夏祭り①
外は夜だというのに寒さをまったく感じず、むしろ人々の熱気と夏の気温で自分達がサバンナに放り投げられてしまったのではと錯覚する。俺たちは今、夏祭りに来ている。連れは一人で、その相手は香奈恵である。本当は演劇部員達と回ろうと思っていたが、ふゆは熱を出して、桜はその看病。伊藤家は家族旅行に行くらしく、3年はテスト勉強で大忙し。2年の先輩達とは行けなくも無かったが、折角なら二人きりで行って来てと君津先輩に言われてしまった。ガヤガヤとした雰囲気に、どうしてもこちらの気分も浮かれてしまう。
「夏祭りなんて、マジで久しぶり。ここって花火とかあるんだっけ。」
「うん!一回切りらしいけど、あと20分後くらいにやるんだって。その前に色々回ってみよ?」
香奈恵は白色の中にピンクの椿が入った浴衣を揺らして、人混みを進んでいく。それについていき、色々見ているうちにある屋台を見つける。
「おっ、射的だって。ちょっとやってみね?」
「いいね。ふふっ、私の狙撃スキル、遺憾無く発揮しようじゃないか!」
そう言うと意気揚々と店に走り寄り、店員から銃を受け取る。最初は俺に銃を渡されて、どれを狙おうかと頭を働かせる。
…折角なら、なんかプレゼントしたいな。
そう思った矢先、自分の目に小さなクマのぬいぐるみが飛び込んでくる。あれだ。あれを取ってかっこいいところを見せてやろう。そう思い銃を構える。香奈恵は期待の眼差しでそれを見ていて、店員の目もなんだか温かい。残弾数は3発。まず1発放つが、掠りもしない。2発目は少し動かすことに成功するも、結局3発目は当たらず、何も得ることはできなかった。
「大丈夫!私に任せて!」
そう言うや否や、銃を握ると1発でクマの人形を仕留めてしまい、残りの弾をお菓子などの袋に回し、見事射止めてしまう。店員は目を丸くして、景品を渡す。
「嬢ちゃん。とっても上手いねぇ。みんなから羨ましがられるでしょ。」
「いえいえ、こういうゲームの舞台でしか、活躍できないので。」
そう言いながら景品を受け取り、俺の元に持ってくる。
「クマのぬいぐるみ。欲しかったんだよね。はい。」
そう言ってクマのぬいぐるみを差し出してくる。なんともいたたまれない感情になり、世界一情けない言葉を口にする。
「…それ、俺が当てて香奈恵にあげようと思ってたから、香奈恵に待っといて欲しい。」
「わ、私に?そ、そうなんだ…えへへ…」
不意に見せた恥ずかしさと喜びが混じった笑顔に胸が締め付けられる。この笑顔をみると、やはりこのままでは終わらなくなる。どんどんと闘志が燃えたぎり、香奈恵の手を引いて、次の屋台に行く。
「よし!次はあそこ行くぞ!」
「せ、星羅君…その、手…」
「ん?はぐれたら大変だろ。今度こそかっこいいとこ見せてやっから。」
そう言って今度はスーパーボールすくいの場所に行く。先程と同じように最初に挑戦して、ボールを3個すくい、自分としては上々の出来。
…隣で11個もすくっている香奈恵のことを考えなければ。
「ふふっ、いっぱい取っちゃった。」
「くっ!次だ次!」
その後も輪投げやら1円玉落としなど色々なものに挑戦したが、結果は惨敗。かっこいい姿よりも情けない姿ばかりを晒してしまった。
「情けないな。俺。」
「人には得て不得手があるから。私としても、星羅君に頼って貰いたいなんて時もあるんだよ?」
「にしたってなぁ…あっ、もうすぐ花火だな。折角ならなんか食べながら見ようぜ。たこ焼き買ってくるからちょい待ち。」
たこ焼き屋の列に並び、2つ分のたこ焼きを頼む。
たこ焼きの匂いは祭りの雰囲気を引き上げ、高揚感が先程の比では無くなる。そんな浮ついた気分になっているとき、香奈恵が3人くらいの男に絡まれてるのを見つける。
「君、可愛いねー。高校生?」
「あっ、えっと。」
「ねね、俺たちとお茶しない?」
「私は、その、」
「いいじゃん。ほら行こ?」
香奈恵が明らかに困った顔をして、男達は逃げ場を失くすように取り囲む。その中に無理矢理体を捩じ込み、俺は香奈恵の腕を掴んで引っ張る。
「すんません。連れがいるんで。それじゃ。」
ちょっと強引に腕を引っ張り祭りの人々の間に潜り込む。祭りの中を走っていくと、提灯の光が妖しく揺れて、手の重みが彼女を支えてることを優しく感じさせる。途中人にぶつかりながらも祭りの外に出て、ベンチに香奈恵を座らせる。
「あーこっわ。大丈夫だった?香奈恵。」
「…うん。ありがとね、星羅君。私、ああいうの断れなくて。」
「あんなのノリだけで押し切ろうとしてるようなやつらだし、こっちも多少強引でいいんだよ。」
「それでも私にはそういうのができないから。星羅君がいて助かった。ありがとう。」
香奈恵が見せてくれた笑顔は、頬が赤く染まっていて、後ろの祭りの照明に照らされたその顔が情熱的なものに見える。香奈恵が座ってる場所に腰を下ろしながら、口を開く。
「やっと、かっこいいとこ見せれたかな。」
「星羅君はいつもかっこいいよ。私のために頑張ってくれて、それでいて私のとこから離れないでいてくれる。それが私の大好きな星羅君。」
「…離せないだろ。ちょっと目を離したらあんな絡まれ方されちまうんだから。」
「星羅君は、私と一緒に居たいんだ?」
「いや、そうとは…いやそうだけど…あ〜またこのパターンかよ…」
そういうと香奈恵はクスクス笑ってたこ焼きを食べる。本当に人を揶揄うのが上手くて、好きを全く惜しまない。そんな彼女が、花火が始まりそうになって辺りがざわついてきた時、恥ずかしそうに俯く。今更恥ずかしがることが気になり、ついつい声をかけてしまう。そうすると、少し体をよじりながら俯いたまま話す。
「星羅君、私がよくからかって、そういうのに慣れきってると思ってるかもだけど、ほんとは全然違うの。毎回何かを言うたびに気合を入れて、その相手が星羅君だからこんなことを言おうって気になるの。」
「…なんか今更な気がするけどさ、もう実質告白みたいなことしてない?」
「星羅君はまだアイドルだから、そんなことできないよ。私はただの一ファン。そうじゃないと、恥ずかしかって言えないから。でも…この言葉は、一人の女の子として言わせて。」
そうしてこちらに顔を合わせる。顔はさっきまでとは比べ物にならないくらい赤くなっていて、唇が少し震えている。手をぎゅっと握りしめて、振り絞るように言葉を紡ぐ。
「私、星羅君のことが…」
瞬間、花火が大きく空に舞う。まるで花びらが空に散るような幻想的なもの。その音は祭りの人々の声も相まってどんな音よりも大きく聞こえ、肝心の部分を聞き漏らしてしまう。
「…悪い、聞こえなかったからもう一回…」
「ダーメ。私、こういう漫画みたいな展開がしたくて引っ張りに引っ張ったんだよ?」
顔からはさっきのりんごのような赤い顔を見ることはできず、代わりに意地悪そうな顔をして笑っていた。
「結局、最後まで香奈恵のペースかぁ。」
「ふふっ、ねえ星羅君。星羅君にも逆転のチャンスはまだあるよ?」
「マジ?教えて教えて。」
すると香奈恵の顔から、さっきの赤みが少し戻ってくる。どちらも混じった笑みは祭りの気配を完全に切り離し、二人だけの空間を作り出す。
「また祭りに誘うから。"付き合ってね"、そのときは。」
「おう。任せとけ。そんときはゲームでもなんでも俺が勝ってやるからな。」
「ふふっ、言質取ったよ?」
「そんなの取らなくても、俺は絶対断らねぇよ。」
「………そっか。」
空中に散った赤い花火に浴衣の椿。
俺の言葉を受けた彼女は、何故だかその二つが最高に似合う顔をしていた。




