教団の教え
――シャムさん!?シャムさん!!
――あー、轟扇組にしてやられたという。僕もう死んじゃうだで
――そんなシャムさん……!どうしてシャムさんがこんな目に…………
――戦場で散って……すてきなことやないですかー
――いやだ!シャムさん……お願いだから死なないでくれ……頼む!
――それは君の甘えじゃないか?俺はいつでも目の前におるじゃんかぁ……
――シャムさん……シャムさんって人は本当に…………
――あ、今のできゅんと来たね?俺が死んでも悲しんじゃダメだで?
――シャムさん!最後に伝えたい事が!!絶対に変えられない気持ちをシャムさんに!!
――……あれぇ?丘people!?意識が薄れるよぉ!?
――俺は……シャムさんの事が!
――警告:生命活動0点・・・
シャムさんの事が好きだったんだよ……!!
身体を包むうすら寒い風でようやく彼は目を覚ました。
快便児腸流――ゆっくりと周りを見渡す。吹く風は全身を吹き抜け、墨田川には大きな月が反射している。川沿いの土手の下で数人の男たちがたむろしており、恐らく彼らが今回の取引相手だと想像するのは実に容易い事だった。
ベンチから立ち上がり、グッと骨を伸ばす。固まった体の筋肉が弛緩され、夢のせいでぼんやりとしていた意識は冷たい風で明瞭となっていく。
腕時計を見る。時刻は既に19時を回っていた……寝ていた時間はおよそ50分くらいか?まあ、まだ集合時間には届いていない。自分の遅刻の心配はなさそうだった。
だが時計を見て、改めて思う。悩みの詰まった息を口から吐き出しながら一人愚痴る。
「相変わらず遅ぇな……」
あいつはいつも時間ぎりぎりに来る。今日だって本人が集合時間を指定したのに。岸田教団の教祖としての自覚はあるのだろうか?教祖がこんな調子だから岸田教団は轟扇組に押されているのではないのだろうか……
暫く夜風に当たっていたからかトイレに行きたくなった。時計を見る。7時10分。もう集合時間まで5分も無い。
「電車いきなり止まるとかクソ過ぎるだろ!待たせた?」
漸く、後ろから待ち望んだ声が聞こえた。
この声の主こそ、我らが不良グループ『岸田教団』の現教祖、岸田その人だ。
「滅茶苦茶待った、もうウンコ漏れそうだわ」
トイレはお預けだ、直ぐに川の土手の下に向かおう。
集合時間丁度――午後7時14分22秒に川の土手の下の三人組の元に来た。
3人とも如何にも何処にでもいる只の不良の様に見える。岸田教団はこんな奴らと取引するほど落ちぶれたのか……腸流は何度目かの溜め息を零す。
「やってきたぜ。投稿者:変態糞教団」
岸田はすっかり決まり文句となった岸田教団流の挨拶を交わす。この挨拶の真意は岸田教団の人間の中でもごく限られた人間しか知らない。無知な人間が尋ねても「3人のウンコの奴」と曖昧な答えであしらわれてしまう。
「お前らか?岸田教団に入りたいって奴は」
「うっす、轟扇組なんてチンケな野郎をぶっ飛ばせるって聞いたんで」
腸流はまた溜め息。どうせ轟扇組のテリトリーに入ってボコボコにされたタチだろう。復讐として敵対組織に入団……よく岸田が言う“頭の悪い糞ドモ”の典型的な例だ。
腸流は岸田に軽く目配せをする。同じく岸田も腸流を見る――二人の意見は一致していた。
「お前ら、俺らの教団の何を知ってる?」
「えっと……轟扇組の敵で足立区を占めてるグループで――」
「ちげえよ。俺らの“教え”だ」
3人は首を傾げた。ただ入りたいだけの人間には岸田教団の崇高な“教え”なんて一つも知らないのだ。
「屑を消す、消し尽くす。目に付いた屑すべてを消す……さて此処で言う屑ってなんだ?答えてみろアホ共。分かんねぇよな、そりゃそうだ。お前らにはなんも分かんねーよな」
男たちは生唾を飲み込んだ。震えるほど寒いのに、気持ちの悪い汗が噴き出て止まらない。
「『ひで』だ。覚えておけよ大間抜け――【教訓一つ:ひで死ね】ひで死ねっていうのが、俺たちのポリシーだから」
「このポリシーに従うと……目の前の身の程を弁えないひでをどうしなきゃいけないか、分かるでしょ?」
沈黙だった腸流も口を開く。そう、岸田教団の教えを、骨の髄まで浸透させる為に。
不敵に岸田が笑う。そう、彼こそが、この岸田教団の教祖だ。
「土方ァ!」
「ウィイイイイイス……」
岸田が声を張り上げ、腸流のうすら寒い声が響く。
腸流の躰が流動する。曲がりくねり、歪な動きを繰り出す。腰で円を描き、両の手を頭に添える――ブチブチと何かが千切れるような音が聞こえ始める。恐ろしい程の威圧感と共に。
かつて腸流の最愛の人から授かった、巨大な負の遺産の一部。愛する人はその遺産を巡る争いに巻き込まれ、そして命を絶った。
だが腸流の中にはその人の存在を証明するように、最凶最悪の武闘術が宿っている。
負の遺産『例のアレ』の一部――“土方武闘術‐糞魔御霊”
「――さあ」
岸田がふと呟く。最早恐怖で走り出した3人組の背中に掛けるよう――彼らに手向ける最後の言葉の様に。
「糞塗れで殺ろうや」
「アアァァァァアアァァァアァァブチブチビュリュルブチブチブリュリュ」
破裂したかのように広がった異臭と殺意。狂気的な声を伴ったその暴威は逃げる3人組へと襲い掛かる。
岸田はほくそ笑み、綿流は暴れる。
小さな不良グループ、岸田教団。
彼らは今日も“教え”を貫く。




