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見えてるものは

とうとう私にも夏休みが始まる。休みの日は誰かを誘って遊ぶなんていう常識を自分に当てはめてみると、歪な形をした私の心にはまったくはまらずに嫌気がさすと同時に、人と関わらずにすむ気楽さに足取りが少し早くなる。今日は夏なのにも関わらず吹き抜ける風が心地よく、湿度もそこそこで快適な日だ。歩くことは何も考えずに、私のモヤモヤを晴らしてくれる。そして仕上げに、今日のお昼はかねてより気になっていた喫茶店に入ろうと思っていた。なんでも、その店のパンケーキは絶品らしく、真っ白な私の夏休みに彩りを持たせるにはピッタリだと思ったからだ。観葉植物で雰囲気を出した店が目に飛び込んでくる。少しだけほおが緩み、レンガ作りの扉に足を進めると、見覚えのある男がサービスセットと書かれたボードと睨めっこしていた。

「…あれ、月乃?」

「…なんでいるの?」

その男…松尾がくるりとこちらに向き直る。私は心底嫌そうな顔をつくり、松尾を追い出そうとする。だがそれをまったく気にせずに、表情一つ変えず私の問いに返答する。

「散歩中にちょうどいい喫茶店が見つかったからここでお茶しようと思ってたとこ。折角なら一緒にどう?」

「平日はいつもお昼、あなたと一緒なんだけど。」

そんなことを言い終わる前に扉を開けてしまい、チャリンとベルが来店を知らせ、女性スタッフが慣れた声で何名かを聞いてくる。松尾は顔だけをこちらに向けて、視線でこちらに尋ねてくる。話を聞くのか聞かないのか…そんな呆れと返答の意味を込めて、私は小さくため息をつく。そうすると松尾は店員に2名だと伝えて窓側の席に誘導される。向かい合うように座ると私は早速メニューを手に取り、目的の物を確認する。店員を呼び、私はパンケーキを、松尾はコーヒーとカツサンドを頼む。店員が注文を受けて席を離れ、二人の間に静寂が生まれる。誘ったにも関わらず松尾は何も喋らず、本来落ち着く空間のはずの喫茶店がやけに浮ついた場所に感じてしまう。その空気感に耐えられず、いつも通りの口調で私は話しかける。

「誘っておいて、何も話そうとしないの?てっきり私は何か話す話題があるものだと思ってたんだけど。」

「うーん、なんていうか、特になんも考えずに誘ったから、そういうのはないね。残念ながら。」

「後先考えずに誘って気まずい空気になるのなら、もうちょっと考えて生きたら?」

「まあそうなんだけど、めんどくさくない?折角の休日なんだから、考えるのはやめにしてるの。」

松尾は淡々とそう言って、喫茶店の内装に目を映す。平日ならもっと朗らかに笑うような人だったが、休日の彼はなんだか無気力で、本当に何も考えていなそうだった。ふと、窓で自分の顔を見てみる。

なるほど。どうりで腹が立つわけだ。私と松尾は、どっちも同じ顔をしていたから。数秒窓を見つめていると店員が注文した物を持ってきてくれた。私たちは小さく店員にお礼を言い、私は自分の分のフォークとナイフを手に取る。松尾の方を見ると、彼は今日初めて笑顔を見せて、サンドイッチを頬張る。私もそれに合わせてパンケーキを切り、フォークで刺して口に運ぶ。咀嚼するたびに歯に甘い味が染み渡り、もちもちとしたパンの食感にホイップクリームのふわふわが混じって気持ちいい。パンケーキが後半に差し掛かってくると、不意に松尾が話しかけてくる。

「月乃って食べるの好き?」

「…急にどうしたの?」

「いや、随分幸せそうに食べるからさ。俺も食べるのは好きだから、一緒の人がいたら嬉しいなってだけ。」

そういうとコーヒーをゆっくりと啜る。飲み終わると決まってフウとため息をついて、誰もいない隣を見る。もしかしたら壁を見てるだけかもしれないし、実は私のことを見たくないだけかもしれない。

いや、違う。私も同じだから分かる。きっと何も考えていない。何か考えると、折角のご飯の余韻が台無しだから。

「食べるのは好き。何も考えずとも、勝手に体が生きるために求めるし、美味しい物を食べれば、勝手に体が喜んでくれるから。」

「考えると幸せじゃなくなる?」

「もし、あなたのお弁当に、あなたの顔が思い浮かんだら、きっと嫌な気分になると思う。」

「なるほどねぇ。とりあえずお弁当が不評でないようで何より。」

うっすら微笑み、またコーヒーを口に入れる。口に入ったと思った私の言葉は、咀嚼もされずに流し込まれ、何も考えない虚無の幸せに変換される。

「似た者同士かもね。俺たち。」

「冗談でしょ。そんなの私は認めない。」

口ではそう言いつつも、やっぱり心の中で思うことはいつも反対。もし、私達が似た者同士なら、あなたの言葉もほとんど反対の意味合いで、マイナスな言葉を使わないあなたの心は…そこまで思考が働くと、私は最後の一口を口に入れる。

美味しい。ただそれだけ。

そんなこんなで、私達は食べ終わった食器を片付けて貰い、帰りの身支度をする。そうしていると、殆ど同時のタイミングで二人のスマホに連絡の通知が鳴る。見てみると、それは花音から。

"明後日、夏祭りがあるのですが、よろしければ2年部員全員で回りませんか?"

松尾がスマホから目をこちらに向けて、彼は初めて私を瞳に入れ質問する。

「どうする?俺は行こうと思うんだけど。」

「私も行く。久しぶりに花火が見たいから。」

あなたの視界に私がいないのなら、私だって、あなたのことを視界に入れたくない。

店の外は眩暈がするほど暑かった。

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