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伊藤家の夏休み

今日からとうとう夏休みに入る。どうやら中学校の夏休みのタイミングも同じらしく、リビングには家族全員が揃っている。そして俺たち兄弟は、あることを決めるため、小さな机に相対する。

「それではこれより、夏休みの家事当番を決めるべく、決闘を執り行うわ!」

伊藤家のきまり、それは長期休みに一度、勝負で勝った人が自由に家事をやる日を決めることができるというもの。この戦いに俺は初参加だが、3人から溢れでる闘志に煽られ、気合いは充分だった。

「ふっふっふっ、とうとうこの時が来たね。この日のために私は入念な準備をしてきたの!見よ!これが私の!ロイヤルストレートフラッシュだぁぁぁ!!」

「ふっ!甘いよ優姉さん!そんなんじゃ僕のブルーアイズホワイトドラゴンは倒せないよ!」

「待ちなさい二人とも!今日は初参加の雄馬に種目を決めてもらったわ!闘いは種目が発表された後に始まるのよ。あと、せめてジャンルは統一しなさい。」

全員の凄まじい気迫に押されながらも、いつもの調子を崩すことなく、忘れ去られていそうな厨二病設定を引っ張り出して、種目を発表する。

「今から始まるのはいわば儀式。自らの力で運命を勝ち取る厳粛なもの…。それならクレバーに戦うのがベスト。さぁ、始めようか。世界の運命を賭けた…」

ポケットからカードを取り出し、机に置く。パラっと一枚を引き抜いて、全員にジョーカーを見せる。

「ババ抜きを…」

「「「ババ抜き…」」」

「愛姉さん…」

「お姉ちゃん…」

「しまった…私抜きか…って何やらせてんのよ!」

華麗なノリツッコミを成立させてる間にカードを配り、全員が手札を手早く捨てて、ゲームが始まる。

「じゃあ順番は一番手札が多い愛姉からで、そっから時計回りでいこう。」

「情けのつもりのようだけど…ここはお姉ちゃんとして!負けられないわ!行くわよ真!」

「負けないよ!愛姉さん!」

カードを引く順番は愛が真を、真が優を、優が俺を、そして俺が愛のを引く。

カードはどんどん減っていき、最初の手札的に不利に思われた愛は凄まじい勢いで手札を捨ててゆき、他の者も負けじと手札を揃えていく。そして…

「やったー!一番乗りー!!」

「ぐぅぅぅ…あそこでジャック取るかぁ…」

「ふふん!一度もジョーカー見ずに勝っちゃった!」

最初から手札をどんどん捨てていた優が一番乗りで退場し、その後はもゲームは進んでいき、俺の手札が4枚

愛が2枚、真が1枚で真の手番になる。

「さあ、真。どれかを取れば上がり…どれをとる?」

「ぐっ…でも、雄馬兄さん、実は結構顔に出やすい性格なの知ってた?それを読めば…」

「ふっ、残念だが、俺は戦いの中成長する!」

「なっ、それは!」

「そう!俺はこのカード全てを伏せて、シャッフル!」

「まさか…僕の読唇術を封じ込めるための…」

「そう!これが必殺コンボ!マインドシャッフル!」

「ただカードがわからないだけでしょ…」

真は恐る恐る一番右のカードに触れ、俺の顔色を見る。だがしかし、それが何の意味もなさない行為なのは、その後の真の雰囲気からも明らかだった。彼の手からは汗が漏れ出て、呼吸が早くなる。

「くっ、落ち着け…僕はこれまで、美味しいとこは持ってく末っ子パワーを遺憾無く発揮してきた。今日だって…」

「ふん…末っ子パワーか…」

「何がおかしい…!」

「はっきり言ってやろう。末っ子という立場に甘んじているようでは、兄であるこの俺に勝てないとな!」

「なんだと…!」

「仲いいわね…あなた達。」

真が俺をギロッと睨みつけ、その後ゆっくりと瞳を閉じる。

「そうだね、兄さんの言う通りだ。僕はもう、末っ子に甘んじない。僕自身の手で、兄さんを超える!」

「そうだ!見せてみろ!お前の力を!」

「うおおお!これだぁぁぁ!!」

カードを思いっきり引き抜き、風圧で他のカードが床に散らばる。真は自分が引いたカードに瞳を揺らし、カードを2枚重ねて、高らかに宣言する。

「…ターンエンド⭐︎」

「はい残念したー。じゃ引きまーす。おっ、揃った!」

「ってことは…真の持ってるそれって…」

「……………」

部屋が静まりかえる。遠巻きにクッキーを焼いた母さんがくすくすと笑い、父さんも暖かく見守ってくれている。

「…残念だけど、容赦はしないわ。真、私はあなたのお姉ちゃんなんだから。」

「いいよ、やってみせてよ。愛姉さん。」

愛が左のカードを触る。すると真は露骨に嫌そうな顔をする。次に右のカードを触ると、さっきよりも和やかな顔になる。姉である愛が弟の変化に気づかないなどあるわけがなく、愛は勝利を確信する。

「真、高校に入ったら演劇部に入ることを薦めるわ!なぜって、こういう時に強く出れるのだもの。それじゃ、お先に失礼…」

カードを引いた途端、勝ち誇った愛の顔から、急激に血の気が引く。信じられないものを見る目で真を見ると、してやったりと言わんばかりの笑顔が真から溢れ出ていた。

「それじゃ、僕のターン。ふっ、これが、僕の実力さ…」

あっさりとカードを捨て去り、真は上がってソファにどさっと座り込む。残ったカードは俺の1枚と愛の2枚。緊迫感で部屋は満たされ、軽口を言い合うほどの余裕もない二人は、ただただ無言で睨みを効かせる。小さく、「いくよ…」と声をかけると、愛は小さく肩を震わせる。先ほど愛がやったように、まずは右のカードに手をかける。そうすると、流石兄弟と言うべきか、明らかに嫌そうな顔をする。無論これが演技だと言う可能性も考慮したが、左のカードに触れたときの笑顔からそれはないと確信した。

彼女の笑顔は、太陽の麗らかな日差しに照らされて、カードを引き抜くのを一瞬頭から吹き飛ばした。

それほどまでに美しく、胸が熱くなるほど可愛かった。左のカードに触る手の力を強めると同時に、愛の笑顔も強くなる。そうだ、俺は誓ったんだ。家族の、愛の笑顔を守ると。

そのとき既に、俺の行動は決まっていた…。

「はい揃ったー!愛の負けー!」

「うがぁぁぁぁ!くーやーしーいー!!」

ジタバタとその場に倒れ込み、まるで姉としての尊厳は無くなってしまい、夏休みの当番表は、あっという間に埋まってしまったのだった。悔しそうに机に突っ伏した愛に、母さんが優しく声をかける。

「ねえ愛?クッキーを焼いたんだけど、全員に3個あげると一個余っちゃって…」

愛はバッと顔をあげ、目を光らせる。母さんはどうやら愛の扱いが上手いようで、その姿にまた笑みをこぼす。

「これよ!次はこれを賭けて勝負しましょう!」

「ふっ、いいだろう。今度こそ教えてやるよ。圧倒的な力の差というのをな!」

「ふっふっふっ!一番強いのは私だってことは忘れないでね?」

「たかだか一回の勝負で随分強気だね。残念だけど、最後に笑うのは僕だから!」

そんなこんなで、何かと理由をつけて勝負をする伊藤家の休日は、いつも決まって、愛姉の勝利で終わりを迎えるのだった。

「これが!お姉ちゃんパワーよ!あーはっはっは!」

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