7.再び君と踊る日まで
それから三カ月後、マリアは王都の片隅にある小劇場を訪れた。『再び君と踊る日まで』の上演初日だった。
客席の隅、目立たない場所に腰を下ろし、マリアは幕が上がるのを待った。心臓の鼓動が速くなった。自分の書いた物語が、他人の名を借りて、他人の演出のもとで、観客に披露される。これまで何度も経験してきたはずなのに、いつもよりも緊張していた。
幕が上がると、マリアの想像していた以上の舞台が展開された。
リサの演じるミシェルは、まさに完璧だった。舞踏会でピエールと出会い、目を輝かせる仕草。貴族令嬢だと嘘をついてしまったことへの、胸を締め付けるような後ろめたさ。ウィルム男爵から差し出された手切れ金を、怒りに任せて投げ捨てようとしながらも、生活のためにできずに震える指先。リサはミシェルの感情を、繊細に、そして力強く表現していた。
観客はミシェルの葛藤に息を呑み、物語の行方を見守った。そして終幕、ベッドの上で目を覚ましたミシェルの前に、目に涙を溜めたピエールが現れた。その瞬間、客席からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。すすり泣く声と、安堵の声が入り混じった。
劇場を後にする観客は興奮していた。
「さすが、リチャード・パウエルですわね」
「これまでの作風とは少し違ったけれど、これも良かったわ」
「何か心境の変化でもあったのかしら?」
そんな会話があちこちから聞こえてきた。マリアは観客の流れから少し離れた場所で、こみ上げる笑みを堪えながら耳を傾けた。
『再び君と踊る日まで』の評判は翌日には王都中に広がった。噂を聞きつけた貴族や商人たちは、我先にと入場券を求めた。わずか百席の小劇場は連日満席となり、立ち見の客まで列をなした。
その勢いはとどまることを知らず、やがて『再び君と踊る日まで』は大劇場での上演が決定した。リサは大劇場でも主役を引き継ぐことになり、彼女がかねてから望んでいた通りの結果となった。
小劇場での熱狂を土台にした大劇場公演。舞台女優リサ・ミルズの飛躍。そして人気小説家リチャード・パウエルの、劇作家への鮮やかな転身。この三つの要素が絡み合い、『再び君と踊る日まで』は王都の話題をさらった。
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小劇場での上演期間が終わった後、マリアはリチャードの事務所を訪問した。またしても本人は不在で、助手のクララから脚本料を受け取った。手渡された布袋の口を開けると、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。約束通り、脚本料は全額マリアのもとに支払われていた。しかも、これから始まる大劇場での上演を経れば、その額はさらに膨れ上がるという。
「あの……リチャード様は、脚本料を受け取らなくてよろしいのですか?」
目を丸くして尋ねるマリアに、クララは苦笑いを浮かべた。
「構わないんです。『再び君と踊る日まで』のおかげで、リチャードの小説の売上が随分と伸びましたから」
演劇の評判が本業である小説の宣伝になり、著しい増収をもたらしたのだという。本業で十分すぎるほどの利益を得たのだから、脚本料はすべてマリアが受け取るべきだ――それがリチャードの意向だと、クララは付け加えた。
マリアは金貨の詰まった袋の重みを手に感じながら、静かに頭を下げた。名前を出さなくても、正当な対価を受け取れた。それは、ジョバンニの事務所にいた頃には決して得られなかったものだった。
「これ、新しい脚本の原稿です」
マリアは鞄から書き上げたばかりの新作原稿を取り出し、クララに手渡した。次の物語もまた、リチャード・パウエルの名で世に送り出すことになっていた。
「今回はどんな話か楽しみです」
クララは目を輝かせて、マリアに丁寧に礼を言った。
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その夜、マリアが実家の酒場でいつも通り店番をしていると、扉を開けてエリック・クラークが入ってきた。
「順調かい?」
弾むように尋ねてくるエリックに、マリアは頬を緩めた。
「まあまあね。あなたは?」
マリアはこの数カ月の充実感を噛みしめていた。偽名の陰に隠れたままだけど、自分の物語が観客の心を動かした。その事実だけで、十分だった。
エリックはカウンターの端の席に腰を下ろし、いつものように近況を語り始めた。マリアはグラスを磨きながら、その話に耳を傾けた。
店の外には、王都の夜の街が今日も静かに灯りを灯していた。




