破砕点
「うっ、ハヤカスゥー!」
およそ林の表情は喜ばしいものでは無かった。彼の耳には確りと、この世で最も異質な者の声が聞こえていた。
「お前さぁ!組の一大事に何処行ってたの!?」
「いやちょっと病院に。あっそうそう、聞いてよ福くん!すごいなろうを見つけてしまったんですよ!!」
「うるせえ鎧似、あっち行ってろ」
見る者の正気を奪う背徳的な服を羽ばたかせ、自信のある表情で福木へと指を突き出す。しかしそれに対する福木の反応は冷たい。珍しく林と福木の表情が合致していた。
彼の名――凪楼 鎧似は轟扇組の中で特殊な意味を持っていた。轟扇組に所属していながらも堂々と歴代最凶の組長である林拳打を貶し、しかしレジスタンスに味方しているという訳では無い。彼はただ自分が望むままに轟扇組、とりわけ林を批判し続けるのだ。
行動だけでなく、彼の経歴も謎に塗れていた。彼にしか知らない、あらゆる「なろう」という意思が顕現した世界――その異世界から鎧似は得体の知れない意志を拾う。彼にとっては至高の逸品なのだが、当然常人が理解しうるモノでは無い。人々の意志は、「なろう」なんて生温い意志の形は、只々歪なのだ。
「お前だけ、違う世界にいっちくり~」
「ははは、バカめ!私にとっての別の世界とはなろう界!つまり、ヨシケン君のいちゃらぶ話を聞かせてやるのさ!」
言葉の綾ではない。正しくこの鎧似は別の世界に飛び立ち、そこで12時から4時の間、彼だけのあまあまな至福の時間を満たす。福木の切実な願いもその言葉通りに実行し、そして舞い戻る。凪楼 鎧似は異質な者であった。
「お前さ、一応幹部じゃん。自分のする行動には責任持とうぜ。だからちゃんとお前と話し合わなきゃだめだと思ってるんだ」
「いや、私も喘息の薬とか貰わなきゃいけないので時間なんて無いですよ。ゲホゲホ~」
「話聞いてる!?用事なら仕方ないけど受けたもんやんなきゃダメじゃね?」
林にとって鎧似という男は気に入らない存在だった。組長である自分の支配から逃れ、轟扇組内の風紀を乱す不届き者――もちろん、林の支配下にある人間の方が少ないのだが。
全くをもって進展のない口論が数分続く。林が関わる会議や口論と言った席ではいつも無駄に長続きする時間が多いが、そこに鎧似が絡むと最悪であった。噛み合わない歯車を強引に回し、意味の無い金属音が鳴り響く。
「オッスオッス!アッヒャ、鎧似じゃん。おっp……おっぱげた」
生臭い会議室のドアが開き、我刃が姿を見せる。福木は不安と恐怖、その両方が胸の中を満たしているのを感じた。歯車が一つ増える。
「あのさぁ、鎧似。ケツピン終わっちゃったよ。今季アニメが10話で終わるなんて悲しいなぁ」
「我刃ぁ、ちょっと聞いてよ。ほら、この『なろう』凄くなぁい?このhttp://ncode.syosetu.com/n6402dt/の奴」
「お前ら話聞いてんのか!?みんなで話し合わないと森さんに怒られるんだよ。そういえば今来てない人達何やってんの?芝田君は?」
地獄だった。どの話に耳を貸しても内容は殆ど無い。我刃は例のアレの監視状態をつらつらと語り、鎧似は異世界でのお気に入り『なろう』を見せ付け、林は人の話を聞かない。此処が全国に名を轟かせた不良グループ、轟扇組の幹部会議の席なのか――福木は只々不思議だった。
「芝田君は今日は来れないって連絡が来てますよ組長さん」
「えっそうなの?めっちゃ忙しいんだな芝田君。まあ茨城だし仕方ないか……」
福木に言われるがまま、林はブツクサ言いながら端末を開き芝田からの連絡を確認する。確かに其処には『今日は用事で来れません』の文字と『sorry!』と書かれた可愛らしい絵が送信されていた。
最近の芝田はこういった会議に中々顔を見せなかった。この組長と会議に愛想を尽かしたのだと大抵の者は考えていたが、当の林は気付いていなかった。正確に言うと都合の悪い事は考えなかった。
「困ったなぁ、森さんに大きな仕事任せられたのに……芝田君だったら安心して任せられたのになぁ」
その言葉が部屋に流れ出た瞬間、喋る者が居なくなった。我刃も鎧似も福木も、驚きの表情に染まった。驚きだけではない。落胆、衝撃、軽蔑――その感情が林を除く全員の思考に宿り、僅かな静寂を砕き、皆が林に迫った。
「えっハヤカスまさかその仕事引き受けたんですか!?」
「アッヒャ!また誰にも言わないで勝手に話が進んでんじゃーん、頭に来ますよ!!」
「そもそもそんな大仕事を芝田くん一人に任せようとか何考えてんですかねぇ……死ゾ」
鈍い林でも、この批判の先が自分に向けられているのは分かった。しかしなぜ自分の部下がこんなに怒っているのかは分からない。林拳打というのはそういう人間であった。
「こんなん暴動だろ!?お前らに言っても何もしないし、そもそも人が集まんねえしマジ事件だろ……!」
「いやーカッスは流石だなぁ。いよっハヤカスゥー!」
「そもそもその森って奴が怪し過ぎるんだよなぁ……罠ゾ」
「ソダヨ」
林にとっては煩わしい部下であった。受けてしまったと言っているのに何故こんなに不満を垂らすのか、まるで意味が分からない。スポンサーは信頼できる良い人なのに……
林は一つの判断を下そうと決意した。轟扇組の未来を変える、重要な判断を。
「……だろ」
「は?」
「こんなん戦争だろ!?良いよ、じゃあもう。俺一人でやるから!」
林はドアを乱暴に開き、会議室から飛び出た。唖然とする部下達の視線を受けながら、カニの散らばる臭い会議室を後にした
「あんな使えない部下は要らねぇ……まじざまあみろだな」
林の機嫌はすこぶる良かった。無能な部下たちに解雇通知を下し、颯爽と外へ出た。これからはあんな無能共に縛られずに轟扇組を動かせる――彼の足取りは軽く、目の前の世界も明るく見えた。
「そうだ、取り敢えずあいつら轟扇組抜けた事を皆に言わないとなぁ」
林に口から出た『皆』が誰を指しているのか、彼は分からなかった。そんな事が気にならないくらい、彼の心は踊っていた。
「……いやーカッスが轟扇組を抜けるとは。虎さんの跡を継いじゃったよ~」
「アッヒャ!これは轟扇組のメンバー全員に知らせないと、やはりヤバい」
「あの無能組長一人で何が出来るんですかねぇ……今日中にそこらへんでリーサルゾ」
この日、林が轟扇組を抜けたという報せが一斉に駆け回った。轟扇組内はもちろん、レジスタンスにも、岸田教団にも、この一大情報が流れて来た。
だがそれでも、やはり林は気付かなかった。帰る事も無くオムライスを極めていたから――
史上最大の不良グループ、轟扇組
着々とその崩壊が始まっていた




