震動
声は音となり反響となり振動となり脳波となり、長いプロセスを経て岸田の脳内に送られた。
その声の主は快便児腸流――その内容は余りにも驚くべき事で、しかし予想は出来た事だった。
「林抜けたの? 馬鹿じゃんあいつ」
「なんか喧嘩別れらしい。よく知らんけど」
轟扇組組長の離脱。それが意味するのは轟扇組の枷が消えたという事。不良グループの組長が抜けたとなれば通常ならば組織壊滅のピンチだが、轟扇組は違った。次の轟扇組組長次第で今まで以上に危険な存在へとなり得るのだ。
ましてや人の業、過剰な金銭回収なども容赦なく行うだろう。反抗組織の殲滅、地域内の轟扇組傘下組織への助力、これまで林がサボっていた手段に手を染める可能性もあり得る。
大金を稼ぐ子役のプロの福木や、過剰な戦闘狂である我刃、予測不能な因縁の相手で――岸田はなるべくその事を考えたくなかった。どんなに時が経ってもあの悲しみは消えないし、因縁付けるにはあまりにも情報が足りていない――林の右腕でもあった芝田、強力な"T"と呼ばれる兵器。林の無策さで抑えつけられていた危険な存在が全てを葬らんと飛び立つのだ。
「あと……ワンチャンお前に関係があるかもしれないから言っとく。岡山県のある一族が南千住に入ったって報告が上がったわ」
「は? キレそう」
「川土手下一派、名門岸田家……用心した方が良いでしょ」
悪夢のようなあの日の記憶が岸田の脳を責め続けた。毎月の16日のように、ずかずかと。
しかし同時に彼はある望みを――正確には願望を抱いた。もしあの父親が来ているのなら、彼女を率いているのではないか。
「なあ腸流、岸田家は何人規模で南千住に来た?」
「大人数ではない。お前の親父と、あと数人」
「女の子は? いねえの?」
「未確認だわ……すまん」
腸流の口から出た謝罪を岸田は片手で制した。監視に回せる教団の人手は殆ど無く、彼女が本当に此処に来ているのか――そもそも生きているのか、それすらも分からないのだ。その事を一番理解しているのは岸田本人だ。
だが。
「……草生える」
「は? どうした?」
「自分の諦めの悪さに草生えるわ」
「――!?」
草生える――岸田から発せられたその言葉は腸流に衝撃を与えた。ある岸田教団の崇高な教えとは反する言動。腸流は、岸田が教祖ではなく一人の男になった事を悟ったのだ。
「腸流、取り敢えず此処に来た岸田家の周りを洗うぞ。誰が、何人、何処へ、何しに、どうするのか。全部突き止める」
「おう」
「あいつらに岸田教団の力見せてやろうぜ! オラわくわくすゾ!」
『教訓:草生やすな』岸田は自らそれを破った。
「……いやぁ、流石に楽しみ過ぎなんだよね」
僕にとっては正にそれは垂涎の的だったんだよね。
あんな片田舎のお屋敷に、例のアレの生きたサンプルが存在してるなんて全く驚きだったんだよね。いや、なんていうのかな、盲点過ぎて草不可避ってやつ?
ただやっぱりなんていうのかな、田舎者の金持ちって頭が悪いよね。ちょっと僕が声を掛けただけで、すぐに南千住に来ちゃうんだもん。今の南千住はシリア以上の激ヤバ注意地方なのに。お金が欲しければなんでもするってはっきり分かんだね。
「あぁ……総統も今回の僕の手柄はきっと褒めてくれるんだよね」
総統だけじゃないんだよね。きっと兄弟同志達も僕の働きで自信を取り戻すに違いないんだよね。僕らは手柄が欲しい訳じゃなくて、自分の存在を認めて欲しいだけなんだからさぁ↑
だから僕は与えられた仕事をこなすんだよね。岸田家の御曹司と、裏切り者の始末。それをこなせば、僕は、僕たちは――
「“芝田”くん、そろそろお時間の方なので」
「はい」
総統、僕はこなして見せるんだよね……この卍に懸けて。




