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第3演目 合同発表 最澄君津ナイトメアペイン

あれは私が小学1年生ぐらいのとき。

夕暮れ時。あの頃は、ただひたすらに太陽に向かって走っていた。太陽が照らす家や建物が煌めいて、その光が私に反射する。幼い私の体は灰色で、色を持つことを望んでいた。それゆえ、何よりも眩しくて、全ての色を視認することを可能にした光を、太陽をずっと目指していた。

走り疲れて息が上がる。肩で呼吸をして、ふらふらとおぼつかない足で数歩だけ前に進む。目の前には、初めて来る公園がそびえたっていた。ちょっとした柵を通り抜けて、中に入る。吹き抜ける風が木々をざわめかせ、私の体を"彼"の方に運ぶ。見ると、ジャングルジムに一人の男の子がトランプを使って遊んでいた。

彼はまるで私のことを意に介さず、自分の持ってるカードと睨めっこをしていた。他には誰も人がいないせいなのか、その子がどうしても特別に映り、つい声をかけてしまう。

「ねえ、そこでなにしてるの?」

彼は手を止めて、私の方を見る。かと思えば、すぐにそっぽ向いた様に隣を見る。そしてすぐさま私の方を見て、私の問いに答えを出す。

「トランプ。手品の練習をしてるの。」

私はその答えを受け取り黙ってしまう。何故だか分からないが、私は話を広げるのが苦手で、その事実に対して、ただそういうものと考えを完結してしまう。

ほんとなら、どんな手品なのか。私に見せて欲しい。そう言った答えをする筈だとは知っていた。実際、私はその手品に対して関心が無いわけでもなかった。

でも、灰色の私には、そんな自我を出す余地は残されて無くて、今日もまた、そんな私の背中を太陽が照らすのだと思った。そうして軽く頷いた後、その場をあとにしようとする。

「…まって。」

そう言われて、立ち止まる。彼の瞳は確かに私を捉えていて、その目は何故か彩りを持っていた。私を視界に入れていのに、だ。基本的に、色を持たないものは視認できず、迂闊に近づこうとしない。それでも彼は声をかけてくれた。私に興味を持ってくれた。そう思うと、モノクロが少し剥がれる。それがまた、私に一言を押し出した。

「どうしたの?」

「見て欲しい。俺のマジック。」

そう言って、彼はジャングルジムから降りてきて、私をベンチに引っ張る。彼にああやってエスコートされるのは、多分あれが初めて。ベンチに座り、向かい合ってトランプを出す。

彼の目が変わる。日が落ちてきて登ってきた月が赤く見え、彼は妖しい笑顔でカードを広げて私に迫る。

「さあ、お客様。カードを一枚引き抜いてください。

それを私が当ててみせましょう。」

綺麗な手捌きでずらっと見せられたカードの内、一つを選択する。

ハートの4。

彼がシャッフルしてる最中にストップを言い、それを山札に戻す。そうして後、彼はそれを見つけるべく、山札を先ほどの様な手捌きでバラしていく。

彼は手を顎に当て、またニヤリと笑う。

「…なるほど。差し詰めこれが、あなたの気持ち…ハートということですね。」

それを言われた瞬間ドキッとする。そして彼はハートの4を取り出して私に見せる。今でこそ、これは有名なマジックだが、その当時、そんなことを知らなかった私には、それを見つけた彼はとんでもない奇術師で、彼のガラッと変わった雰囲気がそれを際立たせていた。彼は手品を終えると、小さくため息をつき、さっきとは打って変わっての笑顔を見せる。

「…なんちゃって。どう?当たってた?」

「…うん。ねえ、どうやって当てたの?どこでそれを習ったの?もしかしてほんとに魔法?」

言葉が湯水のように溢れてくる。身を乗り出した私の体は、どこか違和感を感じて、とても自分のものとは思えない。

「いいよ!教えてあげる。マジシャンのなり方!」

マジシャンは、魔法の様な手品で奇跡を起こし、観客の心を震わせる。

彼は私に奇跡をくれた。私に彩りを与えて、それを他の人に与える方法を。その日から私は、自分の形を自由に変えて、色々な顔を見せるマジシャンに憧れた。

彼とはそれっきりで、たった一晩の魔法。

でもそれが、私の生き方に大きな影響を与えた。

そしてそれが花開いたのが、小学3年生。初めて同じクラスになった月乃ちゃんに誘われて、劇をやってみた。そこには私の理想とする世界があって、みんなが演じて、だけれどもそれを本当の姿に見せていた。

ひたすら、焦がれた。色んな生き方に。色んな色に。

そして思った。私と彼なら、どんな色だって作り出せるって。私はそこまで演技に自信があったわけでなく、全部彼の真似事だけど、それでも彼がいれば、また奇跡を起こせると思った。そしてその祈りは、少し先の未来で叶うことになる。

中学1年生。環境の変化が激しくも、私はそこでも自分のやり方を貫いた。こんな姿を、彼にも見せれたら、こんな状況なら、彼は一体どんな顔を作るのだろう。そう思っていた矢先、一人の生徒が廊下を歩いていた。

「あの!」

その声に、彼は少し驚いたように振り向く。

…そうだ。間違いない。間違えるわけがない。あなたの色を。

…ようやく、再会できた。ずっと、あなたを見ていて、叶うなら、あなたの理想になりたいとずっと思って…

その瞬間。心の中で何かが崩れる。彼の瞳に、私が映っていない。何か別の色で、既に満ちてしまっていた。私の入る余地が全く無いほど。困惑した彼を見ていると、その奥の無関心が見え透いてきて、彼の顔が作り物じゃないことはすぐに理解できた。

「…ううん。ごめんね。なんでもない。」

その日、少し分からなくなった。私の理想は、彼に理想とされる私で、でも、彼の理想は全く分からない。そんな状態で、私はどんな顔をすれば…?

必死に、思考を巡らせた。そうしないと、私が消える気がして、貰った奇跡がなくなったら、きっともう彼はくれない気がして。それから私は、彼を必死に観察した。色んな顔を作るマジシャンのことも忘れて、ただひたすらに彼をながめた。

…それしかできなかった。…それ以外できる筈ないと思った。見れば見るほど、彼の世界には誰もいなくて、それがたまらなく悔しかった。

でもある日を境に、その状況が変わった。彼の瞳に一人の人が増えた。その子…美咲ちゃんは、私のクラスメイトで、私も結構関わりがある子だった。

あの子は着実に、彼の存在を変化させて、自分のものに染めていっていた。

…また、眩しい。私がそう思うのはほんとに久しぶりで、またあの感覚を取り戻す。そうなると怖くなって、早く取り除きたい気持ちに支配されて、一心不乱に劇に打ち込んだ。そうして、なんだか腑に落ちる。

私が今まで演じていたのは、ただの嘘。ようやく私は、自分の演技に本音を乗せて、それを演じることができた。悔やまれるのは、私の不満が、一番最初に輝いたものだということ。

その次に、彼が劇連を始まる。

「…えっ。」

今のって…。私は確かに見た。彼のさっきの演技で。

彼の本音。底知れない不安。

…私と同じやり方。

…今のが理想?あなたが私の真似をしたってことは、あの日のように、私があなたに魔法を…?

私が最も得意なのは悲劇だった。それが一番演じやすくて、一番熱が出た。そしてそれは彼も同じで、私は彼の理想になれたと思った。

…でも、悲劇は所詮悲劇で、あの日彼がくれたのは紛れもなく…

その日から、ずっと悩んでる。あなたと一緒に舞台に立つときは、悲劇に身を委ねるのか、それとも喜劇で笑い合おうとするのか。そして私がそれをできるのか。

そしてずっと、一歩を踏み出せない。理想のビジョンには、ぽっかりと穴が空いたまま。


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