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深い底


「ヴヴヴ……まもなくキリストが私の眼前に現れます」


森との戦いの最中、予想外の奇襲で菊花丸は心身共に参っていた。勿論、彼は並の人間ではなく陰陽師である。気を失った時もただ寝るだけじゃなくウウゥゥゥゥな事をして回復を早めていたのだが、それでも彼はあれから数日経った今でも起き上がる事は出来なかった。当然ながら理由は先の轟扇組の奇襲とは関係ない。轟扇組組長が直々に作った輪ゴム鉄砲など彼に糸のほつれ程の変化を与えなかったが、代わりに彼の宝を粉砕していた。


「先生はね、唯一たんこ本買ってたのよ……」


冷たい地に身を投げ、流された血のように冷たい雨に打たれる。菊花丸の手にはセクシーな死神が表紙を飾る“たんこ本”、それの残骸が握られていた。

林の放った輪ゴムは菊花丸に傷を付ける事は叶わなかった。しかし彼の懐に入っていた漫画雑誌と彼のなけなしの路銀で手に入れた“たんこ本”と言われる魔導書を撃ち抜いたのだ。菊花丸は余りの悲しみに社会経論と陰陽師を止めようかとさえ思った。布団に入ってから10回、お風呂に入る前に15回、でご飯食べる間に5回、首を吊ろうかとも考えた。しかし自ら命を投げ捨てる気力すらも今の菊花丸には湧いてこなかった。ならばいっそ、このまま何もせずに空を仰ぎ続ければいつか死ねるのではないか――知られていないが、彼は躁うつ病で、割と頻繁にうつ状態に陥っていた。そこから救い出していたのは明るい漫画たちだったが、今はそれを失い、そして嘆いているのだ。飛躍(ジャンプ)がないと、彼は――

足音が近づいているのが聞こえた。まっすぐに菊花丸へと近づいてくるその音が、彼の耳の中で面白くもなく反響し続けた。


「……まったく、かなり強い筈なのにどうしてそう凹んでいるのかな」

「誰ですかウェ……はとやまゆきお?」

「違うんだよね」


その男は傘を差し、横たわる陰陽師を見下していた。その目はまるで創られた者のように冷たかったが、顔に浮かんだ笑みがそう見せているだけのようにも菊花丸は感じた。

遠くで地鳴りが響く。何かが地を打ち、荒ぶる。言うまでもなく争いだ。


「ウチの上司の言う“戦争”が始まってるんだよね。いやさあ、流石に思惑が交錯し過ぎて笑えない事態なんだよね」

「……用が無いなら帰ってください。ツバ掛けちゃうよ」

「まあまあ」


男は薄ら笑いを浮かべ、菊花丸へとそれを投げる。最初、菊穴丸はそれを手に取ろうとは思っていなかったが、雨に打たれ既に痛み始めているそれを見た瞬間、反射的に手を伸ばしていた。


「……ナルト!?」

「死神なんだよね」

「あっヒソカ!!」


菊花丸の手にあったのは紛れも無く死神のたんこ本だった。彼が失ったはずの、彼の宝。

菊花丸が眼を見開き雨の中でも構わずページを開く。菊花丸は確信した。これは本物の、相撲で言うと10万枚目かの価値を持つたんこ本であると。


「餌という訳でも無いんだけどさ、僕はそれを探して渡すことぐらい余裕なんだよね。対価として陰陽師が協力してくれればだけど」

「カァツアゲデス! まあ美味しいだけの話だとは考えてません……しかし!」


菊花は細い目をこじ開け、右手の人差し指を男に向ける。彼は立ち上がり、雨の中で乳首を透けさせながら言い放った。


「このドンパチを……銃火器が交えるのを良いとは思えません! ジャンプがあればどんな苦境も乗り越えられるんです!! ホッハァーン!!」







岸田と腸流は二人だけで轟扇組本部へと侵入しようと画策していた。理由は簡単で、岸田家の一行が其処へ向かったと報告が彼らの元へ届いたからだ。緊張と興奮を抑えながら岸田は腸流と共に轟扇組へと潜り込むことに成功した。

こうして彼等は今、信じられない程静かになった轟扇組の廊下を進んでいる。侵入者が来たというのに誰の気配も感じない。レジスタンスとの正面衝突の所以か、なら何故岸田家は此処に来たのか――


「……何か臭うよな」

「は? おちんちんおっきくなっちゃうのは仕方ないんだよ! 生理現象なんだよ」

「そんな話してねえから……結局岸田家が誰を連れて来たのかも分からなかったし、そもそも何人単位で動いているのかも不明なまま。けど轟扇組に来た事だけは分かった…………臭い」


腸流の脳裏にはあの日の――シャムと轟扇組で襲われた時の事を思い出した。あの時は狡猾な罠に嵌まりシャムを失ってしまったが、果たして今回は何も起こらないと言い切れるのだろうか。彼は重い唾を飲み込んだ。


「まあ悩んでも仕方ねえよ。罠だったとしても、その罠ごとぶっ壊して為すべき事をする。それが岸田教団の在り方だしな」

「……そうだな」

「まあお前も居るし上手くいくって。あんな貧弱ちんぽ共なんかボコボコに――」


言い終わるかそうでないかの時、腸流は岸田を地面に伏せさせた。そうして的に当たらず通過していった銃弾は壁に当たり、鈍い音と共に砕け散った。

銃を構えるは、憎きあの姿。


「やあやあ。この大事な時になんで鼠がやって来たのかな?」

「……芝田ァ!」

「ふん、そんなに怒られると草不可避なんだよね。という訳でお先に失礼します」


芝田は踵を返し、先の扉を開けるとその奥へと姿を消す。芝田が扉に手を掛ける時には岸田と腸流は後を追っていた。

腸流と岸田はそれぞれ確信していた。これが罠であると。岸田の恨みを駆り立てる為の罠だと。

そうと知りながら、彼らは扉を押し開けその部屋へと踏み込んだ。


大きな部屋だった。部屋の正面に立つその男の異様な空気が霞む程に大きい。


「乱暴にドアを開けるなんて面白いっすね。お父様からそういう教育を受けたんですか?」

「んだよユニコーンハゲ、あいつとは数年前に縁切ったんだ。どうでも良いからお前の隣にいる変態糞芝田を殴らせろや」

「ふん、そんなことをしてる時間は無いと思うんだよね」

「……んだと?」


芝田の指が端末のボタンに沈むと、部屋の壁に映像が流れ込む。茶色をした異形が荒く息を吐きながら体を震わせているその様が部屋に広がる。


「獣扇杯耶……!」

「良い感じに苗床から切り離せそうなんだよね。もうあと数時間で苗床は枯れるんじゃないかな? 元は人間だと思えないぐらい気持ち悪くない?」

「糞だなお前ら。あの子は何処に居んだよ……!!」

「地下に居るんじゃない? 出産ショーを見てあげるべきだと思うんだよね。アハハハ↑」


「土方ァ!」


一瞬にして糞魔御霊を宿し言い知れぬ悪臭と気迫を腸流は広げる。常人なら耐えられないそのオーラを薄毛の男は満面の笑みで受け入れる。


「あああああっはっはっは!!! この僕相手に例のアレを!? この“森”相手に使うんですか!?!? 面白いなぁ君たちは!!」


動き出した腸流を森は“触れもせずに”押し留めた。まだ距離はある。触れる事なんて到底できない。そんな距離で森は腸流の体を組み伏せ、そして力勝ちしている。


「ブチブチぶりゅぶりゅ……」

「どんなに面白い動画を作っても、どんなにかっこいい動画を作っても、人気なのは例のアレだけ。悔しいじゃないですか! 映像づくりのプロがあんなやつらに負けるなんて!」


腸流は首元に力が加わったのを感じた。遠く離れた敵に首を絞められるという状態が、彼に焦りを感じさせ始めた。


「だからあいつらの対策は死ぬほど考えました。死ぬほどしました! あのカテゴリの敵を潰す為の計画も死ぬほど!!」

「あああぁぁぁぁあぁぁぁぁああ!ブチブチブリュブリュブリュブリュリュリュ」

「上手くいきましたよ。獣扇杯耶という例のアレの大本山を手中に収めたのも痛快ですが……なにより素晴らしかったのはシャムとか言う害虫をぶっ殺せた事ですけどね!!」


森の手から腸流は離れた。掴まれても居ない手を振り解き、そして震え上がるような目線をぶつける。


「……なんつった?」

「だから! 全部僕の手の内ですよ!! 轟扇組にシャムを襲わせたのも! 岸田家の獣扇杯耶を動かさせたのも!! アナタ達の不幸は僕が撒いたんですよ!! この森が! 全部ね!!」


何もない、それこそ虚空を森の拳が切る。首を抑えて喘いでいた腸流の顔が震えて真っ赤に腫れ上がった。何度も拳が空を切り、その都度腸流しは殴られた。


「例のアレなんかこんなもんですよ! 今や僕は例のアレを持つ人間なら触れずとも嬲り殺せる!! 君達に例のアレを持たせたのはこの僕なのに!! 面白すぎません!?!?」


殴る殴る殴る。顔を手で覆っても拳を受け取ろうとしても、何の障害もなく森の攻撃は腸流に加わっていく。

岸田は動かなかった。憎しみと怒りでその身が焦がれそうなのに、植物人間になったかのように固まっていた。彼は気付いていた。これは挑発だと。どんどん深みに引き寄せるための罠だと。罠を前にした時に為すべき事は――


「腸流! 俺がエンジン掛けてやるよ、ブルンブルン」


岸田が腸流へと駆け寄り、彼の臀部をひっぱたく。その手の波動は腸流の体内へと響き渡り、腸内を活性化させる。そして生まれる力は例のアレの物でなく、“フレンズ”としての力だった。


「オモシロイっすね。例のアレを自分に組み込むんすね」


森は最早虚空を切るただの禿げ頭にしか見えなかった。まるでついさっきまで性交渉をしていたかのように髪の毛を跳ねさせ、腸流へと視線を向ける。


「がんばれ。プリキュアー❤」


激励の言葉を投げ、岸田はもう一度尻を叩く。目覚めた腸流の力が彼らの言葉を拡げ叫ぶ。


「てめえらがシャムさんを……岸田の大事な人を!!」


理不尽な攻撃が無くなり、近付けるようになったが芝田の銃撃により腸流は壁を突き破りながら吹き飛ばされる。痛みも何も感じず、只吠える!


「あぁぁあぁああぁぁあブチブチブリュブリュブリュブリュリュリュ」





「――よし! 織江さん。準備出来ましたよ!」


生気を失った瞳の織江に場違いな声が掛けられる。林の声だ。


「あぁうん。それじゃあ向こうに置いといてください」

「分かりました! それにしても凄いっすね。これが轟扇組の未来になるのか……」


林が視線を上げ、巨兵を見上げる。黒く、グロテスクにいぼに塗れたそのカニゴラは、その無表情な瞳に林を写した。

大きく、力強い。考えられないぐらいに巨大なそのカニはもう動き出そうとその鋏を掲げている。


「……こんなんが未来になるわけないだろ」

「え? 織江さん何か言いました? 大丈夫ですよ! 絶対うまくいきますから!」

「…………つら」



死の巨兵は動き出す。踏み潰さんと、動き出す。


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