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躍動

彼…いや彼女というべきなのだろうか。

"それ"をそういったくくりで認識し理解し判断すること自体果たしていかほどの意味があるのか知る者はいない。

なぜなら"それ"こそが轟扇組にかかわるものの深淵であり、勇気ある探求の結果として見出されたのだから。


「なんで?僕お上品でしょう?」


深淵に魅入られた信奉者からは"アニエスちゃん"と呼ばれるその誘蛾灯こそ"T"たちの一人であり

そしてかの誉れ高き"コンプレックス"の中心に位置するものであることは疑いようもない厳然とした事実である。

だがだからと言ってその闇のヴェールがはぎとられることとは何ら関係ないのだ。


「やつはわかってない、みんな分かっているわけではないんだ、君たちはね」


その声が響くときは常として他の者の声は聞こえない、あったとしてもそれは死を待つ者のせめてもの哀願か

それに憐れみを抱いてしまったいつか死にゆく者の分をわきまえない言葉である

そして今もまたそんな言葉が響いていた。


「知らないですよぉ!だってこの"レンズ"も安いものではないんですよ!だから今度だけは何とか…!」

「なんで僕がそんなこと聞かなきゃならないの?僕は質問してるんだよ、どうしていつも通りじゃないのかって」


その少年は勇気あるものであった、だからこそ悪竜のしっぽを踏んでしまったのだが。

"アニエスちゃん"に自分から話しかけるものなどそうはいない、そうすれば自分が標的となり

食い散らかされてしまうのは自明の理であったからだ。そんな非常識な行動はなんらかの

理由があってしかありえないはずだ。そう彼は自分自身を盾にして仲間を守ろうとしていた。

だがそんな称えられるべき偉業でさえもかすんでしまう脅威がそこにはあった。


「あれ今日は寝ないんだ?ふーん小野さんにいっとこっと」


少年が怯えともいえぬわずかなスキを見せた瞬間、それは標的を変え過酷な試練により疲弊した

ものに襲い掛かった。彼のいう小野さんというのがなんなのか、それを理解できるのは

深淵に踏み込んだ者だけであるが、それでもそれに目をつけられたということ自体が

弱き者にとっては死刑宣告と同義なのだ。少女はその声を聴くと同時に倒れ伏した

肉体的疲弊に加えて精神的にも痛めつけられれば無理からぬことであろう。

むしろ少年が異常ともいえるのだ、それに敵対しなお反逆の意思を持つもの。

ここではそんなものは一握りしかおらずそして淘汰されていくのだ。

とはいっても彼一人反逆者がいたところでどうにかなるわけでもなく万事休すかと思われたその時であった


「おーう、お前らどうだ、いじめられてないかー?」

「別に僕はいじめているわけじゃないよ、かれらが理解に達していないだけで」


緊張感はその闖入者によって多少なりとも緩和される、彼は反逆者たちの長であり

唯一アニエスちゃんに真っ向から意見できる人物である。彼がいる間はこの巨悪に押しつぶされることなく

誰しもが平静を保っていられるのだ、彼が来たという事はひとまずの小休止がおかれるという事を意味する。

だがそれだけで救われたと思うのはまだ早かったかもしれない


「よーしお前ら今日はここで終わ「なんで?そんなことしたらパパに怒られちゃいますの!」」


瞬間彼らは自分が置かれた状況が全く好転していないと気づく、

それに牙はなくとも自分がかみ砕かれるところが容易に想像できてしまった。

この大いなる脅威をも操る何者か、それを垣間見てしまったものにもう心の平穏は訪れないかもしれない。

そして多少なりとも理解する。それの持つ魔性の魅力を、なぜ仲間の中からあえて轟扇の闇に踏み込んだ者がいるのかを。

深淵というのはいつも人をひきずりこむものなのだと。


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