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大群を散らすのは


「イライラしますね……例のアレと僕の相性は最高に良い筈なのになんですかその強さは……」

「アッヒャ! とは言ってもこれ以上入らないみたい……」


我刃と田中瑠はもう十分近くその体を動かしていた。激しく流れる戦場の時の中、最悪ともいえる敵相手に、である。本来例のアレに堕ち日常生活まで染め上げられている我刃と田中瑠は、例のアレを完全に殺す森との戦闘は絶対的に不利な筈である。しかし田中瑠の銃撃や我刃の虹の一撃はお構いなしに森に届く。

接戦だった。森と芝田は直接的な戦闘力に長けている訳では無い。だからこそ静かに陰謀の根を張り巡らせ、誰にも気づかせないまま相手の首元に根を巻き付けさせたのだ。いざ首に巻かれた根を振りほどこうとされると、森と芝田“一人”だけでは力不足なのだ。


「いえいえまだまだ、これからですよ」

「おっそうだな。メンタルが女の子になりそうだったわ」


そして我刃と田中瑠の方に精神的な利があるのは自明である。怒りばかりではない。彼等はこの悪党を倒すという確固たる決意も持っている。その決意は、何物にも勝る。

森は腕に巻いた時計を見やる。まだ織部君と林クンの装置起動までは時間がある。しかし僕らが時間を稼ぐのにはそろそろ限界が見え始めている。となると、考えるべきは彼らの投入か。


「芝田君、此処はアナタ達の部隊を投入しちゃいましょう」

「まあ仕方が無いんだよね。思ったよりゴミが長生きしちゃったし、それに林組長が役立たずすぎるんだよね」

「まあまあ、そう言わないであげましょう。それに、ちょっとぐらいカードを切っても動画の神様は笑ってくれますよ」


芝田が薄ら笑いを浮かべるのが先か、或いは我刃に銃撃が迫るのが先か――我刃の視界外から謎の銃弾が飛来してきたが、それを精霊の踊りのように舞い避ける。しかしその銃弾は数を増やして我刃と田中瑠に襲い掛かった。

背後から銃声、それを躱せばまた背後から。横から、上から、あらゆる場所から弾丸が迫る。

そして、その非情の弾丸を放つ存在が我刃の視界にくっきりと写る。そう、それは見慣れた相手だが、見慣れぬ状態だった。


「徳川様……」

「アッヒャ! あいつは大群だぞおい!」





彼等にとって壁は障害物で、次に足を進める場所こそが道である。階段や昇降用の梯子、一般的な道をすべて無視して、ただ目指す場所へと道を作っていた。壁を穿ち、床を砕き、地下を目指す。

暴れ馬のような腸流の背にしがみ付いた岸田は、振り落とされまいと必死だった。腸流がどんな感情で暴れているか、自分の心に湧き出て来た感情が何なのか、それを考えずにいられたのは幸運だった。

十数枚目かの床を砕いた時、酷い異臭が彼等の鼻に付いた。この匂いを岸田は嗅いだことがある。香りとは記憶と深く結びついている感覚で『あの時嗅いだ臭い』というのは一生離れない物、それ故に岸田もその気を狂わせに来るような臭いにはっきりと覚えがあった。あれは彼女を奪った物の臭いだ。


部屋の底へと着地する。床や壁はすっかり茶色に染まり、あらゆる負の感情を沸き立たせる。臭いも視覚も例のアレの凄まじさに押し潰されてしまう。


「くっさ。きたない、きたない」

「これが例のアレの神髄なんやな。バリクソ汚いしくさい――っておい、あれは……」


腸流が床に横たわる汚物のような塊を指差す。この臭いの中心で、荒く息を吐くその茶色の塊は岸田が二度と見たくないと思っていた物だった。

岸田は彼女と十数年ぶりに再会した。


「くそ……ゆ゛る゛さ゛ん゛」

「っ……! 待て岸田!」


岸田の頬を銃弾が過ぎ去る。腸流が岸田の手を引くのが僅かに遅れたら、その銃弾に付いた血の量は段違いに増えたであろう。頬に出来た傷から流れる血の量とは、絶対に違うはずである。


「あー、いつもギリギリで躱されちゃうんだよね。あの林とかいうのを馬鹿に出来ないんだよね」

「流石にそれは無いんじゃないの? 何て言うかさ君はそんなに自分を卑下する必要無いと思うんだよね」

「その通りなんだよね」


大量の足音と声を携えて彼らが迫る。しかし彼はそこに大量に居る。見た目も声も喋る上での特徴も全て同じ。それでいて大量に存在するという不気味さ。

そう、あの彼が。


「は? お前ら多すぎじゃね? ていうかどれが本物だよ」


岸田はかつて強大なTの力を手に入れようとその技を模倣しようとしていたことがある。しかし彼が辿り着いたのは「わおわぁ↑」と奇声を上げ、それなりのラインまでは到達できた。彼は信じたかった。目の前の彼等もそれと同じで、皆が奴の真似をして喋っているだけだと。


「僕らに偽物も本物も居ないんだよね」

「僕らは全部が本物」

「全部が一人として完成されているんだよね」


代わる代わる、様々な彼が口を開く。開かれた口は違うが、その口は同じだ。岸田と腸流は既に脳味噌が貧弱ちんぽへと変貌していた。


「僕ら一人は即ち全体」

「全体を為すは僕ら一人」

「一人は全体を表し、全体は一人を表す」

「主が『お前の名は何か』とお尋ねになると、僕らは答えた」

『我が名は芝田、大勢であるが故に』



大量の芝田がその牙をむく。獣扇杯耶を囲むように、そして岸田教団を滅ぼすように。まるでそれは一つの群体で、国でもあり、軍でもあり、神を讃える教団のように。

外敵を滅ぼさんと、芝田は一斉に銃弾を放った。最早躱す等という事は出来ない。死角も何も生まれさせない、それこそ意志を持った一つの巨大な化物のように銃弾の束が襲い掛かる。

腸流ならこの銃弾を弾くのは容易かもしれない。しかしそれで岸田を守るには余りにも密が高く、銃弾は速い。


「――岸田!!」


間に合わない。雨のような銃弾が岸田の体を引き裂いてしまう。また、腸流の眼前で大切な仲間が――


「やっぱアレしかないでしょ……『銀の奴』ッ!」


腸流が自信に迫る銃弾を拳で叩き落した時、確かにそれは聞こえた。そして岸田に向かった弾丸が全て地に伏せ、彼には一切の傷も与えていなかった事に気付くのに腸流どころか芝田も理解に時間が掛かった。


「どうして君が今のを無傷で過ごせたのかまるで意味が分からないんだよね」

「理解不能なんだよね」

「予想外なんだよね」

「はっ……お前らやっぱ貧弱ちんぽだな」


果して岸田家とは、何をもって名家なのか。その長い歴史の中で何を継いできたのか。川土手下一派の岸田家筆頭の少年はその体に何を継いだのか。

それは腸流が見た事も聞かされた事も無い、岸田の本当の力。自らの知る例のアレを掻き集め、彼がそれを使う時には全くもって違う物へと変貌させる“彼の語録”の力。

それこそが岸田の持って生まれた、教訓にも入れられたその全容。

【教訓一つ:きたない】

それは正しく岸田本人を指すときに使う一番の言葉だった。


「岸田、それって……」

「お前俺の真の力知らないの!? 変態変態糞土方っていう名言を生み出しているんだぞ!」


きたないがつよい。岸田は最早何人にも負けない力を解き放っていた。例のアレの力でもない、これは彼が生まれ落ちた時から手に入れた彼自身の力なのだから。

大群を前にして岸田が一歩進み出る。その姿は正しく一騎当億、天上天下唯我独尊。大群と相対する教団はその力を憎き者共へと叩きつける。

そして、彼等の大切なモノを奪い返す。何人に邪魔されてなるものかと! 大いなる敵の邪悪を粉砕してやろうと!


「俺は狂人がやりてえんだよ! 狂人をやらせろ!」

「ウィイイイイイイイス……!」




大いなる力が大群を引き裂く。これを教団の最期の戦いにするために。


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