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第二演目 山口星羅ナイトメアペイン

「ほら見て見て!この人すごくかっこいいよね!」

「また新しい推し?ほんと香奈恵ってアイドル好きだよな。」

「お口ミッフィーちゃんにしてねー。」

「・x・」

甘い香りで満たされた香奈恵の部屋、その中で小学3年生の仲良し組の天草早苗、津田香奈恵と一緒に、何度目になっているか分からないアイドル鑑賞会をしていた。画面の向こうはキラキラと光っていて、輝く照明、派手な衣装、鮮やかなペンライト、全てが彩りを放ち、見るもの全てを魅了する。何回も付き合わされてるからこそ分かる。どの人にも違った個性があり、そのライブの雰囲気は千差万別。確かにこれを見ていると飽きることはないなとも思う。

隣ではアイドルに負けないくらいキラキラとした目で画面を見る香奈恵がいた。香奈恵がアイドルを見ているときの目はいつだって輝いていて、俺と早苗はそれを見るためにアイドル鑑賞会に付き合ってると言っても過言ではなかった。それほどまでに彼女は魅了的で、間違いなく俺の初恋だった。恋の話になるといつだって香奈恵の顔が脳裏をよぎって、それが嫌だから空回るくらいオーバーなリアクションを取って必死に誤魔化していた。

アイドルの仕事は、どうやら沢山の人から尊敬の眼差しを向けられるものみたいで、その姿を見ているたびに、俺も皆んなから、香奈恵からその眼差しを受けたい。そう思うようになった。このときから、俺もアイドルになろうと決心した。俺はこの判断を自分の罪の始まりにはしたくなかった。だってアイドルは香奈恵が憧れて大好きなものだったから。それを悪きものとして扱うのは冒涜もいいところだと考えていたから。破滅の始まりはもう少し先の話。

最初の分岐点は中学校の1年の頃。その頃にはアイドルが好きな人にとっては顔が知られるくらいには有名になっていて、何回かテレビに出るたび、話題の中心になっていた。レッスンとかも色々あって、毎日のようには学校に行けなかったけど、周りはいつも俺をもてはやしてくれて、学校には人気者としての明確な席が用意されていた。もちろん香奈恵だって、俺をアイドルの一人として応援してくれた。人生の最盛期はここしかない。まだ歳をさほど食っていない若造だったが、そう思うのは無理もない程満たされていた。

だから焦った。この時期を全力で楽しもうと。中途半端には終わらせまいと。これが恐らく最初の間違い。この時期から一個人…香奈恵よりも全体を意識してしまっていた。

中学2年の夏。帰り道で香奈恵から一つの質問がされた。

「ねえ、星羅君。吉澤さん達とは仲良し?」

この吉澤というのは、バスケ部の同級生で、学校で大きなグループ形成をしているやつだった。その人とは何度か遊びに行ったし、毎回楽しい思いをして帰ってきた。何も迷うことなくそうだと頷くと、香奈恵は少し顔に翳りを見せ、「そっか…」と呟いた。その日から、香奈恵は何か俺に遠慮するような態度を取るようになり、早苗も俺とのコミュニケーションを避けていた。そしてその空いた時間で、吉澤達との交流は増えていって、いつしか香奈恵より大きな存在になってしまっていた。そんなとき、早苗から相談を受けた。あの頃のあいつの顔は今にも夢に出てくる。その言葉も、仕草も、息づかいの音でさえ。それほど後悔していた。あのときの自分の答えを。

相談の内容はこうだ。

「あいつらと…吉澤達と縁を切って欲しい。」

いきなりそんなことを言われて、しかもその頃には気持ち悪い程奴らに依存していたから、少し強めの語彙で言葉を投げかけてしまう。なんでそんなことをしなくちゃいけないんだと。その言葉に返してきた話は、あまりにむごくて、直視したくない…いや、結局逃げてしまったのだから、直視しなかったという表現の方が適切だと思う。

「あいつらは…香奈恵をいじめてる。今までに受けてきたものは、私が把握してるもので、好きなものの執拗な冷笑、ことあるごとに香奈恵の名前を持ち出して陰口を叩いたり、数の暴力で意見を捻じ曲げたりだとか。…私はもう我慢できない。あのクソ野郎どもが、香奈恵から笑顔を取り上げた…!好きだったアイドルでさえ、あいつらに馬鹿にされてまともに愛せなくなった…!」

「ちょっ、待てよ!そんな話、香奈恵から一回も聞いたことねえよ。なんで俺に相談してくれなかったんだ。」

「…最近、星羅があいつらと仲良いから。香奈恵は遠慮してた。私にも星羅君には迷惑をかけたくないからって言って。でも、これ以上見過ごしてたら、香奈恵は本当に壊れちゃう。星羅。もう一度言う。あいつらと縁を切って。」

頭がぐらぐらと揺れる。ほんとなら迷うことはない。だって香奈恵が傷ついてる。それだけで充分な理由になっている。だが、この頃だろうか。頭が腐食して、何かを自分で考え、成そうということができなくなったのは。ただ、導かれるまま…

「よぉーせいらぁ〜。んなとこでどうしたんだー?」

「…吉澤。」

「…丁度いい。アンタには言ってやりたいことが山ほどある。」

「あーそれは俺もだわ。」

そういうとあいつは俺の肩に腕を乗せる。ビクッと震えた肩を押さえつけるように体重を預け、一歩も動くことができない。そんな状態に恐怖していると、吉澤が口を開く。

「星羅は俺達側のやつだから。もう関わんないでくんね?鬱陶しいんだよ。お前。」

「ふざけん…」

「そうだよなぁ。星羅。」

体が何か鋭利なもので貫かれた感覚がする。その感覚はどこまでも広がっていき、自分が何をしていたか、どうすればいいかが痛覚に似たもので吹き飛ぶ。ひたすらに、痛みと恐怖に支配される。そんなとき。

闇は一つの道しるべとなる。

「いってやれよ。これ以上関わんなって。」



それからのことはあまり覚えていない。腐った脳は、自分が不利になるようなことは記憶できず、脊髄反射のように、衝動的な行動しかできなかった。ただ、その瞬間から、アイドル山口星羅は本当の山口星羅を隠すための隠れ蓑になってしまった。結局俺は、ミルグラム実験じゃ多数派の惰弱な意思の持ち主でしかなかった。ふと、ある事実に気づく。自分がアイドルをやっている理由。自分が香奈恵に許しを乞う理由。

仲直りしたいでも、好きだからでもない。


ただ、逃げたい。それだけだった。

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