暗躍
「今日は何の日~♪ドゥッドゥ」
いつものように、ご機嫌にサイコロを振る――出た目は6と9。
「ウェー!?これシックスナインですよウェ!?」
菊花丸――彼は陰陽師だ。正式には“陰陽師モドキ”であるが、少なくとも本人は陰陽師だと自称している。
賽を投げ、その出目から運勢を占うのは彼の最も得意とする未来予想術の一つである。数か月前に南千住に来たのも、此処に恐ろしい程の邪な波動を感じたからである。
とは言っても、いざ南千住に来ても不良グループの抗争程度の事しか起きていない。賽が語ったのはそんなものとは比較にならない大きな凶事だったのだが……
最近の菊花は端的に表すと暇だった。適当に路上で占い屋を営み、手に入れた金で漫画雑誌を買う。まあ、南千住に来る前と生活はさほど変わっていないのだが。無論、彼はそんな事を気にしていない。
「ウェっと……『今日は人生最悪の日!とっとと困難から逃げるのが吉でしょう!』ってフザケンジャネーヤイ!」
そんな彼の占いは意外と評判が高かった。どんな複雑な運命でも彼はプシュッと言い当て、大胆なアドバイスを伝える。単純だが何処か新しい、陰陽師占いとして有名だった。
しかし自分の事を占う時は都合の悪い事は無かった事にするのがこの自称陰陽師の欠点である。という訳で彼はもう一度サイコロをプシュッと振る。
出た目は6と9。もう一度。
出た目は6と9。まだまだ。
出た目は6と9。何かが違う。
出た目は6と9。これで最後。
「プシュッ……また6と9!」
そもそもどうやってサイコロが9なんて滅茶苦茶な数字を出すのか分からないが、本人はそこに気付いていない。ただただ荒ぶる出目に頭を捻らせていた
「ヴヴヴ……やっぱり何かおかしいですウェ!こりゃもうあれだ、ヘンジョースお化けの再来だ」
バブル期に人々を恐怖に陥れた――という菊花が考えた設定の――妖怪との激闘を思い出す。あの時も占いの結果は荒ぶっていたが、まさか奴との死闘が再び訪れるのか?彼は静かに興奮していた。
「ウェ……?なんですかこの感覚。まさか新手のスタンド使い!?」
瞬間、彼に謎の悪寒が襲い掛かった。言葉では言い表せないような、特異な“何か”がこの地で眠っている……いや、今まさに、その“何か”が覚醒したかのようなそんな感覚。
「な、なんかヤバい感じですウェ……そもそもこんな感覚出せるのは例のア――」
そして深く考える間も与えず、彼の鼓膜を爆音が貫いた。
空気が叫び、地面が震え、風が暴れまわる。激しく電線が音を鳴らし、近辺の店のガラスは割れた。
「一体何が……プシュッ!?アレは不味いですウェ!?」
菊花が一瞬捉えたその悪魔を彼はほぼ無意識の内に追い掛けていた……菊花の見間違いでは無ければ、あの怪異が解き放たれたことになる。
かくして彼の最悪な日々の始まりである。
実に面白そうだ。
都内全域を支配する轟扇組とそれの内外を問わず戦い続ける数多の勢力……そのいずれもがまだ尻の青い子供によって構成されている。
子供同士の本気の殺し合い……オモシロイ。あまりにも面白すぎる。
「だけどまだまだ足りないですよね……最高の戯曲にしては、盛り上がりが欠けますよね」
安々と学園の地下まで辿り着けた。どうやら彼らは思った以上にまだ子供で、大人の僕にはまだまだ到底及ばないらしい。僕の真後ろで泡を吹いて倒れている轟扇組の構成員を見るにそんな気がする……その方が台本を作る時には助かるものだが。
さて、そうこうする内に最下層だ。情報通りなら此処にお目当てのモノがある筈だが……
「おっ、ありましたね……ふふっ、面白いっすねその恰好」
氷漬けにされてる“ソレ”は非常に興味深い姿形をしていた。見た目は人間と同じだが、中身は完全な破壊兵器だ。
負の遺産“例のアレ”に限界まで近付き、そして精神の崩壊を招いた愚かな人間……概略自体は『アスタロト』と同じだが、此方の方が派手に暴れるだろう。
「まあ獣が二匹に増えるだけで面白いんですけどね……!!!」
愉快だ、こんな化け物が解き放たれたらこの付近の争いはどれほど派手になるだろう。子供の死体はどれ程増えるだろう。あぁ、本当にオモシロイ。
氷漬けにされ、ご丁寧に鎖で地面に固定されている。やはり轟扇組、子供の持つような技術力とは思えない。どうせこの学園の教師が噛んでる口か。大人は面白くない。
「この氷を吹き飛ばせば終わりですよね……それなら鎖も何も意味無いですから」
「おやおや、どのようにして吹き飛ばすお積もりですか?」
不意に背後から声が掛けられる。男にしては嫌に高い何とも個性的な声。振り返ってみればそこには白衣を着こなした小太りの中年男性が首を傾げていた。
こいつはそう……この学園の教師だ。名前を知っている確か――
「龍さん、ですよね?」
「私のお名前をお知りになっているとは、一体何用ですか、名無しの権兵衛さん?」
「僕は森です。少々“コレ”をお借りしたくて此処まで来させて頂きました……ご不満でも?」
「舐めてるんですかねぇ、T20は“T”の中でも一際不安定な状態ですよ?それを解放するって、とても舐められてるようにしか感じないんですが」
「良いじゃないですか……オモシロイでしょ?」
龍の姿が一瞬消えたが、まあ僕には分かる。後ろに飛べばホラ、僕の立っていた場所に薬品の入った瓶が叩きつけられてる。定石通りでつまらない。
「おや、良い動きをしますね。今のを躱した人間はそうそう居ませんよ」
「ハッ、面白いっすねそれ」
こんな奴と遊んでも面倒だし面白味を感じない。調べてきた情報通りなら面白い戦い方をしてくれるのだろうがそこまでこいつを適当にあしらうのも面倒くさい。
それに向こうは起きてくれのだ。待たせるのも悪い。
氷像の中でうっすらと破壊兵器が眼を開けていた。
「おやおや……なるほどT20が起きましたか…………森、って言いましたっけ?貴方何をしたんですか?」
「秘密です、面白くないので」
各階に忍ばせていた爆薬がようやく炸裂した。校舎全体を揺らし、最下層から一つ上の階で発生した爆風は物の見事に氷漬けにされた“ソレ”を巻き込み、吹き飛ばした。
「……やってくれましたね、どうなっても知りませんよ?」
「良いんです、僕が面白ければ」
爆炎の中で人型のシルエットが立ち上がる。そう、これが僕の待ち望んだ脚本だ。壊せ、殺せ、面白くしろ!
『ウォォォォォォォ!!!僕を起こしたのは誰だぁぁぁあぁぁ!?!?!?』
“ソレ”は咆哮と同時に爆発で出来た大穴を飛び出した。全ての階で爆薬は作動しているから、このままあの破壊兵器は外まで飛び出せるだろう。僕ってやっぱり天才だ。
「それじゃ龍さん、バイバイ」
あの破壊兵器の後を追うように大穴に飛び込む。最後に龍さんの顔を見たが特に面白くもない顔で――
「……あれ?」
あいつ、笑ってた?この状況を?笑っていた?
「ふ、ふふ、あっははははは!!面白いっすねこの学校!!滅茶苦茶面白いっすね!!!」
なんとまあ分からないものだ。彼はひょっとすると思ってる以上にオモシロイ役者になるかもしれない。子供同士の殺し合いの邪魔にならなければ、殺さずに様子見もアリだろう。
外ではあの破壊兵器の雄叫びと悲鳴とが聞こえてくる。さて、獣が増えたこの町をどうする?子供たち。
「あぁ……滅茶苦茶オモシロイっすね、この町」
喜劇は、ようやく始まった。




