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第3演目 合同発表 空海月乃ナイトメアペイン

"恥の多い生涯を送ってきました"

当時小学2年生の私には、"人間失格"は難しすぎて分からないことも多かったが、その言葉は私に強く突き刺さった。色々な道化を演じるということは、多くの他人と安全に関わる方法で、私は少なからずその生き方に誇りを持っていた。全ての人の色んな感情を網羅した気になって、それは私だけのものだと思っていた。

そうしていると、ふとモノクロのものが目に映り込んだ。人は色んな色を持っている。単純な赤や青といった人もいるし、それは日によって変わったり、それが混ざったりすることもある。だから、まっさらで、何色にも染まっていない彼女が…君津が私にとっては特別だった。人は自分が知らないものに恐怖して、それが自分の手になければ羨望する生き物だ。私は彼女の色が欲しかった。私色に染めたいと思った。

「月乃〜。君津ちゃん来たよー。」

「はーい。」

今日、彼女を私の家に誘った。彼女は私の部屋を見渡して、キョロキョロと部屋を往復していた。

「…すごいね。本がいっぱい。」

「演技とかが好きで、それの参考。色んなキャラがいるからよかったら。」

そういって、私はいくつかの本を渡した。本にだって色が存在する。その主人公や雰囲気によって色んなものに変わる。彼女が本を手に取ると、その手が本の色と同化して、鮮やかなものに変わっていく。

「‥……綺麗。」

ポツリと、そう言葉をこぼす。彼女が本を読み込んでいると、どんどんと彼女の色が七色に変わっていき、まるで孔雀の羽の様な美しさを感じた。

「月乃ちゃん、演技好きなんだよね?」

「うん。」

「ちょっとこのキャラやってみたくて…、一緒にやって欲しいの。」

願ってもない相談だった。今の彼女を塗りつぶすには、私が演技で君津に魅せるほかないと思っていたから。

演技のテーマは友情。シチュエーションは部活で有終の美を飾った三年の女子二人というものだった。

「これで終わりだね…。ほんとに優勝したなんて、なんだか実感ないな。」

「うん。私も。辛かったこともあったけど、やっぱり短くて、楽しかったな。」

それで、この後は…

…あれ?

息をするのがキツくなる。この後は、確かに泣くシーンがある。二人が抱き合って自分の思いを泣きながら伝える。でもいつもは、泣こうと準備して泣いていた。それに感情はしっかりこもっていたし、嘘泣きだと思われるほどクオリティも低くなかった。

「…えっ。」

涙が溢れてくる。違う。これは私だ。このキャラじゃなく、私が泣いてる。その事実に頭が混乱する。

戸惑いを隠さず目の前に助けを求めると、そこには目に涙を溜めた君津がいた。

「私、ずっと思ってた。ここまで来れたのは、ずっと私の近くにいた、月乃のお陰。大好き。月乃。」

彼女に抱き寄せられ、鼻腔が甘い香りで包まれる。

私の名前で、私の体で、私自身で。

…なんの打算も、計算もない言葉が出た。

「…うん。私も大好き。」

その言葉を出した瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れ去った。そして、何かが構築された。

苦しい。あなたが大好き。離れないで。理想。

ぐちゃぐちゃになった私の心は、彼女に壊されることを悦んだ。そっと手を離して、彼女は私を見つめる。

「どうかな…?私なりに頑張ってみたんだけど。」

「…うん。とってもよかった。経験あるの?」

「ううん。そんなんじゃないんだけど。私の理想がこんな感じの雰囲気だったから。」

「いるんだ。あなたにも見本が。」

「うん!とってもカッコよくて、私にとって一番大切な人!」

「……………」

そのとき、心臓が捻れるように脈打った。沸いた感情は、深い憎悪と嫉妬。既に彼女に色を与えた人物がいて、それは私じゃない。その事実に烈火の如き怒りを覚えた。

その人のことを根掘り葉掘り聞くと、彼女はたった一度会っただけだと言った。

なら大丈夫。塗りつぶせる。私だけの彼女に出来る。

それから私は彼女を家に誘っては演技練習をして、その度に彼女の美しさに溺れていった。

そして思った。私と彼女とでは筆舌に尽くし難い、違いを持っていた。私がやったキャラを彼女がやるときは、圧倒的な存在感で潰されてしまった。そのうち、彼女はクラスで人気者になった。どんな人にも仲良く…仲良くなれるようなキャラを演じて、まるで私が彼女に演じられているようだった。

…駄目だ。私なんかが…。

そう思うや否や、心はその事実を受け入れるために一つの予防線を張った。

私が一番彼女と付き合いが長い。

一番よく知ってるのは私。

そんなことを考えて、手に届かない理想を自分の宝物のように愛でる。

これが私の一つ目の、いわば逃げ恥。欲しいくせに諦めて、それが普通だと思い込んだ。そして、夢を一つグレードダウンさせた。君津の一番ではなく、一番の理解者であると。

その日から、どんどん自分が恥ずかしい存在に思えてきた。私の唯一の個性を圧倒的な実力で粉砕され、その人に常に遅れを取ってる自分がたまらなく憎かった。そして、私は勝手に君津に呪いをかけた。誰にも負けず、誰にも擦り寄らないで欲しいと。

そして彼女は知る余地のない勝手な呪いを完璧にこなして、中学までそれを眼前で見せられた。

「ねえ月乃ちゃん。部活何入るか決めた?」

「…演劇部。」

彼女の顔がパァッと明るくなる。私はその笑顔のためならどんな嘘もつけるし、それを本当にしてみせる。

それだけが私のモチベーション。それだけが思考放棄をした中で唯一私に残ったものだった。

「私も同じ!良かった〜。私、月乃ちゃんがいないと不安だから。」

「……そう。」

嬉しい。私が欲しい言葉を全てくれる。そんな彼女が大好き。私はこれからもずっと、彼女のそばにいる。そのために、今度こそ諦めないと誓った。

演劇部に入って、同級生の顔合わせ。妙にソワソワしている君津に胸騒ぎを覚えつつも、今は名前を覚えることが先だと思い、しっかりと顔を見て話を聞く。

そして、あいつの番が来た。

「1年B組の松尾水月です。色々不出来なところがあるかと思いますが、よろしくお願いします。」

最初は何も思わなかった。ただの同級生以上のものを感じなかった。そんなことよりも、私はずっと君津が気になって仕方がなかった。彼女の呼吸は乱れてはいなかったが、私にはそれが演技だと簡単に見破れた。

そんなこんなで学校生活を送っていき、最初の新人メインの劇連が始まった。作風は恋愛もので、役決めはオーディション形式。私は恋に悩める主人公の友達役を希望して、君津はその主人公を希望していた。

君津の凄さはその雰囲気作り。そのキャラに合わせた感情をまるで本物かのように再現して、それを相手の演者にも引き出させる。ただ上手いの一言で括れないことは確かだった。

君津が誰かに恋をする。それは私に深い憎悪を抱かせるものであったが、その君津の雰囲気作りのお陰でその感情は消し飛び、ただ一つの物語として胸を高鳴らせられる。

はずだったのに…

「お、おはよう!いい天気だね!」

……………

「や、やめてよ!好きとかそういうんじゃ…!」

…………………………

「私…あなたのことが…好きです!」

…………………………………………………ふざけるな。

こんなのは君津じゃない。こんなのは君津の劇じゃない。見れば見るほどウジが湧く。でもおかしい。君津がスランプなはずが無い。何故なら日常生活ではいつもの演技で生きてるし、なにしろあの劇の中での君津は偽りがない。その感情を立派にその感情を表現できていた。

…いや、今はそんなことどうでもいい。こんな状況では、到底劇どころではない。

ならば…そう思い、先輩に無理を言って無理矢理自分を主人公役のオーディションにねじ込んだ。

そうだ。諦めない。今度こそ。認めれないのなら、私の望む結果にすればいい。そのためならなんだって。

「よろしく。松尾。」

「うん。早速やろっか。」

普通はオーディションの代役は、その人の印象に固まらないように希望者以外がやるものだ。だが、その実力的にもうほとんど決まったようなものだからか、松尾はその相手役を希望してるにも関わらず代役として出ていた。

劇が始まる。深く息を吸い、必要な感情を箱の中から取り出す。初々しい愛。そんなものはほとんど使っていなくて、埃を被っていた。彼の目を見定め、それを出力する。

「ね、ねぇ、今日の夜。一緒に食べない?」

「いいよ、どこの売店で買う?」

シーンは文化祭。彼にご飯の誘いをして、その後告白する。この子は今、不安でいっぱいの心情で、それを彼の笑顔が溶かし、告白を決意するという感じである。その笑顔に注目するため、彼の目を見る。

「………」

「…大丈夫?あ、俺焼きそば食べたいかもなんだけどそれでいい?」

「えっ、あ、うん。」

セリフが吹き飛ぶ。本当はここで私が焼きそばを食べることを提案するのだが、水月はそれをうまくカバーしてくれた。

…違う。そんなことはどうだっていい。私はたった今、あり得ないものを見た。あの目、この雰囲気、彼の色。

全て、君津と同じ。

その瞬間気づいた。誰が君津に色を与えたのか。あの子の理想が誰なのか。そして何故たまらなく憤りを感じていたのか。

劇のとき、君津が雰囲気作りをするまでも無く、彼が構築してしまったから、君津は別のやり方を余儀なくされたのだ。そして出てきたのが、真の心。偽りのない本心。

………許せない。よくも、私の君津を。

そんな感情が今にも爆発しそうな反面、目の前の奴がひどく美しく見えた。そう、彼は私の理想と同じ色で、それに惹かれた私が彼にその思いを抱くのは自然で…。

……いや、違う!やっぱり諦められない!私は、あの子の一番に…。

「よし!じゃあ行こうぜ!早くしないと売り切れだ!」

「……うん。」

彼がパッと私の手を握る。私より一回り大きい手に包まれた私の手が熱を帯びる。そして、彼がその主人公の相手役に選ばれた所以とも言える笑顔を見せる。

その雰囲気は、いつかの君津との劇連みたいで。

ああ、私はあなたのことが……


好き。


じゃない。嫌い。私から奪った。私を潰した。私を狂わした。許さない。絶対に。

そう思えば思うほど、あいつと君津を重ねていく。

次第に君津が好きなのか嫌いなのか、また、水月が好きなのか嫌いなのか。どちらとも分からなくなっていった。

もういい。どうせ考えても無駄だ。決意しようが崩れ去り、望んでも叶わぬ夢ならば。

そうして私は、もう何も考えたく無くなった。

これが二つ目の恥。だがこれ以降、恥は増えない。

そんな大層な物を抱えれるような人間じゃないから。

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