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観測者

ついに到来した好機。これを逃せば轟扇組は立て直され頑健な、しかし古臭い構造は刷新されることなく続いていくだろう。

この騒乱の最中に一つの大きな打撃を与え、完全に前体制を破壊し再構築することによって轟扇組の支配を盤石なものにすることこそが彼の目的である。


「破壊するのだぁ!……っと、少し”観測”がすぎましたかね」


思考に混ざる異物は今に始まったことではなく、彼が覚えている限りでは南千住の”観測”を始めたとき。彼が個を捨て去った時より途絶えることがない。

自我と、そう自分が認識しているそれが果たしてもとより持っていたのものなのか確認するすべはない。度重なる”観測”により他者を蒐集し、己に刻み込んできた彼はもはや数えきれない定義が折り重なった”佐原”という概念と化している。


「やはり騒乱によって変化が生じましたね。縁田もやっと全力を出したみたいだし我刃も例のアレに目覚めた、あとは伊門の覚醒だけですか」


オリジナルへの回帰は彼が”観測”を一時的に止めていることを意味する。もとより彼のキャパシティは並みいる強豪に比べれば小さいとすらいえるほどだ。

だが彼は手を伸ばすことができてしまった、己を殺しさえすれば夢見た高みに到達できてしまった。だから手を伸ばした、だから己を殺した、だからすべてを観測した。

なにもかもに蝕まれた彼は、しかし己の大義を果たすため邁進する。すべては轟扇組のため、それだけを考えて。それだけのはずだったのに。


「刺激されたのは僕もでしょうか、この土壇場で欲が出る。巨悪となった僕がみんなに倒され大団円、でもその先を”観測()”たくなってしまいました。そうは思いませんか……伊門ライムさん?」

「うるさいぞ佐原……。あなたが私に何か用でしょうか?」

「芝田がいじったものでも利用できればお得感あるよ。と思っていたの†。予想以上で……うれしいなぁ」


揺らいだ己を再定義するかの如く問いかける彼は”観測”を再開する。個が薄まり、他者に上書きされていく違和感は幾度となく繰り替えし摩耗してしまった。

再び”佐原”になった彼は計画を進めるべく歩を進める。





突然現れた佐原はもちろん想定外の来客で、轟扇組に所属しているとはいえ油断ならない相手であった。この局面において姿を見せる意味を伊門には見つけることができない。

佐原は根底においては組のためにすべてを注いでいるはず。だが今の言葉……巨悪となった僕とはいったいどんな意思を秘めたものか。


「ハルさんをまっテス!いるのですが?いろいろ聞きたいこともあるがお前は後回しだ、佐原」

「三枝だったらここには来ませんウェ!今頃縁田と一緒にのびてるはずだよ?ってサハラはサハラは真実を伝えるよ!」

「縁田め……、奴は俺がおとすといってあったはずだが。まあいいです、叩き起こしてでもケッチャコをつけてきますね」


佐原に告げられた事実を驚くほどに簡単に飲み込みすぐにでも立ち去ろうとする伊門は、果たしてそれを理解しているのか。

ハルとの決着をつけることのみをただ一つの目標としているかにも思える行動指針は、壊れた機械を想起させることだろう。否、実際壊れているのだ。統合された意識は齟齬を生み、狂ったままに動作を続けていた。


「そう焦らないでクレメンス、伊門っちはもう死んでるんだしさ。いつまでもクローンの中に居座るのは……やめようね!」

「気づいてたか……それで結局お前は何が言いたい?」


その指摘を飄々と受け流し質問を返す。アイデンティティを揺るがしかねない真実もいまの彼には届かない。


「もう少しお前らの意識が統合されてると思ってたわ……。そうであれば三枝を食わせて終わりだったんだよね、でもそうはならなかったじゃぁぁん?君たちはこの通り不安定だし三枝は倒れた、これじゃあ計画の変更が要ゾ。だから僕が最後の楔となりますねぇ!」


その言葉を皮切りに伊門に対して数条の閃光が放たれた。突如とした行動に眉をしかめるもすんでのところで回避する伊門。早さから見るに短刀か針あたりだろうか、そう推理するも即座に頭から消し去る。

彼を知るものなら一度は聞いたことがあるであろうその戦い方は他者のものを写し取ること、であれば初撃を見切ることにどれほどの価値を見出せようか。

全てが初見の予測不能ならば反応で対応し次に備えるが最善と判断し実行に移す。次撃もやはり見覚えのない構えである。


「さっきのを避けるのはさすがなの†。これはどうかな、んぁぁぁ引っ張ります……破断!」

「佐原が裏切りヌルヌルとはね。あなたを倒してハルさんのところに行かせてもらいます!」


佐原が何かを引きちぎるように両手を開いた瞬間、違和感を感じて飛び退る。もといた場所には目で見てわかるほどの空間のゆがみができていた。


「破断!破断!破断!」


連続して放たれる致命の技を避け続け隙を探る。ここまでの大技を、しかも自前のものでないとすれば必ず無茶がかかるはずだからだ。


「これでもダメなのだ!早い諸君でもこれでわからせてあげるつもりなので。おっ、見えてきたゾ~」


またもや口調とともに気配が変化し、距離を詰める佐原。先ほどのような派手さこそ失われたものの堅実な攻め手は脅威と呼ぶにふさわしいだろう。

さらに何とか読めてきたところで切り替わるスタイルは常に最大限の警戒を強いて、神経をすり減らしていった。

拳銃を抜き放つ。札を投げる。小型の爆弾で目をくらませる。目くるめく演舞は慣れを許さない。その中でさえも一挙手一投足を見逃さず打開策を探る姿は狂気にもみえる。


「アス!」


切り替わりのタイミングで入る僅かな静止、それは隙と呼ぶにはあまりにも短く常人においては予備動作にもならないものであろう。

しかして対する伊門も常人より逸脱した存在である。刹那を極限まで引き延ばし攻めに転じることを可能としたのだ。

片手に名剣・不来喪を、逆の手に拳を構えるその姿はかつての伊門のそれではなくやはり統合された中に生み出され練りあげられた実像。

小さく鳴くとともに左右から怒涛の勢いで佐原に食らいつく。打ち込みは激しく、先ほどと逆転した攻守はまるで焼き直しだ。無駄を削った型は得てして近くなるものか。


「やっぱりな(レ)、そこに気づくとはやはり天才ですウェ!まあそこに気づいてもそうそうできるもんじゃないよってなろうがあってぇ……」

「まだまだ余裕を落としてないみたいですね。オレァオマエヲムッタオス!」

「こーんなこともできるんだよなぁ……トランザム」


つぶやかれた台詞に目を見張り驚愕する、そこまで再現できるものなのかと。実際に目の前の佐原は彼の宿敵の如く赤く光を放ち、はったりでないことを如実に語っていた。

迫る拳に反応が遅れ吹き飛ばされ、さらに追撃を受ける。連撃の手は緩まず、ねじ込むような拳の一つ一つが急所を打つ。


「どうした伊門っち、へいへいへーい」


執拗に攻め立てる彼の動きを観察する。確かに先ほどより加速しているし赤い光粒子もハルの技を想起させる、だが……。


「その程度か佐原ァ!それでトランザムを名乗るとは、随分とやべーやつじゃん?」


ハルのオリジナルに比べれば速さが足りない、重さが足りない、そしてなによりも奴がトランザムにかける”想い”が足りない。

何もかもに不足を感じる劣化品に好敵手を汚された。その憤りを糧とすることで、分かたれていた意識が縒り合されていく。混ざりあっていただけの二つが編み込みのように絡み合い、眼前の敵を駆逐せんとする心に火をくべる。

奴の影を捉え、打撃を受け止める。ハルのものに比べてしまえば随分と劣るそれにこの伊門ライムが負ける道理はなかった。


「まあそうなんですけど。ばれちゃいましたか、僕のコピーはすべて模造品の劣悪品。あなたほどの相手に通用するなんてはなから思っていませんでしたが、いやはやこうも簡単に事が運ぶとデッドコピーも悪くはありませんね」


種が割れると呆気なく力を手放す佐原はにやついた、誰とも似つかない笑みを浮かべて語りかける。数多の技を破られたというのにむしろ弾んだ声音で言葉を紡ぐ彼は仮面を剥ぎ、”観測”をやめた原典の佐原である。


「もう物真似は終わりか、佐原?さっきので打ち止めというならもうあなたに勝ち目は、なぁいです」

「今までのはすべて僕に刻まれた幻像にすぎません。先ほどの中に片鱗だけでも佐原の影が見えましたか?」


強くなるために見てきたものを捨ててしまえば、佐原など凡百の雑兵とも並ぶほどのはず。しかし彼の放つ気迫は今までになく純粋、かつこれまでの全てを凌駕するものだった。


「行きますよ……聖翼仰天刃!」

「ッ!?」


咄嗟に構えようとする防御より迅く、それは伊門に到達した。





倒れ伏す縁田は先ほどまでの戦いを想起し嘆息した。あれほどまでに熱くなってしまうとは存外自分も強敵を求めていたのかと。


「ンフーフフー、どうせもう起きてはいるんでしょ」

「ばれちゃしょうがないな、またやるかい?」


先刻の攻防をケロリと忘れたかのような掛け合いにどちらからともなく笑い声が漏れる。ともに満身創痍のこの状態では指一本動かすこともままならないだろう。


「やめようね!それにここで油を売ってる時間はないんじゃない?早くいって、どうぞ」

「もちろん。いち早く伊門のところに行かなくちゃいけないからね。」


だが立ち上がる。互いに背を向け、ハルは駆け出し縁田は留まる。その様子はハルを待ち構えていた時と同じ不退転、誰もこれより先には進ませないという決意を秘めていた。


「縁ちゃんそこをどいてもらえないかな、この奥にあのエースは向かったんでしょ?ってネカマはネカマは目の前の友人をにらみつけるよ」

「だってここを通したらあいつを捕まえるだろ?ならそれを許すことはできないんだよなぁ」


ネカマるが連れてきた少数の私兵は本調子でない縁田にとって十二分に脅威であるはずだった。それでも決意は揺るがず笑みすら浮かべるている。


「やっと普通に話したと思ったらこれだよってネカマはネカマは嘆息するよ!とりあえず理由だけ聞いていい?」

「姫を助けに行くのは、やっぱりヒーローじゃなきゃって話さ。お約束には気を遣おう!」


飛び掛かる私兵をいなしながら心にあるのはすがすがしさのみ。これを思い出させてくれた分だけでも借りは返すと傷ついた体に鞭を打つ。

様々な思惑が交差する中、ゆっくりと終局に向かっていく戯曲。悲劇とするか喜劇とするかは誰の手にゆだねられているのか。


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