伊門と紅葉
「福木さん福木さん、伊門隊長と紅葉さんは結局どういう存在なのかな?ってネカマはネカマは率直な疑問を投げかけるよ」
「そういえばネカマるはあの頃いなかったか、まあ話せば長ゾ」
佐原の言葉を反芻し苦い顔を浮かべていた福木にやけに明るい声で言葉が投げかけられる。
集中を乱すその声に、しかし説明不足だったことを思い出し珍しく言葉を返す。普段から冗談めかして話すネカマるはラインの民以外とまともな会話をしていない。だから本当に珍しいことなのだが、自分では普通だと考えている彼はそれに驚きもせずつづけて話しかける。
「ラインの民に聞いてもわかんないっぽいし縁ちゃんも教えてくれないしやっぱり気になるなってネカマはネカマはかわいく小首をかしげてみたり」
今度は受け流し福木はタブレットを開く、いったい何をするのかと思えば遊戯隊のメンバーが集う会議通話にとあるファイルを送信した。
「それは”伊門”が帰ってきてからの報告ゾ。何を知っても伊門や紅葉に対して変わらず接すると誓うなら開いて、どうぞ」
そうしてタブレットを閉じた福木は再び歩き出す。もしこれが林だったなら全員を集めて話そうと提案し日程調整を失敗、その後彼が先輩と仰ぐ正体不明の人物の指示によりやっとファイルで連絡することになったであろう。それだけでざっと一週間程も無駄にすることになる、また福木のように覚悟を問うこともなく馬鹿正直に転送し”先輩”のお叱りを受けていたに違いない。こういった細かい差がリーダーとしての資質の違いなのだろう。
どうでもいい無能組長の話はさておき、ファイルを受け取った遊戯隊の面々は各々自分自身の決意でそれを開く。
あるものは隊長への敬意、あるものは紅葉への友情など理由は違えど一人としてそれを茶化そうなどと考える者はいなかった。
かつて伊門と呼ばれた男は三枝に敗北したのち、しばらく消息を絶っていた。
絶っていたと、そう過去形にしていいものなのかは議論が割れるところだろうが”伊門”は帰ってきた。
伊門を名乗るその少女は面影を残すものの性別は変わり、容姿もやはり可憐な少女のものとなっていた。
なぜ彼女がそう名乗ったのかと皆疑問を持ち、親しかった同僚はうそを言うなと激したものもいたほどである。
しかしそういった伊門と長く過ごしたものほど彼女が伊門であると確信してしまうのであった。
ちょっとした仕草や話し方、そして声音が否が応でも彼を想起させる。
男としては高く、女としてはハスキーと言われるその声と話しているとそれが別人とは思えないのだ。
だが彼本人が帰ってきたのではないことは明白であった、なぜなら彼は彼女と”切り替わる”のだから。
普段は”伊門”としか思えない様子の彼ではあるのだが、突如として様子が変わることがあったのだ。
その時には見た目通りの少女然とした言動で伊門の記憶は持っていないようであったのだ。
伊門に近しかったものにはより親密になどといった細かな共通点こそあるものの、誰に対しても「はじめまして」と自己紹介をしだす彼女に当初は皆困惑した。突然に伊門に戻ることも少なくないため周りの考察は錯綜したが、答えは出なかった。
そして導かれた仮説がひとつ、曰く彼女は何らかの形で帰ってきた伊門の別人格であろう、と。
それからは多少の手続きはあったもののスムーズだった。伊門が重要な立ち位置にいて外すことができないのならば、
彼女も轟扇組に所属してもらえばいいではないかと。そうすれば彼と彼女を完璧に区分けしなくともよくなるし、第一この快活な少女は轟扇組においてもなかなかに愛されていた。だからもしかしてされたかもしれない人格の凍結処理などのことを鑑みればずっと良かった。また轟扇組には女組員が少なかったというのも一因となったのかもしれない。
なにはともあれ轟扇組のメンバーとして迎え入れられた彼女は厳しい訓練や過酷な任務をこなしていくうちにその頭角を現していった。いざというときや真に肉体に危機が迫った時などは彼女の時間であろうとも伊門が表に出てきてその圧倒的な力をふるうこともあったが、普段はしっかりと時間が区切られていた。それは本人たちが意識したものではないのだろうが本能的に互いが干渉しないように切り替わるのだ。そのおかげで伊門に任される仕事によって彼女が危険にさらされることはなかったし、彼女はプライベートな時間を持つことができた。いまや彼女は伊門とおなじ遊戯隊の所属として日々任務にいそしんでいる。
それが彼女、紅葉ライムが遊戯隊にいたった顛末。
ファイルを読み終えたネカマるは言葉を失っていた。語られた過去に衝撃を受けたのではなく普段の二人の様子にようやく合点がいったからである。
だがその一方違和感も感じていた、これだけの情報ならばそこまで福木が念を押すことも縁田が口を閉ざすことも考えにくい。
「あーそうそう、その報告書には書いてないことがあるからね。もうひとつわかっていることがあるゾ。二人はお互いのことを別人だと思ゾ」
違和感の答えを得たネカマるは今度こそ衝撃で言葉を失った。もしそんな二人にそれをはっきりと意識させたらまずいのではないか。
そう考えもう一度文書に目を通す彼は先ほどは気づかなかった報告書の提出先に気が付く、そこにははっきりと轟扇組幹部芝田の名が記されていた。
「知らない天井だ」
意識を取り戻した紅葉はそう独り言を漏らす。寝ぼけた頭の中では伊門としての記憶が再生されていた。佐原に告げられ彼女と”伊門”が初めて自覚した事実である。
ゆえに紅葉と伊門の意識が混濁し、分かたれ交わるはずのなかった自我が邂逅を果たしてしまった。
混ざりあった意識のなか、伊門の持つ好敵手としての三枝への執着と紅葉のハルに対する恋とはまだ呼べない淡い想いが重なり溶け合う。
「俺が倒せなかった三枝を今度は私が越えてみせる」
はっきりと覚醒した意識で”二人”はそう誓った。




