夏祭り②
夏祭り。私にとってそれは何か特別な思い出があるものではない。それでも気分が勝手に高揚するのはやはり浴衣を着たり、いつもの場所に見慣れない屋台が置いてあるからだろうか。
母からのおさがりな物だからか、浴衣は少しサイズが合っておらず、歩こうとすると不意につまづきそうになる。そんな状況に少し困惑していると、元気の良い溌剌とした声が響く。
「君津お姉様!お待たせいたしました!」
「ううん、私も今来たとこだから。その浴衣、とっても似合ってるよ!」
そういうと花音ちゃんは照れくさそうにモジモジと体を捻る。そうしていると、その後ろから見覚えのある2人が着いてくる。
「私も待たせた。最澄のも似合ってるよ。」
「俺もお待たせ。全員いい感じの着てきてるし、今ちょっと写真撮らない?」
月乃ちゃんはこんな場所でも相変わらずのポーカーフェイスで、それでもちゃんと浴衣で来てくれてるということは、それなりに彼女も楽しんでくれているという事なのだろう。水月君もいつもの様に笑っていて、夏祭りの浮き足立つ感覚にあてられてる様だった。
水月君がスマホを構えて、自撮りするようにスマホを向けて4人全員をパシャっと撮影する。その写真はよく撮れていて、あっという間に、ここでの思い出が一つ出来上がる。写真を撮り終わると花音ちゃんは身振り手振りを使って興奮を表す。
「わたくし!こういったお祭りに参加するのは初めてですの!テレビなどではご友人や殿方と一緒に回っているのを見ていて、そんなものにずっと憧れていましたの!」
「ふふっ、じゃあ今日は目一杯楽しまなきゃね。」
「はい!よろしくお願いいたしますわ!」
そうして花音ちゃんはパタパタと人混みの中に走っていく。そうして一つの店の前で足を止める。
「この、"すーぱーぼーるすくい"というものに挑みたいですわ!」
「おっけー。じゃあ店員さんから網貰うね。」
店員さんに遊ぶ旨を伝えて、青の縁の小さな網を貰う。花音ちゃんは見慣れないものに目を輝かせている様子だった。そへと同時に少し困った顔を見せていて、どうすればいいのかを決めあぐねていた。
「わたくし、こういうのは初めてで…どのようにすれば良いのか…」
「なら、私の見てて。花音、どのボールが欲しい?」
そう言いながら、月乃ちゃんは花音ちゃんの横にかがむ。花音ちゃんが少し悩むそぶりを見せた後、はっきりとした声で、青と白が混ざったボールを指差す。
そうすると、月乃ちゃんはそれがすくいやすい位置に来るのを待ち、さっと拾い上げてしまう。
「ほらっ、次は花音の番。」
「は、はい!大事なのはスピード、ですのよね…」
ゴクッと唾を飲み込み、赤色のボールに狙いを定める。そしてやぁ!と声を上げて一気に水面に網を入れて、目的のものをすくおうとする。残念ながらそれを取ることは出来ず、水圧で網が破れてしまう。
「ああ…折角教えていただいたのに、申し訳ございませんわ…」
「大丈夫。ほら、このボールあげる。」
そう言いながら、月乃ちゃんはさっきすくったボールを花音に渡す。そのときの花音ちゃんの笑顔といったらほんとに可愛くて、みんなが愛でる気持ちがよくわかる。それを見ていた水月君が私に話しかける。
「俺たちもなんか取っちゃおうよ。月乃ばっかにいいところ見せられたら、俺も対抗心出てきた。」
「ふふっ、そうだね。じゃあどっちが多く取れるか勝負しよ!」
「おお!お二方が燃えていらっしゃいますわ!」
「ほんと、変なとこで似てるんだから。」
何回か取って取られたの攻防を繰り返し、結果は5対5の引き分けに終わった。月乃ちゃんの言葉が頭を反芻する。
…似てるのかな、私達。…だったら、ちょっと嬉しいな。
屋台を出て、上機嫌の花音ちゃんが先頭に立つ。キョロキョロと辺りを見回して、不意に大きな声を出す。
「あ!あそこにいるのって香奈恵さんと星羅さんですわよね!声を掛けてきますわ!」
「あっ、二人は今いい雰囲気だから…」
そう呼び止める間も無く、花音ちゃんが人混みに向かってダッシュする。それを追いかけて月乃ちゃんも走り出し、私もそれに着いて行こうとする。
「あっ…」
走ろうとすると着物が邪魔をして、体勢を崩す。ふらっと体が横に揺れ、頭から倒れそうになってしまう。
そんな時だった。
「ッ!君津!」
水月君が私の体を抱き抱えて支えてくれる。漫画でありがちな展開が、こんな場所で起きては、そうそう言葉も出ず、しばらく惚けた顔になってしまう。言葉を出せたのは水月君に大丈夫かと聞かれたとき。チグハグになりそうな言葉を必死に繋いで言葉を出す。
「う、うん。ありがとう…。ごめんね、花音ちゃん達とはぐれちゃった。急いで追いかけないと…」
「闇雲に探しても意味無いし、一旦ベンチ座ろう。その間に電話してみるよ。」
そういって私のことを抱き抱えた姿勢のままベンチに移動させる。ほんの数秒の短い時間だったけど、彼の体温が、匂いが、声が、全ての五感を刺激してるようで胸が熱くなる。自分でもこんなにロマンチックな言葉選びをしているのにちょっと恥ずかしくなる。でも、それくらいに情熱的な表現じゃないと、私の気持ちは言い表せない気がした。
…もう少し、二人っきりがいいな。
そんな思いが通じたのか、どうやら花音ちゃん達と電話が繋がらないらしく、諦めたようにドサッとベンチに座り込んだ。
水月君がスマホのホーム画面を見ながら私に喋りかける。
「そろそろ花火の時間だし、どうせなら見てから探しに行こ。」
「うん。そうしよう!」
肩と肩がギリギリ触れないくらいの距離。今の私にはそれが限界だった。それだけで気持ちがいっぱいになったから、きっとこれ以上は溢れちゃうから。
そんなことを思っていると、辺りの人の声が大きくなる。
花火が打ち上がった。
赤色の大きな爆炎は、祭りのどんな暗がりも晴らしてしまう勢いで、私はそれを照明だと感じた。
彼の顔が美しく照らされる。
水月君の横顔をうっとり眺め、でもどこか、花火を見ていない気がする。なぜそれが分かるのかは、きっと私も花火を見ていないから。
また、月乃ちゃんの言葉が反芻する。
…願わくば、あなたが見ているのは、どうか私でありますように。




