3.劇作家ジョバンニ・ラット
ジョバンニ事務所では、ジョバンニとイザベラの口論の声が響いていた。
「これのどこが駄目だって言うんですか! 誰も見たことのない構成なんですよ!」
「観客が置き去りだと言っているんだ! お前は自分の技巧に酔っているだけだ!」
ジョバンニは机に肘をつき、こめかみを押さえた。この一カ月、こうした口論が事務所の日課になっていた。
イザベラの脚本は悪くなかった。台詞の切れ味も、場面の斬新さも申し分なかった。だが観客の反応は芳しくなかった。批評家は「技術に溺れている」と評し、劇場の客足は目に見えて落ちていた。
扉を叩きつけて出ていくイザベラの足音を聞きながら、ジョバンニは深いため息をついた。
「マリアを引き留めていれば」
ジョバンニは首を左右に振った。その考えが浮かぶたびに、打ち消そうとした。
マリアの書く脚本には、イザベラのような奇抜さはなかった。だが観客の心を静かに、確実に掴む何かがあった。それを、飽きられる前の兆候だと軽んじたのはジョバンニだった。イザベラはマリアよりも優れていると思っていた。
新しい才能を探さなければならない。もう何十年も、ジョバンニはそうやって生きてきた。
ジョバンニには、劇作家としての才能がなかった。
そのことを、ジョバンニ自身が誰よりもよく知っていた。ジョバンニが書いた脚本はどれも凡庸で、興行主に見向きもされなかった。
劇作家として駆け出しの頃、金もなく、行くあてもなかったジョバンニは、ソフィー・ワイスの家に転がり込んだ。
ソフィーは町の雑貨店で働く、真面目でおとなしい娘だった。「君を愛している」と囁くと、ソフィーはジョバンニを家に住まわせ、少ない給金からジョバンニの食費まで工面してくれた。
ある夜、ジョバンニが酒場の給仕の仕事から帰ると、ソフィーが机の上の書きかけの原稿を読んでいた。ジョバンニが咎めようとすると、ソフィーは静かに言った。
「この場面と、こっちの場面を入れ替えたら、もっと良くなると思うの」
半信半疑で直してみると、驚くほど脚本の構成が良くなった。その原稿を劇場に持っていくと、採用された。初めての舞台だった。
それから、ジョバンニは原稿をソフィーに読ませるようになった。ソフィーの助言は的確で、ジョバンニが修正に困っていると、ソフィーが代わりに書き上げることもあった。ソフィーが書き直した脚本は、どれも評判だった。
劇作家ジョバンニ・ラットの名声は、ソフィーが築いたものだった。
ソフィーの脚本の評判が落ちた頃、ジョバンニは事務所を構え、若い女性助手を雇い入れた。ソフィーの才能が枯れる時期は必ず来る。ジョバンニは第二のソフィーを探していた。
優れた原石を見つけると、ジョバンニは「君を愛している」と囁き、その才能を吸い上げた。そして輝きが陰れば別の原石に乗り換えた。
こうして、ジョバンニは劇作家としての地位を守り続けてきた。
ソフィーのことは、とうに忘れた。他の助手のことも覚えていなかった。
マリアもまた、ジョバンニが才能を利用した助手の一人だった。だが振り返れば、マリアの脚本を使っていた期間は、どの助手よりも長かった。マリアの書く脚本には、観客を飽きさせない何かがあった。それを見誤り、イザベラの奇抜さに目を眩まされた。それが、ジョバンニの犯した最大の過ちだった。
イザベラの才能は本物だ。だが観客が求めているのは、目新しい物語ではない。ジョバンニはようやく、そのことに気づいた。
窓の外はすでに暗くなっていた。事務所には、丸められた原稿用紙が散乱していた。イザベラが書き殴って破り捨てた残骸だった。
ジョバンニは机の引き出しを開けた。中から取り出したのは、マリアが提出した古い脚本の写し。読み返すと、その完成度の高さに舌打ちが出た。
――マリアに頭を下げれば戻ってくるだろうか?
ジョバンニは苦笑いした。虫が良すぎる。それに、あのときはマリアの作品を正しく評価できていなかった。今さら詫びたところで、失った信頼は戻ってこない。
――次の原石を探すしかない。
王都には、才能を持った若い娘が大勢いる。演劇学校の公演、小劇団の朗読会、そういった場所に足を運べば、いずれ次の獲物が見つかるだろう。
イザベラとの関係は長くは続かない。イザベラの才能が枯れるか、ジョバンニが次の原石を見つけるか。イザベラもいずれ、他の助手と同じ道を辿ることになる。
ジョバンニは引き出しを閉め、椅子から立ち上がった。事務所の扉を開けると、冷たい夜風が吹き込んできた。街の灯りが、遠くでぼやっと瞬いていた。
今夜もまた、新しい劇場を訪ねる。誰にも知られていない才能を探し、「君を愛している」と囁くために。
それが、劇作家ジョバンニ・ラットの仕事だ。
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