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あなたに愛を。決別を。

自主公演を終えた部室は、どこか浮き足だっていて、胸の辺りがざわついてくる。浮き足だっているとは言っても、決して楽しい雰囲気ではなく、打ち上げとかを考えてる場合ではなかった。それはこれから起こるイベント。それに対する緊張、怒り、不安が渦巻いていたからだ。きっと、このイベントは皮肉にも劇をやっているとき以上にみんなの感情が発露するだろう。もちろんそれは俺も例外ではない。観客がいなくなって静かになった部室にノックが鳴り響く。ガチャッと扉を開けて君津先輩が不安な顔つきで入ってくる。

「...連れてきたよ。最後にもう一回確認。...大丈夫?雄馬君...。」

「...はい。そのための劇なので。」

はっきりと用意していたセリフを言い放ち、それを受け取った先輩は、部室の扉を全開にして、外にいる人に手招きをして部室に入ることを許可する。入ってきたその人の足取りは重く、ハッピーエンドな劇を見終わった人とは思えない。...それも当然か。あれがハッピーエンドなら、この現実はバットエンドなのだから。

「父さん...。」

「雄馬...。」

部室の空気が鉛を持ったように重くなる。どちらもその圧に耐えきれずこれ以上口が開けられない。情けない話である。しっかり、いうべきことを言わなければならないのに。その空気を見かねてか、星羅があえて聞こえるように「ちっ。」と舌打ちをして声を上げる。

「気色悪い。何被害者ズラしてんだよ。全てお前が撒いたタネなんだから、先にお前が話始める。それが筋だろ。」

部員全員の目が鋭くなった気がする。そしてその刃先を向けられた相手はそのことを受け止め、口を開け始める。

「雄馬...。まずはもう一度謝らせてほしい。あの時俺は、逃げるようにお前に言葉を投げかけた。妻の面影に恐怖して、雄馬自身のことを蔑ろにしてしまった。本当に、申し訳ない。」

父さんは深々と頭を下げる。その姿を見て、一つの考えが頭に回る。その姿は自分が望んでいた姿なのだろうか。今更復縁を考えてなどはいない。だって自分にはもう新しい家族がいて、その人達にこれまでの空白を埋める程の愛情を貰った。そしてそれは、この部員の仲間達からも。みんなは、本当に優しい。俺のために怒ってくれて、俺のために行動してくれた。だからこそ分かる。みんなは俺に遠慮をして欲しくない。一番伝えたいことを伝えてほしい。だから今、何も言わないでいてくれるのだと。改めて、自分がどう生きてきたかに思いを馳せる。お母さんがいた頃の家族。俺の幸せの形。細部をなぞるように思い出して...

なんだか目頭が熱くなる。大丈夫。しっかり覚えてる。しっかり存在している。俺と家族の思い出を。願わくば、あなたにも思い出してもらえたのなら...

「父さん。顔を上げて。」

顔を上げた彼の表情は、当たり前だが曇り顔で、これを晴らすには、きっと俺よりも、洋輔君の方が適任だ。それでも、思い出させたい。あなたの息子は、ここにもう一人いることを。

「俺、こんなことになっちゃったけど、父さんには本当に感謝してる。ここまで育ててくれて、自分の理念をちゃんと誇りに思えるものにしてもらえて...全部巡り合わせなんだったら、みんなと劇をやれたのも、父さんがいたことが関わってるからだと思う。だから、"ありがとう"。それと、やっぱり悲しかった。別に恩を着せようって訳じゃなかったけど、今までの人生の全てが、あなたから否定させたような気がしたから。これが俺の、父さんから貰った恩と仇。今ここに来てもらったのは、それを返させてもらうため。」

くるっと後ろを振り向く。愛姉はすぐその後ろに立っていて、俺が手を差し出すと、ゆっくりとその手に黄色いバラを手渡してくれた。黄色のバラ。これはさっき劇で使ったもの。劇ではこれを復縁の印。感謝の印として使っていた。後者は今回の場合でも変わりはない。だが前者は、今回の場合では決別に置き換わる。これが最後の言葉。俺からの最後の贈り物。金色にも思えるほどの輝きを持つそれを、なるべくロマンチックに、泣かないように手渡した。

「父さん。"さようなら、今までありがとう"」

渡したバラは弾かれることなく父さんの手のひらに収まる。このバラに全てを込めた。今までの感謝を、自分の悲しみや憎悪すらも。どうやら彼も彼なりに、それを背負って生きてくれるらしい。もうすべきことは終わった。これ以上顔は見ない。後ろを振り向けば、新しい家族の愛姉がいた。でも、瞳に映る彼女は、どこかぼやけていて...

「雄馬。」

.....

「この一言で終わらすには、あまりにも大きすぎて、きっと伝えきれないだろうけど...いい子に育ってくれて、最高の劇を見せてもらえて、バラをプレゼントしてくれて...」




「"ありがとう!"」

...何かがポロッと落ちた気がした。確かに涙は出ていたが、視界が滲んだ割には、愛姉の顔が、さっきよりもくっきり見えた気がする。...そっか。今やっと、全てが解決したんだ。なら...もうこれ以上、あんたなんかに感謝を言ってやるもんか。それが俺の、恩返ししなくても良くなった抵抗である。そして、本当の決別。ぐるぐると回った思考が、あたたかいもので埋め尽くされる。愛姉は俺のことをぎゅっと抱き寄せ、甘く、そして世界で一番美しい言葉を紡ぎだす。

「あなたには私がいる。だからあなたも、私のそばにいて。」

「...うん!"ありがとう!"」


元々この話と雄馬と愛のこれからの話をいっぺんにやるつもりだったんですけれど、いい感じにまとまったので、愛と雄馬の話はまた別でやります。あと愛姉はまなねぇと読みます

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