凄かった。みんな。」
「な。期待以上にに期待を超えてきたって感じだわ。」
劇を見終わって夕暮れごろ。私は桜の横にくっつきながらみんなと歩く。少数の劇だったが、伊達に前優勝校なだけはあり、その演技はピカイチだった。先輩達はそのうまさに嫉妬したのか少し不服顔で前を歩いている。
「なんか、前よりも上手くなってるし…。あれ絶対勉強時間削ってるって!全く、受験生としてなってないよ。」
「奴らのことだ。両立くらいできてるだろう。」
「それが悔しいの!うぐわ〜!私も物覚えをもっと早くしたいよ〜!」
悲痛な叫びを聞きながら、私達は劇でもらった寂しさの余韻を丁寧に運んでいく。学校の校門まで行って、全員が立ち止まる。
「さて、どうする?松尾のこと待つ?」
「うーん。水月にはもう個別解散って言っちゃったしなー。水月家おんなじ方向ってなら待っても良いけど、記憶違いじゃなきゃいなかったよね。」
「じゃ、各自解散!みんな体調には気をつけてねー!」
そういうと、何人かのかたまりにばらけて校門を潜り抜ける。私はもちろん桜と帰ろうとした。
だけど…
「…ふゆ?どしたの?」
「…ごめん。桜。帰ってて。先。あるから。用事。」
そう言って、桜を置いてけぼりにして再び校内に入る。なぜこんなことをしているのか、それには理由がある。
一つ目は、各自解散の提案をしたのが燐音であること。別にそれは燐音じゃなくとも誰かが提案していた話だろうから、ちょこっとこじつけ。
二つ目は、なんだか今日の燐音はテンションが低かったこと。いつもなら劇を見終わって高まったテンションは同級生である3年の2人に向かって破茶滅茶なことをしていたはず。でも今日はやけにあっさりしていて、早く帰りたがってた。別のようがあるなら燐音はきっぱりと今日の誘いは断れる人だから、ここに来たかったのは間違いない。何か別の用事が、それもこの校内にある。そう考えながら校内を全力疾走して燐音を探すものの、体力の無さが祟り息が浅くなる。
「はぁ…はぁ…。足…ガクガク…。」
「だと思ったよ。ほら、掴まって。」
体力が底をつき倒れそうになったとき、どこからともなくひょいと現れて、私の体を桜はスッと抱っこする。
「さすがだね。旦那さん。未来の。」
「それよりもまず行き先教えて。」
そう言われて、じっと言葉をなくして考える。
きっと燐音は水月と美咲のところにいる。二人が話している場所…。
「部室。演劇部の。」
「おっけ。人に聞きながらちゃちゃっと行っちゃお。」
そう言って桜は私を抱えてダッシュする。道行く人に部室を聞いてはこの状況を怪訝がられ、なんとか部室の場所を聞き出すに至る。
場所は南館の一階。そこの廊下は静まり帰っていて、鉄のような冷たさを帯びていた。そして硬そうな扉の奥からわずかに光が漏れ出ている。多分あそこが水月達のいる場所だ。
「一応ここまで来たけど、こっからどうするの?まさか話してるとこに割り込んで行くなんてのは…」
「大丈夫。しない。そんな野暮。行ってて。先。」
「わかった。じゃ校門くらいで待ってるわ。」
「ふふっ、好き。そういうとこ。」
「どーも。」
桜は少し頬を赤らめて走り出す。そんな背を見送って、私は息を整える。
部室の横の準備室と書かれた場所。きっとそこで、彼は見ている。思えば、燐音は色々と知る機会があった。
私達が雄馬を連れて遊園地に行ったとき、星羅の女装をさせていたのも、星羅のライブが終わった後、星羅のことを着いて回ればどんなことが起きたのかも。
そして、全ての展開を読んだように愛や早苗に声をかけた。
ガチャッとドアを開ける。
…やっぱり。
「え…ふゆ?」
「ねえ、燐音。気になってた。ずっと。
…あなた、何者?」
彼の顔からは、驚きと焦燥。そしてその中に、小さな尊敬が煌めいた気がした。
諦めたようで、ちょっと嬉しいようなため息を吐き、彼がまっすぐ私を見て、口を開ける。
「誤魔化しても意味なし…かな。信じてもらえるかは分かんないけれど、ふゆ、僕は未来を知っている。そしてこれから何が起こるかもね。」




