表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/45

現れた野の獣


我刃も当然予想はしていたが、予想出来なかったことの方が多かった。

レジスタンスの反抗作戦が、只の構成員に止められる程に甘いものでは無い事は当然予想していた。そう遅くはない内に自らも先陣を切りその力を振るう事になるだろうとも予想していた。

しかし、あまりにも早すぎるラインの民とネカマる、そして風の戦士の陥落の一報を受ける事になるとは予想できなかった。後方待機させていた傘波良とも連絡が取れないという事実も我刃の予想を裏切った。交戦状態に入ったのか或いはもう既に打ち取られたのか――何にしても、全ての展開が早すぎた。


「傘派良もう少し耐えててくれよなぁ、頼むよ~」


彼は鉄バットを手に取り、大きく息を吸い込む。自らの“ガバ”を身体から抜き取り、精神の統一を図る。我刃とは素直な男で、頭の中は傘派良の救援の事でいっぱいいっぱいゆうじろうであった。賢い判断では無いかもしれないが、自身の部下で大事な友である彼を見殺しにする事など出来ない男なのだ。

我刃はとある部屋に向かっていた。T20の捕獲作戦で連日動かされている人口生命体を収容するメンテナンス室――我刃の大事な相棒である、田中瑠の部屋へ。

そのドアは既に小さく開かれており、中からは薄らと明かりが漏れていた。まるで消えかけの蝋燭のように不吉で不穏な光……我刃の中のガバは抜けたはずだったが、何かが彼の心に波紋を広げた。


「なんか嫌な予感するんですけど」


ドアを開ける。闇が溢れ出す。我刃の目には田中瑠ともう一人の男が写っていた。


「アッヒャ、芝田くんオッスオッス! 田中瑠を借、借りますよ……」

「ん?」


抑えられた光の中で、その男は怪しく笑っていた。手の端末を覗きながらその手を素早く動かしている。我刃の姿を認めると、その呼びかけには答えずに代わりに小さく呟いた。


「フンッ、丁度良いんだよね。No.893 田中瑠“起動”せよ」

「ポポポポポポポポポポポポ……」


その部屋の光量が徐々に上がっていく。その中で浮かび上がったのは、異様ともいえる田中瑠の血走った瞳と殺意。響き渡る彼の起動音と、掻き立てられる電子音。


「あっおい待てい。大分様子がおかしいと思うんですけど。何とか言えよこの変態技師」

「草なんだよね」


電子音が徐々に大きくなる。我刃は鉄バットを芝田に突き出したが、対する彼は静かに笑うだけであった。ここ最近の芝田の様子から我刃はようやく察した。目の前の謎多き男が今まで誰を、何を、謀っていたかを。


「CAPTURED, 戊辰戦争……」

「ファッ!? やべえよやべえよ……もう許さねえからなぁ?」


我刃は制御音声を鳴らし続ける田中瑠に手を伸ばすが、その腕は他の誰でもない田中瑠に掴まれた。そのまま我刃は地に伏せられ、田中瑠の顔を見上げた。普段かけている眼鏡がより巨大に、そして黒く染まっていた。


「EMURATED, E M U R A T E D ,E M U R A T E D」


電子音の鼓動が加速し、目の前の友人へと浸食していた。傘派良を助ける為に田中瑠の元へと向かったのに、その彼すらも失いそうになっていた。我刃はただ大声で彼に叫ぶしかない。


「おい田中瑠ゥ! お前この間俺と一緒に戦ったよなぁ? 俺と一緒に激戦を潜り抜けて来たよな?」

「無駄なんだよね」


答える声は冷たく、そして酷い。田中瑠の眼鏡――否、巨大な単眼が我刃を射貫いた。


「 記 憶 忘 れ た 」

「……ダメみたいですね」


田中瑠に掴まれた手が大きく煽られ、そのまま投げ飛ばされる。部屋の壁に投げ出された我刃の息が一瞬止まる。咳込み出てくるのは、喉奥から込み上がって来た大量の血。


「結局田中瑠も元の制御はアスタロスと同じなんだよね。大型のパワーを抑えるために“戊辰戦争ユニット”で強制的にパワーダウンさせる。それを解けば最早ただの殺戮マシンなんだよね」

「芝田……もう許さねえからな?」

「フンッ、先に自分の心配をした方が良いんだよね。じゃあ僕はお先に失礼します」


悠々と部屋から出ていく芝田を、機械と化した田中瑠越しに見る事しか今の我刃には出来ない。田中瑠の左腕の銃口が此方を覗き、死へと誘う。高い発砲音が鳴り響く。


「あっぶえ!?」

「動くと当たらないだろ? 動くと当たらないだろぉ!?」


眩む意識の中で我刃は銃撃を避ける。空気を切り裂くその銃撃は我刃の頬を削り、傷を増やしていく。

しかし田中瑠の銃撃は収まらない。何回も何十回も、我刃は避け続ける。避けきれない銃撃は鉄バットで弾く他ない。障害物も何もないこの制御室では、我刃はそれしか出来ない。


「我刃に勝ち目はありません。死んでしまいます……」

「ふざけんな! 良いように騙されてるんじゃねえよ田中瑠のくせによオォン!?」


銃弾が我刃の鉄バットを弾き飛ばした。指先の力が抜けたのか、傷が痛みだしたのか、五日前に釣られた魚のような顔で彼は片膝を地に付けた。


「アーシニソ……こんな展開頭に来ますよ!」

「じゃあ……死のうか」


最早我刃に次の銃弾を避ける余裕はない。立ち上がる事も、流れる血を止める事も、暴れる友を止める事も出来ない。この語録ロボを止める事も。


「救いは無いね……救いは無いんですか!?」


その言葉から彼の脳裏に虹が煌めく。未知の言葉と精霊達が彼に囁きかけ、我刃に力を与える。この堕ちるような感覚を我刃は知っていた。紛れも無い“例のアレ”が宿る感覚。

彼の持つ淫なる力と新たな精霊の力。それは虹を形作り、浅黒く焼けた我刃をより逞しくする。

レ淫棒――我刃はその虹を靡かせながら宙を蹴り、無慈悲に放たれた弾丸を避けた。


「は? キレそう。早く死ねば楽になるのに」

「あれか? 見せかけで超ビビってるな?」


軽やかに地面に着地した我刃は挑発的な笑みを浮かべる。死に際で得た最強の力を、最高の友の為に使う。彼は拳を握り、そして言い放つ。


「ファッキューカモーンチキンボーイ! その罪を悔い改めて」


田中瑠の銃撃は激しさを増していた。しかし我刃の動きを捉える事は出来ない、飛び回るように動き続ける我刃のそれは、もはや人間の為せる技では無かった。速く、力強く、地面を蹴る。


「ウッソだろお前。キレそう」

「ええぞ!ええぞ! ベーコンええぞ!」


田中瑠の視覚センサーが正常なら、我刃は目の前に居た。激しい銃撃を避けるだけでなく、小さな穴に針を通すように合間を縫って近づいていた。

拳と拳がぶつかり、虹が打ち勝つ。ついさっき、我刃を投げ飛ばした田中瑠の怪力を捻じ伏せ、深刻なダメージを与える。


「おっほっほっほ~元気だ( ^ω^) YO!」

「バァン! めっちゃ痛いんですがそれは……」


火花散る右腕を外し、田中瑠は胸ポケットから5つほどの小型端末を宙に浮かべた。芝田の調整で新たに導入されたものだが、我刃は眉一つ動かさない。


「何気にキモイですね。俺が直してやるよ?」

「いえいえまだですよ? これからですよ?」


端末が自由に飛び回り、我刃の体を引き裂こうと不規則に動きまわる。まるで銀河の星のように飛び回るその端末は、田中瑠の動きを大幅に向上させる「ギャラクシー」の名を持つ。林檎電算機と対を成す高性能な端末。田中瑠もその実力を惜しみなく出し始めたのだ。


「白豚ァ! ブフォオwww」


負荷により噴き出た笑いを撒き散らしながらギャラクシーが我刃へと向かう。叩き落そうと振るわれた我刃の腕に違和感が走った。別のギャラクシーが我刃の両腕を離すまいと固定していた。


「あぁんヒドゥイ! お前人のモノを……」

「流石に草。暴れると痛いぞぉ?」


両腕に食い込むギャラクシーは生半可な力では外せない。しかし、我刃の力は既に“生半可”を越えている。


「ヌゥン!ヘッ!ヘッ!ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!!!!フ ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ン!!!!フ ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥン!!!!」


目力を増し、人間とは思えない轟音を撒き散らし、我刃はその両腕を解き放った。馬鹿力によって両腕のギャラクシーは破壊され、彼の自由を阻害する物は消え去った。


「ダブル☆ゆきぽ!!」


虹を煌めかせながら両腕を眼前にまで迫ったギャラクシーへと叩きつける。粉々になったギャラクシーは機械の花吹雪へと変わり、我刃を煽り立てる。


「クゥーン……チンポ朝勃ちィ……」


溢れ出る力を制御するように彼は意識を高めていく。意識の先は、毒牙に駆られた唯一無二の友人。


「絶対助けてやる……!」

「やめてくれェ? やめねえよ?」


お互いに交わす言葉は語録。この語録ロボを止める為に、我刃が為すべき事。考える暇も無く、銃撃とギャラクシーが我刃を襲う。

我刃の体がぶれる。


「俺の友人の中から出ていけぇ!」

「は?」


その瞬間、我刃は田中瑠の肩を掴んでいた。余りにも速く、田中瑠のセンサーですら追い付かない。


「離せよオイ!」

「離さんピョン!離さんピョン!」


渾身の力で田中瑠の単眼を握る。人外の力で握られたそれは歪み始めるが、機能を停止するには至っていない。我刃の背中に鈍い痛みが走る。背後からギャラクシーが我刃の背中に突き刺さった。


「イダァァァァ! オラオラ来いよオラァ!」


痛みに負けない。苦痛に負けない。我刃は目の前の友人を救う事だけを考えていた。その為の苦痛なら幾らでも受けるつもりだった。


「お前精神状態おかしいよ……」

「誰のためにやってると思ってるんだお前よぉ! 今回、操られた仲間を…守るッ! 俺の虹はその為の力なんだよアゼルバイジャン」

「……虹なんて掛かる訳無いだろ! 落ちろ!!」


我刃の腕に力が籠る。虹が輝きを増す。単眼に罅が入る。

友を想う力によって奇跡が起きようとしていた。力の限り、我刃は叫ぶ。


「レ淫棒はそこにあるだろ!! 語録ロボやめろォ!!」


虹が羽ばたき、田中瑠の単眼を引き千切った。砕け散った悪意と洗脳から解き放たれたのは紛れも無い我刃の友人。

閉ざされていた我刃の友は小さく呟く。


「――いつしか雨は止み」


穏やかな笑みを浮かべる田中瑠に我刃も、小さく口を開いた。


『そこには虹が掛かるんだよなぁ』


最後の呟きは、二人分だった。






「うーやっぱりいてえ……」

「徳川様大丈夫ですか?」

「洗脳されてたとはいえ手加減ぐらいはしてくれよなぁ、頼むよ~」

「出来なかったんだよなぁ……故意に徳川様を傷つける訳無いだろ!いい加減にしろ!!」


我刃の身体中に出来た傷を処置して、田中瑠の肩を借りながら二人は芝田を追っていた。何処に向かったかは分からないが、放っておく事も出来ない。それは前線で戦い続ける傘派良の気持ちに応えるのと同義だと我刃は考えた。彼の元へと芝田を追い付かせはしない――そんな気持ちもあったかもしれない。とにかく、我刃は痛みで顔を顰め乍ら歩みを進めていた。


「それにしても徳川様が滅茶苦茶強くなってて草」

「多分例のアレの力の一つだと思うんですけど。例のアレは謎が多いからね、仕方ないね」


使った本人である我刃もあの虹が一体何なのか、具体的には分からなかった。あったのは友を助けるという強い意志と、沢山の精霊のイメージ。そこからどのように力が生まれるのか、我刃は分からなかった。


「人を想う力、とかですかね。んにゃぴ、よく分からなかったです」

「…………」

「田中瑠?」

「い、いますよ」


轟音を響かせながら壁を突き破り、何かが吹き飛ばされてきた。その何かは人の形をしていたが、押し潰されそうなほどの茶色のオーラを身に宿し、そして叫んでいた。


「てめえらがシャムさんを……岸田の大事な人を!!」


眼は怒りに染まり、まるで獣のような声を張り上げながら吹き飛ばされた方へと駆け出した。そして次いで聞こえたのは、耳障りな声。


「アッハハ! 面白いっすね君たち!! 獣扇杯耶の為にそんなにムキになりますか!?」

「流石に馬鹿すぎるんだよね、いい加減身の程を知れって言うのかな」


我刃には一つの声に聞き覚えがあった。つい昨日までは仲間だったが、今では憎しみの相手である“奴”の声だった。


「芝田おるやん! ぶっ殺したろ!!」


我刃と田中瑠は壁に開いた大穴を潜る。その先には眼鏡を掛けた見知らぬ男と憎しみ深き芝田。そして反抗組織の一つである岸田教団の教祖、岸田の姿もあった。先程吹き飛ばされていたのはつまり――


「こマ? あの怪物みたいなの快便児?」

「最悪やでカズヤぁ……何が起きたのか理解に苦しむね」


その異様な空間に入り込んだ我刃を見つけた芝田が殊更大袈裟に驚いた。そしてまるで煽るかのように嗤い、視線を我刃に飛ばす。


「やあやあ、まさかNo.893を正気に戻すなんて予想外だったんだよね。でもNo.893の右腕は吹き飛ばすしかなかったみたいだね、こんなん草不可避。いやー、友達の右腕を潰すとか流石に残酷すぎるんだよね」

「頭に来ますよ! お前が弄るから悪いんだろオラァ!」


飛び掛かりそうな程の敵意を見せながら我刃が怒鳴る。田中瑠も緊張感のある顔のまま、左腕の銃に弾を込める。


「……お前轟扇組の幹部の我刃だろ?」

「ソダヨ。そういうお前は岸田ダルルォ? 今忙しいから喧嘩する気起き ないです」

「それは俺も一緒だわ。俺達もあいつらに用があって来た。轟扇組と戦争する気は無い。それに……お前もそいつに壊されたフレンズだろ?」


岸田のその目は恐ろしいほど穏やかな目をしていたが、その中に静かな怒りもある瞳だった。その怒りの感情は、先ほどまで我刃も宿していた感情。


「……おう、信用してやるよ」

「流石都外フレンズだわ。取り敢えず俺達はあいつらの奥にある部屋に行きたいんだけど、ちょっとで良いから援護してくれない?」

「あっいっすよ。具体的にはどうするぅ?」

「まずは左にシュッてなる。次に上にブーンてなる。最後は逆に左にシュッてなって完成。タ ン ジ ェ ン ト」

「えぇ……どういう意味?」

「オッシャ行くぜ! 土方ァ!!」


我刃の疑問に答えずに、岸田は声を張り上げる。腸流が駆け出して勢いのまま部屋の左の壁へその拳を穿つ。


「流石に意味不明過ぎるんだよね。死ね」


芝田が銃を抜き、標準を“岸田”へ向ける。ゆっくりと引き金に指が掛かり――


「行けぇ、なんばパークス!」

「コブラほんとすき」


田中瑠の左腕から銃弾が放たれる。その銃弾は岸田へと進んで行く弾と空中でかち合い方向を逸らした。岸田の数センチ脇に芝田の弾が通過していた。

不敵に岸田が笑う。


「今のは“外れ”だな」


腸流が壁を突き破り、隣の部屋へと突っ込む。そのまま天井に破壊的な一撃で大穴を開けると、岸田の元へと駆け戻った。


「……準備出来た」

「よく耐えた。貧弱ちんぽ共に目にモノ見せに行くぞ……!」


岸田が腸流の背にまたがり、姿勢を低くする。腸流に乗ったまま、岸田は軽く我刃を見る。


「糞だらけでやってやろうや。」


その言葉を残して、岸田達は大穴へと突っ込んだ。芝田も眼鏡の男も邪魔をせず、不気味な笑みでそれを見送っていた。


「いやー面白い事になってきましたね。芝田君、そろそろ時間ですしイイ感じですね」

「フンッ、総統の言う通り。もう轟扇組に残された時間は無いんだよね。精々足掻いてみるんだよね」

「ふざけんな! 俺らは託されたんだ。岸田って奴にも例のアレにも! 壊して遊ぶお前らみたいな奴らに根性叩き直してやる!」

「徳川様の言う通りなんだよなぁ……悔い改めて」


眼鏡の男は静かに笑みを強め、対峙する子供を見下ろした。どうしようもなく歪なその思考と暴力を我刃と田中瑠へと向けて、ただ笑う。


「オモシロイっすね……オモシロイすね!!」





轟扇組とレジスタンスの正面衝突。そしてその影で羽を広げた悪魔。

そして戦いが始まる。思惑と意志が交錯し、火花を散らす。

これはもう“戦争”であろう?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ