夏祭り③
夏の夜。私達は祭りが行われている神社に向かっている。先陣をきる花音は誰から見ても上機嫌で、その姿を見ているだけでほおが緩む。どうやらそれは水月も同じらしく、その姿を瞳に映して微笑んでいた。
花音はとっても分かりやすい。人ってものは、何を考えてるか分からないもので、基本的に私は信用しないし、わざわざその腹の内を探ろうとも思えない。それが他の人と上手く関われない欠点なのだろうが、花音は違う。誰かれ構わず愛嬌を振り撒き、ただ純粋に人を褒めて、貶すことを知らない。私みたいな拗らせた人間にとってはそれは劇薬で、花音以外の人間がより怖く映ってしまう。
だが逆に、分からなすぎるのも私にとっては居心地がいい。誰もその実態を計れないということは、誰もその人に対しては初心者で、常識が通用しない。
そんな人間に対しては何も考えなくてすむ。だって、考えたって誰も分からないから。そしてそんな人間はどこか芸術的で、黒く輝いて見える。
隣の水月を見る。なぜ私が彼にある種の執着を見せているのか。その答えが、少し歩いた先に見えた気がする。
「君津お姉様!お待たせいたしましたわ!」
その溌剌とした声に、君津が笑顔で答える。その笑顔はいつもと変わらない可愛らしいもの。でも私は知っている。その笑顔が本物で、普段は偽物の笑顔が大半なことを。そして知っている。その偽物の笑顔を、水月には一切出さないことを。
私達は、軽く言葉を交わして写真を撮る。
その写真に写ったモノ。私だけが分かる。この画面の中にはいくつか偽物が混じっていることを。
写真を撮り終わると、花音が勢いよく飛び出す。その足取りはまだ幼くて、その姿を見ていると、私にもあんな時期はあったのだろうかと思い耽る。そうしていると、花音がある屋台に行き、スーパーボールすくいをしたいと言い出す。
花音はどうやらスーパーボールすくいが初めての様子で、困っているのは誰から見ても明白だった。私にしては珍しく、率先して手助けを申し出る。きっと、ここしかなかったのだろう。私みたいな人間にも、人に尽くしたいという欲求があり、それを素直に与えれる相手は、花音くらい透き通ってないと認めれない。
そのあとは花音が挑戦して、少し予想がついていたが失敗してしまう。そんな花音の姿に、私も人並みに心を痛め、自分がとったボールを渡す。そうして見えた笑顔に、私は気分が良くなる。
祭りはあまり好きじゃない。みんなが浮ついた空気になる中、私だけが浮いてる気がするから。
その後、君津と水月の二人がボールをすくおうとする。君津はやけに楽しそうな表情をしていて、水月も君津と一緒にボールをすくうのを楽しんでるように見えた。不意に、ポツリと言葉をこぼしてしまう。
「ほんと、変なとこで似てるんだから。」
そう。二人は似ている。どちらも表面には出さない何かがあり、その奥のものの存在に、私だけが気づいてる。二人が似ていることは、私だけが知っている。
ボールすくいが終わる。花音は辺りを楽しそうにキョロキョロと見回していて、私はその後ろに着いていく。
すると、花音が急に驚いた声を出す。
「あ!あそこにいるのって香奈恵さんと星羅さんですわよね!声を掛けてきますわ!」
そういって人混みの中に突っ込んで行く。それを追いかけて私も人混みに身を投げる。その波に花音は完全に飲まれてしまい、それを助けるべく、道中何度か人とぶつかりながらも花音の手を掴み、その列から避難する。
そうして一息した後、花音が心底申し訳ない顔をして私に頭を下げる。
「申し訳ございません…勝手に突っ込んだことに加えて、皆さんとも離れ離れになってしまうなんて…」
「いいの。気にしないで。とりあえず今動いてもあんまり意味無いし、ちょっと休憩しよう。走り疲れたりもしたでしょ。」
そう言って、花音に自分の飲み物を渡す。少し遠慮した声が溢れたが、それを押し切って渡すと、グビッと勢いよく飲み干してしまう。近くを見ると、たこ焼きの屋台があることに気づく。その屋台から匂うソースが私の鼻腔を刺激して、財布に勝手に手が伸びる。そうすると初めて自分がスマホを忘れてきたことに気づく。花音も持っていない様子なので、こうなればますます合流できなさそうだったが、今はそれよりも何か食べたい気分だった。列に少し並び、目的のものを入手する。たこ焼きは全部で6個入りで、最初の一口目は花音にあげることにした。
「はい。あーん。」
「はふっ。とっても美味しいですわー!」
熱がりながらも、それを頬張り幸せそうな顔をする。
それを見ていると本当に飽きない。そんな顔を見たくて、どんどんとたこ焼きを食べさせていく。花音は嫌な表情一つせずにそれを食べ、また嬉しそうな顔をする。それを繰り返していると、辺りがザワザワと賑わいを見せる。その声に耳を傾けると、どうやらもうすぐ花火が始まるらしい。一発限りのものらしいが、それは大変美しく、近所の人にとっては光そのものだと言う。私はそこまで大層なものを感じたことも、またそれを自慢するように言うことも、きっと今後一切ないと思う。だが折角なら、少しその気分を味わってみたかった。隣に花火を見て大喜びするような人がいれば、その思いのおこぼれを貰えると思った。
「花音。もうすぐ花火が始まるんだって。一緒に見よう。」
断られるわけないと思った。いつも通り、活発な返事をして、「はい!」と答えてくれると思った。
でも、なんだか花音は思い詰めた表情をしていて、その顔を見るのは初めてな気がした。その表情がどうしても気になって、質問してしまう。
「…どうしたの?」
「あ…えっと、わたくし、もちろん月乃お姉様とも見たのですが、月乃お姉様は、わたくしとだけでよろしいのかなと…」
「…なんでそんなこと聞くの?」
「いえ、あくまでわたくしの予想…とは言っても、わたくし、そんなに人のことを理解した気にはなれないのですが…月乃お姉様は、水月さんと君津お姉様、
"二人と一緒がいい"気がするのです。」
"二人と一緒がいい"…その言葉が脳を揺らす。その一緒ってどういう意味?いつもの花音からは考えられないくらい、何か深みのある言い方だった。もっとも、私の考え過ぎかもしれない。けど、その二人と一緒がいいというのは、物理的なものでなく、どちらかと言えば…
「…月乃お姉様?」
声をかけられてはっとする。…大丈夫。この子に悪気はない。ただそう思ったことを、友達として言ってくれただけ。彼女の声はスルスルと脳が理解を拒まず、頭に刻み込まれる。
「…ごめん。やっぱり二人を探そう。見つかったら、このたこ焼き屋に集合ね。」
「はい!なんとかして4人で花火を見届けましょう!」
そう言って私達は二手に分かれる。祭りの人の空気がどんどんと雲の上に到達しそうなぐらい浮つきだす。
そうすると地上に残された私はどんどんと浮いた存在になる。
必死に、辺りを探した。この空気に逆らうもの。まだ地上に留まっている者。不意に、ベンチに座った男女の二人の背中が目に飛び込んでくる。
…見つけた。
その瞬間、胸が苦しくなる。そして、それと同時に花火が打ち上がる。周りの人達が一斉に声を上げる。その中で、二人だけが、周りの人と違った。
花火を背景にした二人の姿は、今を生きる絵画のようで、言葉で言い表せない美しさがあった。
そして知る。二人は花火を見ていない。
私と同じ。
二人は美しい。
私とは違う。
また、花音の言葉が蘇る。
…ああ、願わくば…
そこまでして、私は最後に残ったたこ焼きを口に入れる。
…やはり私は、何も考えないのが性に合ってる。




