花縁高校演劇部 文化祭公演 「カルピスソーダ」
キャスト
志島拓哉 大久保桜
藤本幸樹 山口星羅
宮島綾香 織田紗香
佐々木慎吾 豊臣燐音
飛部矢才珠 足利花音
大泉後五郎 松尾水月
愛旧奈々 伊藤愛
島流し先生 徳川夏希
宇喜多佳奈 空海月乃
佐藤美波 天草早苗
時刻は午後12時58分。体育館のステージ前には吹奏楽部の人たちが各々の楽器を持って集まり、あと2分ほどで始まる公演に備え、準備をしている。刻々と時間は刻まれ、1時ちょうどになったその時、オーボエが最初の音合わせを行い、舞台の幕が上がる。拍手に包まれた空間は、見る人すべての気持ちを昂らせ、いよいよ劇が始まることを暗示した。
「見てるよ。星羅君。」
ピース1
拓哉「うーん、あれ、もしかしてみんな帰ってる?」
たくさんの机が立ち並び、掃除ロッカーに電子黒板が隣り合わせた教室で、志島拓哉は目を覚ます。トロンボーンの演奏が劇の最初を彩って、それに合わせて拓哉は伸びをする。
拓哉「えっと、確か掃除当番俺だったよな。早くやんねーと叱られる。」
島流し先生「Hello!Cherry boy!元気してる!?」
拓哉「うわっ!島流し先生。いきなり入って来ないでくださいよ。」
舞台右袖にあるハリボテの扉を勢いよく開け、島流し先生が入ってくる。頭にはバンダナのようなものを巻いていて、その中にハンディファンを4つ括り付け顔面に風を常に受けた状態にして、ベルトには7つほどカルピスソーダを入れていて、棒なようなものを手に持ち、その先端にはエアコンをプリントした紙を貼っている。
島流し先生「いやー最近暑くってまいっちゃうわね!私もこれ以上暑くなると頭がおかしくなりそうよ。HAHAHAHAHA!」」
拓哉「えっと、ツッコミ待ちですか?」
島流し先生「失礼ね。私はいつだってcool girlよ!」
拓哉「そりゃクールでしょうよ…ところで、どうしていきなりこんなとこに?」
島流し先生「ああ、別に用って程でもないわ。ただここは演劇部の部室としても使ってるから、掃除は早めにお願いってだけ。これから頑張ってもらうために、これは私からのプレゼント!」
そういうと、先生はベルトの中から一本のカルピスソーダを取り出し、拓哉に渡す。
島流し先生「そうそう。それ、振っちゃダメよ?女の子の想いは受け止めるものだから!それじゃ、see you next time!」
再び舞台右袖の扉をバンと閉めて、それと同時にトロンボーンから始まった最初の演奏が終わる。
拓哉「カルピス…もうだいぶ温くなってるし…ちゃちゃっと終わらせてかーえろっと。」
机を軽くどかして、掃除ロッカーの前に立つ。ロッカーの扉を開けようとして手をかけるが、ガチャガチャと音を立てて開かない。
拓哉「あれっ、おっかしいなぁ。鍵とかあったっけ。」
ガチャガチャと音を立てるのと同時にコントラバスが演奏を始め、押し引きをする速さは弦を弾く音と重なり早くなる。その速度が最高点に達したとき、ティンパニがドーンと空気を振動させた音を出し、一気にロッカーの扉が開く。
佐々木・宮島「こんにちはー!!」
拓哉「うわぁ!?」
中から男女の二人組が出てくる。男の方は竹刀を帯刀しており、女の方はたこ焼きを食べながら扉を蹴破り登場する。
拓哉「あ、貴方達!そんなとこでいったいなにを…」
宮島「なにって、ここはアタシらの部活やぞ。そういうお前こそここでなにしとるん?」
拓哉「あっ、えっと俺はここで…」
佐々木「待って宮島!もしかしてこいつ…」
佐々木・宮島「新入部員!?」
拓哉「へ!?」
曲のテンポが加速して、佐々木と宮島の浮かれた気分をより細かく演出する。二人は教室の左端に寄り、コソコソ話の素振りをする。弁明しようと拓哉が口を開いたその時、扉を開いてもう一人の人物が入ってくる
藤本「おはよう二人とも!新入部員とは仲良くやってるか?」
拓哉「もう入ってる!?」
佐々木「まあまあとりあえず座って。君。名前は?」
拓哉「1年A組の志島拓哉です。」
藤本「拓哉君ね。飲み物どうぞ。」
拓哉「ありがとうごさいま…ってこれカルピス!えっ!?やかんにカルピス入れてんの!?」
ガタッと机から立ち、三人から距離を置く。そして数秒の沈黙の後、「わかった!」と拓哉は声を上げる。
拓哉「貴方達、演劇部ですよね?これって何かの演技なんですか?」
藤本「いや違うけど。」
拓哉「えぇ…」
佐々木「うちの部活は人が少なくってね。好印象を持ってもらうためにやってるの。そろそろ部員増やさないと…」
飛部矢「おーほっほっほ!!」
宮島「チッ、来たよ…」
曲調がガラッと変わり、壮大なメロディに合わせて3人の人物が入ってくる。その見た目はよりどりみどりで飛部矢は"毎日の主役"と書かれた布を肩にかけ、その両端の二人はメガネをかけて、愛旧はパソコン、大泉はクリアファイルを抱えている。
飛部矢「演劇部の皆さん方。おひさしゅうございます。相変わらずまともな活動はなさっていないそうじゃな?」
宮島「ハッ!アホみたいなことやってるテメェらよりかはマシだよ!」
飛部矢「はぁっ!(悶絶)」
飛部矢がその場にへたり込み、それを両脇の二人が支えて心配する。
大泉「どうなさいました!?飛部矢様!」
愛旧「お気を確かに!!」
飛部矢「あの女…たこ焼きの匂いがする…」
宮島「あん!?アタシになんか文句でもあんのか!」
飛部矢「これだから関西人は…どうせ阪神に左打ちの外国選手が入団したらバースの再来だと喚いとるのじゃろうて。」
宮島「あたしゃバース追っかけてねぇよ!」
宮島と飛部矢がいがみ合い、アドリブで罵詈雑言を浴びせ合う。それを何回か繰り返して、藤本が割って入る。
藤本「あの!生徒会様がこんな部活になんのようで?」
飛部矢「ああ、そういえばそうじゃったな。愛旧。説明してやれ。」
愛旧「はっ!」
飛部矢が下がると同時に愛旧が前に立ち、演劇部全員に向かい合う。手元のパソコンを開き、メガネをクイッとさせ話始める。
愛旧「今、この学校には部活に回す予算が少なくなっているのです。そこで私達はどの部活にどのくらいの予算を回すかの会議、および視察を行なっています。」
佐々木「なるほどねぇ。ちなみに予算っていくらぐらいなの?」
愛旧「あーえっと…0が1.2.3.4.5.6.7.8.9…」
佐々木「億いってんじゃねぇか!!」
愛旧「えっ!?だって0がいっぱいだし…」
飛部矢「愛旧!これ以上恥をかかせるな!大泉、代わりを頼む。」
大泉「はっ!」
飛部矢の言葉により、愛旧が少ししょんぼりとした顔持ちで大泉と入れ替わり、大泉も愛旧と同様にメガネをクイッとした後、キリッとした声で話し始める。
大泉「私達は今、セクシーな問題に直面している。」
拓哉「セ…セクシー?」
大泉「そう!予算が少ないということは使える予算が少ないということ。よって、予算が与えられない部活は予算がないということです。これすなわち、予算がなければ部活動の予算が無いということなのです。」
演劇部一同「????????」
愛旧「えーと…その…つまりー…あー…」
飛部矢「お主まで混乱するでない!」
飛部矢がこほんと咳払いをし、前に出る。手で大泉を後ろの方に動くよう促し、いつもの調子に戻って声を出す。
飛部矢「要するに、お前達のような価値の低い部活には、もう予算を回しとれんという話じゃ。」
藤本「はあ!?それどういうことだよ!?」
宮島「それじゃアタシたちゃどないすりゃええねん!」
佐々木「そーだ!そーだ!」
飛部矢「さあ?壊れた砂の城のその後など、誰も気には止めぬからのう。」
飛部矢が手を口に当て、くすくすと笑い出す。二人は飛部矢の両脇に膝立ちをして、うちわを扇ぎ始める。
佐々木「くっ!言いたい放題言った後は嘲笑かよ!先輩!こんなの黙ってられません!」
藤本「ああ…こんなとこで終わるかよ。行くぞみんな!」
宮島「応!」
拓哉「えっ!?これもしかして俺も行くの!?」
飛部矢「ほう…向かってくるか。よいぞ、身の程を教えるにはちょうどいい…返り討ちにせよ!」
大泉・愛旧「はっ!」
演奏がハイテンポなものに移り変わり、舞台の躍動感を増幅させる。宮島は愛旧を、拓哉は大泉を、藤本は飛部矢を、佐々木は空気を相手に戦いを始める。
演劇部は戦いの中唸り声を上げて相手に殴りかかり、生徒会は飄々とした態度でそれを受け流す。
宮島「うっ…こいつら、想像以上の腕っぷしや。」
藤本「こうなりゃ"アレ"を使うしかないな…」
宮島「"アレ"って…」
藤本「阪神じゃないからな?演劇部に伝わる秘伝の必殺技。"死んだふりしてドーン!"を使うんだ!」
拓哉「無理やり演技に関連付けてますけどただの死んだふりじゃないすか!」
飛部矢「"死んだふりしてドーン!"をしようとしてるならば無駄じゃ。その技は登場回数が多すぎてマンネリ化しとる。もう使うことは叶わないはずじゃ。」
拓哉「もしかして…毎回使ってるんですか?」
藤本「ああ。例えば小テストで赤点取ったり、借りてた消しゴムの角使ったり、プリントに飲み物かけちゃったときだったり…」
拓哉「あんたどうしようもないな…」
演奏が止まり、風が吹き抜けるSEが鳴る。照明がパッと消えて、ある一人の人物にスポットライトが当てられる。
佐々木「私の出番のようだな…」
拓哉「せ、先輩!とうとう動くんですね!」
もう一つのスポットライトが生徒会側を照らす。ウクレレが鳴らす一風変わった曲調は、持っていた竹刀も相まって、達人の間合いを感じさせた。
佐々木「………クルッ。さあ!どこからでもかかってこい!」
拓哉「あの野郎裏切りやがった!」
藤本「卑怯者がぁ!」
宮島「戻ってこーい!」
佐々木「断る!私は常に強い者の味方だ。」
飛部矢「いや邪魔。」
佐々木「ぶへぇ!」
大泉が佐々木をぶっ飛ばし、演劇部側にもボコボコにされる。曲調はかっこよかったものから間の抜けたものに変わる。
佐々木「ちょ、アメリカンジョークだって!あっ!いいこと思いついた!ストップ!」
藤本「作戦ターイム!」
飛部矢「認める。」
演劇部全員が小さく固まってコソコソ話の形になる。
宮島「で?いい案って?」
佐々木「奴らはとんでもない強さだ。だが弱点がないわけじゃない。その弱点ってのは飛部矢以外知能指数が軒並み低いこと。つまり、飛部矢さえ説得できれば他二人も芋づる式で丸めこめるってわけだ。」
拓哉「でも、こっちにはその交渉材料がないからあんな強硬手段にでたんじゃないっすか。」
藤本「…いや、あるにはある。」
拓哉「え!?じゃあ最初からそれでいいじゃないすか。」
藤本「それは…」
舞台に沈黙が落ちる。演奏もなくなり先程までの騒がしさの緩急から、観客の全員がキャラの微細な動きに注目する。
宮島「…やりましょう。ようやく、向き合うときが来たんやから。」
藤本「俺は今まで向き合えてなかったの、今更…。」
佐々木「それは俺らも共犯です。一緒に償いましょう。」
藤本「佐々木…」
拓哉「…俺はなにがなんだかっすけど。演劇部員として、協力します。」
藤本「…ありがとう。行ってくる。」
藤本が立ち上がり、綺麗な姿勢のまま生徒会側に歩き出す。
藤本「飛部矢さん。お願いがあります。」
飛部矢「なんじゃ?」
藤本「次の劇まで、部費をストップするのを待って欲しいんです。その劇で、また前のような演劇部に必ず戻します。」
飛部矢「…いいじゃろう。だができなければ、演劇部は吹奏楽部に吸収合併。もう活動はできないと思え。行くぞ、愛旧、大泉。」
愛旧・大泉「はっ!」
生徒会3人がそそくさと舞台からはける。藤本は演劇部の方に向きを変え、パンっと手で合図をする。
藤本「よし!じゃあ、劇練始めるよ!」
演劇部一同「よろしくお願いします!」
暗転
ピース2
舞台の明かりは真ん中だけに集中し、佐々木が宮島に抱えられた姿に注目がうつる。
佐々木「俺はもうダメみたいだ…」
宮島「いやだ!起きてよ…お願い!」
佐々木「最後に…一つだけ…お救い料10億万円ローンも可…」
宮島「佐々木ーー!!」
藤本「はいオッケー!」
全照。藤本がカチンコを鳴らして劇を止める。宮島は抱えていた佐々木を吹き飛ばし、満足そうな顔をする。
宮島「結構ええのやれたんやない?」
拓哉「声に気合いが入ってて凄かったっす!」
佐々木「俺は俺は?」
藤本「佐々木もうまかった!ほれ、カルピス冷えてるぞ。」
佐々木「てーんくす!」
宮島と佐々木がカルピスを受け取り、舞台の左端にはけてそれを飲む。空いた中央のスペースを藤本と拓哉が埋めて話し始める。
拓哉「先輩。カルピス好きですよねー。なんか思いいれとかあるんすか?」
藤本「ああ、実は昔好きな人がいて、その人がカルピス好きだったから、俺もいつのまにか好きになってたんだ。」
拓哉「へぇ〜いいっすね!初恋の味ってやつですか!」
藤本「だな。よくカルピスを差し入れとして分け合ってて、そのときよく言い合ってた言葉が…」
不意に、コンコンと扉をノックする音が鳴り響く。
拓哉が扉の方に向かい相槌を返しながら扉を開くと、そこには一人の女子生徒がいた。
拓哉「こんにちは。えっと、どちら様ですか?」
佐藤「私は吹奏楽部部長の佐藤美波です。藤本さんに用があって来ました。」
藤本「佐藤…久しぶり…だな。」
佐藤「うん。久しぶり。」
舞台が静まり返る。数秒程の沈黙の後、その空気に耐えられなくなった拓哉が宮島達の方に駆け寄り声をかける。
拓哉「なんか…雰囲気悪くないっすか?吸収合併の件でギスギスしてるんですかね?」
宮島「それもあるかもだけど…拓哉はあの話、知らんのよな?」
拓哉「あの話っていうと?」
佐々木「本当は演劇部員はもう一人いてね。宇喜多佳奈っていう子なんだけど、その子と部長の間に色々あって…今はその子は部活に来れなくなっちゃった。そしてあの人は、その佳奈の友達。」
宮島、佐々木、拓哉の3人は遠巻きに二人のことを見守る。そして少し経ったあと、佐藤の方から沈黙を破る。
佐藤「聞いたよ。生徒会の人たちに、あの頃の演劇部に戻るチャンスをくれって言ったこと。そして、それが出来なかったらうちの部活に吸収合併だってこと。」
藤本「ああ、この部活は、アイツが帰ってくる場所なんだ。ここで消えるわけにはいかない。」
佐藤「笑わせる。確か全国行ったときの主役背負ってたんだっけ?それで天狗になって、周りの人に持ち上げられたまま、自分都合の配役やら脚本やらを持ってきてたんでしょ?佳奈が部活を辞める選択は正しいと思うし、戻る必要もないと思う。部活がなくなるのも、ただ貴方の過去の栄光が完全に消え去るのを阻止したいだけでしょ。」
キッパリとした声が、他の人の耳を釘付けにする。目の前の人に対するはっきりとした怒りを表現し、鋭い突き刺すような視線を向けたその姿は、到底演技だとは思いきれなかった。
藤本「…確かにあのときの俺はどうかしていて、自分の立場を守ることに必死だった。どうせ長続きするもんでもないはずなのに、馬鹿みたいに空回りしたことして、結局失いたくない大切な物を失った。しかも、アイツと仲直りしたいってのも俺の都合で、自分勝手なのは変わらない。…それでも。」
藤本が後ろを振り向き拓哉達のことを見る。拓哉は半歩前に出て藤本に頷き、それを受け取った藤本は少し笑って、また佐藤に向き直る。
藤本「これ以上、応援してくれる人たちに背は向けられない。今度こそ、堂々と胸を張れる演劇をやりたい。そしてその劇を見てもらいたい。復縁とかは一旦置いといて、ただ、俺たちが作る理想の劇を見てもらいたい。それが演劇部員としての、絶対に捨てちゃいけない矜恃だと思うんだ。」
佐藤「…馬鹿らしい。できるわけないでしょ。佳奈がいなきゃ、理想の劇なんて。」
そう言うと佐藤は足早に舞台袖に向かいはけてしまう。途中拓哉が呼び止めようとするもそれを藤本が手で制する。
拓哉「…よかったんですか?」
藤本「ああ。俺たちは演劇部員だ。思いをぶつける場所は既に用意されてる。3人共、もう一度、動きの確認するぞ。」
宮島・佐々木・拓哉「はい!!」
暗転。
ピース3
全照。場所は教室から通学路に移り変わり、止まれの標識が夕日を演出するオレンジ色のライトに照らされている。明るくなった舞台には一人の女子生徒がいて、その後を追うように舞台左袖から佐藤が出てくる。
佐藤「佳奈!」
宇喜多「美波ちゃん…。今日部活は?」
佐藤「部長権限。今日はどうしても佳奈と帰らないといけないから。」
宇喜多「私と?」
宇喜多が足を止めて、佐藤の方を見る。少し困惑した顔持ちをしっかり見定め、佐藤が口を開ける。
佐藤「佳奈はさ、演劇部の劇。また見たいと思う?」
宇喜多「…どうだろう。いつもやる側だったから、見たいっていうのはなんだか新鮮な…」
佐藤「はぐらかさないで。また藤本が、あなたと演劇部を関わらせたいと思ってることにどう思ってるか。正直に答えて。」
沈黙。宇喜多は顔を俯かせ、肩にかけたバックの持ち手をぎゅっと握る。
宇喜多「…私は、あの頃の演劇部が好きだった。ワイワイ騒いで、劇に対する理解を深めて、全国に行けたときはほんとに嬉しかったな。…だからこそ、裏切られた気分なの。仲間じゃなくて、観客の視線ばかり気にするようになった幸樹君にも、そうならざるおえなくした演劇にも。そして、たった一度のことで、もう演劇に冷めてしまった私にも。」
佐藤「冷めた割には、結構引きずってそうじゃん。」
宇喜多「…そうだね。ほんとはどっちも好き。幸樹君も、演劇も。ただ、これ以上裏切られたくない。もう傷つきたくない。そんな思いが根強く残ってる感じかな。だからもう、演劇部とは関わりたくない。」
佐藤「…そっか。」
宇喜多は言葉を言い終えると、舞台からはけようとする。決して顔は上げないまま、舞台の端まで行ったところで、佐藤が声をかける。
佐藤「…あのさ!」
振り向かないまま、宇喜多は足を止める。演奏は夕日に合わせた寂しさを感じされるものを奏で、佐藤の言葉に深みを与える。
佐藤「怖いのは分かる。一回とは言え裏切られたんだから、臆病になるのは当たり前だと思う。きっとそれは、裏切った側も同じ。アイツも佳奈に対して、これ以上接するのは怖かったんだと思う。」
宇喜多「じゃあどうして…」
佐藤「アイツは言ってた。これ以上応援を無下には出来ないって。アイツの仲間から、アイツは勇気をもらったんだ。佳奈に向き合う勇気を。」
宇喜多「…私にはないよ。そんな勇気が…」
佐藤「それなら私が!私があなたのそばにいてあげる。…お願い。私と一緒に、もう一度前に進んで。」
佐藤が宇喜多の横に並ぶ。少し間を空けて、宇喜多は顔を上げ、佐藤と手を繋ぐ。小さく佐藤が「あっ」と呟くと同時にその手を引いて、舞台からはけながら口を開く。
宇喜多「…離さないでね。絶対に。」
暗転。
ピース4
雨のSEが鳴った状態で、青いスポットライトが舞台を照らす。演劇部の4人は衣装を身に纏い、なにか焦った素ぶりを見せる。
佐々木「先輩!このままじゃまずいですって!いきなり体育館が使えなくなったって。こんな土砂降りの中、外で劇をやるなんて論外だし、もう日程変更するしかないですよ!」
藤本「駄目だ!今日、今日やらないと駄目なんだ!」
佐々木「なんでですか!」
藤本「上手く言えないけど、分かるんだ!今日やらないと駄目だって。」
佐々木「それで失敗しちゃおしまいですよ!」
宮島「ちょっと佐々木!落ち着いて!」
佐々木「でも!」
静まり返り、雨の音が耳に残る。全員が黙りこんでしまい、誰も動かずにいる。雨の音が強くなり、それを掻き消すために大きめの声で拓哉が言う。
拓哉「今日ここで、やるしかないのなら、今すぐ動きましょう。校庭に観客の人が濡れないようなテントを借りて、体育館から小道具を持ってくれば、まだなんとか。」
宮島「そんなのもう間に合わないんじゃ…」
飛部矢「わしらも手伝おう。」
振り返ると、舞台右側から生徒会の3人が傘を持って並んでいる。
飛部矢「愛旧は先生にテントの要請と観客の誘導を、大泉は小道具を運ぶのを手伝ってやれ。」
大泉・愛旧「はっ!」
藤本「…いいのか?」
飛部矢「…ようやく、戻ってきた気がするのだ、演劇部も、あの子も。」
宮島「アタシ達も。」
拓哉「はい!」
演劇部4人が舞台左袖にはける。そのとき、飛部矢が藤本だけを呼び止める。雨の音がどんどん強くなり、彼女は思いを伝えるため必死に大きな声を出す。
飛部矢「伝えよ。お主の思いを、あの子に、お主の仲間達に。」
藤本「…ああ!まかせろ!」
暗転
ピース5
チャイムのSEが鳴り、明転。舞台は最初の教室に戻っていて、そこで同じように拓哉が机に突っ伏してる。
拓哉「…あれ、ここは。」
島流し先生「志島君?もうみんな帰ったわよ?あなたも早く帰りなさい。」
拓哉「あっ、島流し先生。俺ずっと寝てたのか…。このことはどうか佐藤先生には内密に…!」
島流し先生「その呼び方、本人の前でする?宇喜多先生でしょ?」
拓哉「ああいや、ごめんなさい。なんか、変な夢を見てたみたいで。」
宇喜多先生「ふーん。どんな夢?」
拓哉「この学校の演劇部の夢で、そこで仲間と一緒に劇をやったんです。」
宇喜多先生「…そう。不思議ね。この学校にもう演劇部はないのに。」
寂しげな声色でそう言い放ち、電子黒板の隣の掃除ロッカーに手をかける。
宇喜多先生「昔はこの学校にも演劇部があって、そのときの最後の劇を見たことがあるの。土砂降りの中、急遽やったものだけど、今までで1番の出来だった。」
拓哉「…じゃあ、なんでなくなったんですか?」
宇喜多先生「劇が終わった後、幸樹君…その演劇部の部長が私を連れて、伝えたいことがあるって学校の外に行ったの。その後、信号を無視したトラックに轢かれて、そのまま…」
拓哉「…えっ。」
宇喜多先生「そして、演劇部は活気を無くして崩壊。結局、彼が何を伝えたかったのか、私は知ることが出来なかった。」
数秒の間の後、宇喜多先生は拓哉を帰るように促す。拓哉はおぼつかない足を必死に動かして、カバンを手に取る。
拓哉「…あれ?」
宇喜多先生「どうしたの?」
拓哉「いえ、入れた覚えの無いものが入ってて。」
バックの中を漁り、拓哉がその中のものを視認する。手の動きが止まり、それを不思議がった先生が話しかける。
宇喜多先生「志島君?」
拓哉「…大丈夫です。伝わりました。先輩の思い。
…"宇喜多"先輩。ちょっといいですか。」
そう言うと、拓哉は宇喜多先生の前に立ち、バックの中身を取り出す。照明に照らされた"カルピスソーダ"は、光を蓄える。そして、最愛の人に想いを届ける。
"どうか、振らないでください。"




