仲直りの印
劇を終えて数十分、胸の奥にはまだ熱いものが残っていて、それに心をときめかせながら憧れの場所にお邪魔する。そこには、演劇部と名がついていて、入ってみると、劇の中の演劇部と似たような雰囲気を肌で感じ取る。中には一人の少女のみが居て、私の顔を見るなり、こちらに駆け寄ってくる。
「香奈恵!劇、どうだった?」
「とっても良かったよ!早苗ちゃんのあの怒ってるシーン、こっちにも並々ならぬものが伝わってきて、凄く楽しかった!やっぱり凄いね。早苗ちゃんは。演奏だけじゃなくて演技もできるなんて。」
「元々肺活量には自信があったし、しっかり声を出すのも慣れてたから。演技が凄く上手い先輩が、親身に教えてくれたのもあるかな。それに…」
早苗ちゃんが視線を落とす。ちょっとだけ耳を赤らめて、目を閉じたまま心の内を明かす。
「…全部が全部、演技って訳じゃなかったから。」
「…早苗ちゃん。ありがとう。こんなに一生懸命、私なんかの為にやってくれて。」
「ううん、香奈恵には幸せになって欲しいってずっと思ってたから。…でもやっぱり、私だけで解決とはいかなかったのが、唯一の気掛かりかな。」
「…私にとって、早苗ちゃんが居たから、今日はここに来れたんだよ。」
「わかってる。今更自分を卑下して、香奈恵に変な気を遣わせようとは思ってない。…ただ。」
そう言って一旦言葉を区切る。顔を上げた早苗ちゃんと目が合う。その瞳の中は、ビー玉みたいに輝いていて、ずっと近くで励ましてくれていたのに今まで気づかなかった自分を少し恨めしく思う。彼女の瞳に反射して映った自分の顔はどこか惚けていて、やっぱり自分は早苗ちゃんのことも好きだと自覚する。そんな彼女のことをもっと見ていたくて、じっと顔を見てると、少し恥ずかしそうに目を逸らし、言葉の続きを語り出す。
「私だけで解決って言い方はちょっと語弊があるかも。私は一番あなたの近くにいたのだから、あなたが必要なものを、必要な人を私が集めてこなくちゃならなかった。特に星羅なんかは、貴方を助け出せる可能性を持ってるって私はわかってたはずだから。結局行き詰まった道を、他の人が整備してくれて、私はそれに甘んじてる気がした。勿論そうならない為に、演技の練習は頑張ったけど、どうしてもその感覚が抜けないんだ。」
静まり返っている部室に細々と、しかし強い芯のある言葉を解き放つ。彼女はここまで私を救ってくれているのに、何故だか不安そうな表情で、そこには伝える側だけが持つ恐怖がいた。
私は言わなくてはいけない。その恐怖に抗ってくれたこと、その思いは届いたこと、あなたのことがもっと好きになったこと。余すことなく、自分の言葉で。
アイドルを語っていた、あのときに戻ったように。
「私はね、確かにアイドルも好きだけど、早苗ちゃんのことも大好き。あの劇で言ってくれた言葉、私のことを意識してくれてたんだよね。…私、本当に嬉しかった。私にとっての大スターが、私のことを見てくれてたって。私は星羅君のファンでもあるけど、早苗ちゃんのファンでもあるから。
それに、早苗ちゃんは自分が甘えてるって言ってたけど、私もそれは同じ。多分、卑下じゃなくて、悔しいんだと思う。私の大好きな人が苦しんでるのに、私が助けれてあげれなかったって。…もし、早苗ちゃんも同じ気持ちなら…」
そこまで言うと、顔が熱くなって仕方ない。こういう時、夏のせいにするのは簡単だが、いくら他の人を騙せても自分の胸がそれを否定してしまう。その事実に気づいた時点で、この気持ちは隠しようがなくなってしまい、もう吐き出す他なくなってしまう。
「…これからもずっと、一緒にいて欲しい。それと、もう一度言って欲しいな。今度は演技としてでなく、私の唯一無二の親友として。」
「…うん。香奈恵。私と一緒に、もう一度前に進んで。」
「…はい!絶対、離さないでね!」
そう言うと、体は勝手に彼女の体を包み込む。香水と汗が混じった香りが鼻腔をくすぐり、胸の中の熱いものがじわじわと目元まで迫ってくる。抱擁する手の力は強まって、嗚咽と共に、笑い声混じりの声が部室を満たした。
一通り泣き終わって、ぐったりとその場に座り込む。
コンクリートの床は思った以上に冷たくて、異常な気温が当たり前となった日本にもこんなオアシスがあったのかとちょっと嬉しくなる。早苗ちゃんから渡された水でクールダウンをすると、ようやくある疑問が頭に思い浮かぶ。
「そういえば、他の演者の人…星羅君とか、ふゆちゃんとかってどうしてるの?吹部の人達も見当たらないし。」
「ああ、今星羅は外で握手会やってるはず。で、なんていうか律儀なんだろうね。全員わざわざこの猛暑に列に並んで、握手してもらってるんだってさ。」
「…ふふ、なんか分かるかも。並んでるときとかも、推しのためならそういうのも苦じゃなくて、なんなら楽しい思い出になるから。」
「会員No.1の方が言うなら、そうなんだろうねー」
早苗ちゃんはニヤニヤとこちらを茶化してくる。それは決して嫌味なもので無く、むしろそうあっていたあの頃に戻ったこと。それに対する最大限の歓喜に思えた。ただ、それはそれとして恥ずかしいので、
「ぷいっ」
と拗ねたふりをしてちょっと困らせてみる。そっぽ向いたその先には部室の扉があり、私がそっちを見た瞬間、その扉はガチャリと慣れた手つきで開いていく。
「…お邪魔してます。星羅君。」
「…お待たせ。香奈恵。」
私はサッと立ち上がり、星羅君の前に駆け寄る。距離的には付かず離れず。それは私達にまだ確執があるからでは無い。昔から、この距離が好きだった。きっとそれは星羅君も分かっている。だから今はこの距離感なのだ。
「話したいことはお互い色々山積みだと思うんだけど、私から先にいい?」
「ああ。お願い。」
舞台で輝いていたあの衣装姿。最近はずっと画面越しだった私の友達。久しぶりに向けられた眼差しはなんだかくすぐったくて、頭の中で整理されていた言葉がパラパラと音を立てて崩れていく。そんな状態にしどろもどろになりつつも、なんとか呼吸を整えて、彼に想いを伝える。
「…私、ようやく好きなものを好きって自信が持てるようになった気がするの。なんだかアイドルが好きって周りの人に言いづらくって、結果それが馬鹿にされちゃったから、もう好きなものは誰とも共有しない。私一人で完結させるって考えになってたの。
…でも、私が好きなアイドルを自分も好きって言ってくれる友達ができたり、お互いが好きなものを語り合える友達ができたりして、そのとき、自分の気持ちに偽りを作らなくていいって気づけた。
…私、星羅君のファンで良かった。ありがとう。」
「…俺からも、お礼を言わせて欲しい。俺が今までやってこれたのは、自分を見てくれる人があってこそだった。こんなに理想的なファンの人がいるのに、俺はその人達のことを一度手放した。普通なら見限られてもおかしく無い。それに長い間、ウジウジしてたんだからほんとに呆れモノ。でも、もう俺は同じ過ちは繰り返さない。だからと言って、もう失敗しないってのは嘘になるかもだけど、何を成して、どこまで行くのか。その過程でどんな失敗をするのか、それを超えてこそ、人に憧れられる存在になれるって改めて知れた。
今度こそ、本当の意味で全員のスターになる。そして俺自身も、そんな俺を誇りに思えるようにする。これが新しい"アイドル山口星羅"としての決意。」
「…うん!すっごくかっこいい!やっぱり私、星羅君のことが好き。」
「…っ、ありがと。」
照れてる星羅君を横目に、「香奈恵〜?」と早苗ちゃんが詰めてくる。
「大好きだって言った人の前で浮気とはいい度胸してるじゃん。というか、好きなものに堂々としてるってのはいいことだけど、なんか上手くなってない?
その…人をからかうってか手玉にとるってか…」
「ふゆちゃんに色々と教えられて。本心は言葉にしないと伝わらないって。」
「…本心ですかソーデスカ…」
…なんだか不思議。私にとってのスターの二人が、私のことで照れてるなんて。かく言う私も、実はこういうのには慣れてなくて。心臓がバクバクと破裂しそうな勢いで音を立てていて、聞かれたらもう身が持たないかも知れない。
二人が並んでるところを見ていると、やっぱり私とは違うと感じる。感覚的な話じゃなく、それは演奏にしろ劇にしろ、誰かの視線を受けた人っていう明確な違いがある。私は、そんな人達が好き。そう思ったのなら、私の行動は決まっている。
「ねえ、星羅君。ちょっと話があるんだけど。」
「なに?」
「私、今回の劇で、演劇部のみんなも、演劇のことも好きになれたの。この気持ちは、きっと私にとってすっごく大切なもの。そしてそれをもう恐れないようにするって決めてあるの。
だから、私も演劇部に入部したい。」
瞬間。星羅君の目が見開いた気がする。彼がそんな風に驚くのを見るのは初めてで、でもなんだか既視感がある。彼の瞳に映った私を見てみる。そのとき、なんで既視感のある驚き方だったのかわかった。
…まさか、自分のことを好きになれる日が来るとは。
星羅君がこほんと咳払いをして、再び私のことを見つめ直す。そしてはっきりと、対等な存在として話しかけてくれた。
「香奈恵なら、きっと他の人に埋もれない。絶対に輝ける。俺も一緒に、香奈恵と舞台に立ってみたい。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「…ふふ、今日はほんとに素敵な日。好きなものがたくさんできちゃった。」
「香奈恵がそんなに推すなら、私も星羅のファンクラブに入ってみようかなぁ。今一番新規のファンのNo.っていくつぐらい?」
「確か今は8万9千50人だったかな。」
「はちっ…」
「そういや、"星羅エクストリーム✨✨✨パラライズ(ちょっwwかっこよすぎてマジ無理ww)が除名されたから一ずつNo.上がると思うよ。」
「なにそいつ…きも…」
「お、おかしいのはその人だけだから…!」
慌てて星羅ファンとしての株を取り持とうとして、身振り手振りを使って早苗ちゃんに星羅君の良さをアピールする。そうしてると星羅君がちょいちょいと肩を叩いてくる。どうしたのかと振り返ると、またさっきと同じ距離が出来上がる。そのあと星羅君はこう言った。
「さっきまでの握手会は、今までの山口星羅を応援してくれてありがとうってやつで、新しく生まれ変わった星羅としては、まだ握手会をしてねぇんだ。
初めては香奈恵って決めてたから。」
手をすっと差し出してくる。この距離は、昔彼のファンサービスを手伝う口実に、よく握手をしてもらっていた距離。
「これからも応援よろしくお願いします。」
「こちらこそ、これからもお世話になります。」
固い絆で繋がった二つの手。最高のファンサービスを経て、私たちは仲直りをした。
こんにちは。作者のあまりんごです。最近恋愛系のお話を書きたいと思っていまして、一応ジャンルとしてもこの作品恋愛モノだったので、区切りもいいですし夏休み編に入って、各々のキャラのイチャイチャを書きたいなと思っています。今のとこ、桜とふゆ、雄馬と愛、星羅と香奈恵、あと水月と月乃or水月と君津で考えています。ゴールデンウィークにも入ってちょっと時間にも余裕があるので、どしどし投稿したい所存です。
それではここまでのご愛読、どうもありがとうございます!それではおやすみなさい…。




