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どうして

夜の橋の上。私はある人を待っている。その人はあの演劇部の3年の先輩で、吹奏楽部の私とは何の縁もないはずだ。だからきっと、今日呼び出されたのは、あいつ絡みの話。夜なのに辺り一体は全く涼しくなくて、冬の昼頃なんかよりも全然暑い。橋の下のキラキラとした川を見ると、なんだか物思いに耽ってしまう。

ずっと思ってた。どうしてって。

香奈恵はいつも可愛くて、

「早苗ちゃん!これ見て!」

なんてはしゃいでた。ときおり鬱陶しいと思っちゃったりしたけど、香奈恵が不登校になって学校から姿を消したとき、私は…いや、私達は確かに失った。

光という名の道しるべを。私はそれを見失って、動けなくなった。ただあいつは、星羅は、闇の中を一歩、また一歩と確実に踏み込んで、私も香奈恵も置いてった。あんなに仲良しだったのに、あんなにカッコよかったのに。ずーと思う。どうしてって。

ぐるぐると答えのない問いを発していると、夏には嬉しい夜風が吹き抜け、ようやく顔を持ち上げる気になる。橋よりもほんのちょっと離れた場所、立ち並んだマンションの中を掻い潜っている人を見つける。

私の待ち人…名前は確か豊臣先輩。下の名前はどんなのだったか覚えていない。その人もこちらに気づいた様子で、申し訳なさそうな顔を作ってこちらに走りかけてくる。

「ごめんねー。待たせちゃって。」

「いえ、それで私は何のために呼ばれたんですか?」

「かたいなぁー。もっと肩の力を抜いて…」

「ただのデートというのなら帰りますが。」

明らかにめんどくさそうな顔をこちらに向け、お互いにこの人に愛想良くする必要ないな。という空気感が構築される。初対面ながら自分でも失礼だと思う。だが、私には笑ってる余裕などないのだ。高校に入ってからというもの、香奈恵は私でさえ連絡を取ってくれなくなった。今、彼女のそばには誰もいない。いつ壊れてもおかしくない状況下にある。そんな私の心を読み解いたかのように豊臣先輩が話し始める。

「それじゃ、早速本題。津田香奈恵さんを助けたい。」

「…どうしてあなたが香奈恵のことを知ってるんですか?」

「僕は星羅の一番のファンだからね!あの子のことなら何だって知ってるよ!」

胡散臭いほどに晴れやかな笑顔を見せて、私の疑問をスライドさせてくる。それはそうと、そんな疑問、今はどうだっていい。一番重要なことがこのままほったらかしになってしまったら、きっと一生後悔する。

「香奈恵を助けるって、どうやるんですか。私は昔からの顔馴染みでしたけれど、あの子のことを救えなかった。」

そう言うと、彼は少し困ったような顔をして、髪をいじりながら私を諭す。

「そう悲観的にならなくていいよ。君がいたからこそ、香奈恵さんは生きてこれた。」

「…励ましてるつもりなんでしょうけど、フォローが空回り過ぎてると逆に惨めな気分になるんです。あなたに何がわかるって言うんですか?所詮あなたがわかってるのは星羅だけでしょ?私達は、どうやったってあいつには過去の存在にすぎない。そりゃ、分かるわけないですよね?今の星羅を推してる人からすれば。」

怒りに身を任せるあまり、先程夜風で涼んだ体も一瞬にしてあったかくなってしまう。ここまで頭に血が昇ったのは、あいつが吉澤のクソ野郎についていったとき以来。いつも私は、あいつに苛ついている。そんなあいつを好きな奴は、どうもあのクソ共と同じに見える。白紙一枚にも満たないほどの薄っぺらな言動と表情で、人の心にズカズカ入り込んでくる。そして、私にとって目の前の人も対象だった。そんな奴が今更なにを…

「確かに僕は、星羅しか知らない。けどね、星羅のことなら何でも分かるんだ。中学のいつからか、星羅のライブにどこか後ろめたい気持ちを覚えて、それで調べてわかったよ。星羅が自分の手で、自分の友を突き落としたことを。」

「…そこまで知っていて、何で幻滅しないんですか。」

「僕が彼の大ファンだからだよ。星羅のライブを見てると、その後ろめたさの奥から何かを感じる…。すっごく抽象的で、納得できないかもしれないけど、やっぱり僕は星羅が好きなんだ。…で、星羅のファンは君の知り合いにもいるでしょ?僕は星羅に関することなら何だって分かるわけ。」

「…結局、そうなんですね…」

「……?」

「ずっと思ってた。どうしてって。香奈恵が星羅をあんなに庇う理由。私がどれだけ励まそうと香奈恵が立ち直れない理由。たまに聞こえてくる、あいつのライブの音声。全部答え合わせが済んだ気がします。あの子は星羅の大ファンで、きっと、見るだけで元気が湧くんでしょうね。よく一緒にアイドルのライブを観た時のように。…でも、私だって…なりたかった…あんな奴よりも…私が、香奈恵の光に…」

目元に溢れてしまうほど涙が溜まり、最後の方の言葉は嗚咽混じりで、自分でもなんて言ったかわからない。星羅は、確かに光だった。香奈恵を照らして、あの子を夢中にさせる光。

ずっと、嫌だった。私だけがその光の恩寵を受けてるみたいで、私だけが何も返せてないみたいで。私ができることは隣で一緒にライブを見てあげることだけで、あの子の目を輝かせたのは私じゃない。

当然星羅のあの行動は許せないけど、必要以上に星羅に攻撃して、私が嫌だったんだ。星羅が香奈恵を笑顔にするのが。私じゃダメだったって思えるようで。知っていた。香奈恵は私達二人から逃げていて、星羅は私と香奈恵から逃げていて、私は星羅と、香奈恵の本当の気持ちから逃げている。結局私も変わっていた。私が最初、本当に望んでいたのは、香奈恵が本当に望んでいるのは、私が恩着せがましく香奈恵を助けるでも、星羅を正義の名の元、制裁するでもない。また、3人で仲良くすること。

本当にしなきゃいけないことは、あの子と星羅を会わせることなのに。どうにかしてそうするのが、ほんとの私の役目なのに…

「…もう一度言う。悲観的にならないで。確かに星羅は香奈恵さんの光だと思う。だけど、一緒に家でライブを見て、感想を伝えて、楽しく遊んで…好きだったアイドルをバカにされてもそばで一緒に応援し続けて、きっとそれも、香奈恵さんにとっての大切な光。絶対に、どっちも失われちゃならない。君たちは一蓮托生。3人でお互いを照らさなくちゃいけない。だよね。」

はっきりと言い切った先輩の顔は晴れやかで、後ろの月がはっきりと輝き、私に道を照らしてくれる。

見つけた。私の…私達3人の道。だけど、その道を歩く前に…

「どうして…知ってるんですか。私達のこと。」

「ん?だから言ったでしょ。僕は星羅の…」

「それは聞きました。私が言っているのは、なんで一緒に家でライブを見ていたのを知ってるのかってことです。」

「………」

「星羅が自らあのことを言うような感じには思えない。私自身、星羅から逃げてたから分かる。星羅も香奈恵から逃げてる。だから言うはずが無い。それに、アイドル好きなら、ライブと聞けば会場を思い浮かべるはず。もっと言えば、アイドルがバカにされて、それでも私が一緒に見ていたことは星羅に関することじゃない。香奈恵と私に関すること。教えてください。どうして、知ってるんですか?」

「…いやー、天才設定が聞いて呆れちゃうねぇ…これじゃ僕のアイデンティティが丸潰れだ…」

彼はそう言うと、髪をいじった手を止め、橋の下の川を眺める。さっき私に光を与えてくれた人とは思えないほど、どこか寂しそうな顔をしていて、やっぱり人は、自分の状況次第で光にも変わるし、それを求める人にも変わる。そう思えるようになった。ちょっと交流しただけの他の部の先輩だけど、この人からは、色々なことを学んだから、なるべく敬意を払いたい。さっきの発言を取り下げようとすると、先輩はそれを制止してポツリと呟く。

「なんのための天才設定だってのが理由かな、僕も…ふゆも……じゃっ、明日の金曜、演劇部にちょっと顔出して、取り戻しに行こうか。僕らの光。」

水面を照らすお月様は、私達の道を示してくれた。

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