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Series4 とんかつ屋揚太ロー

「日本人の体は米で出来ている。」

母方の実家が米農家で、小学六年生の頃遊びに行った際、祖父にそう言われた。

京都で生まれ育った私には、身近に京料理というものがあり、高校卒業後すぐ、祇園の先斗町にある小料理屋に修行として入った。

19歳で修業に入り、20年黙々と修行を重ね、調理師免許を取得し、働いてきた。

京都の小料理屋でも調理場が戦場に化す時は、怒号が飛び交う。

「今それの準備やるのはええと思ってるん?」

「いつまで盛り付けしてるん?」

「ちゃんと次の作業考えて動いてるん?」

「自分だけで作ってる思うてる?」

そういう嫌味が飛び交う調理場で、20年戦ってきた。

そんな私にも我慢の限界というものがあったようで、ある日、新人の調理師が古株に、

「何考えてたらそんなことになるん?教えてもらえると思てたん?自分が出来ることしかやらへんのは怠慢やで?」

とねちねち詰め寄る姿を見た時、自分の修行時代と重なり、ついに感情を溜め込んでいた心の中の大きな壺が音を立てて割れた。

「お前そんなねちねち言うてる暇あったら、きちんと教えたれや。お前が教育係やろ。それで来てない時点でお前の方が職務怠慢じゃボケ。」

自分自身がそんなに大きな声を出せるだなんて初めて知った日だった。

私の言葉に帰ってきたのは、古株の平手打ちで、そこからは乱闘騒ぎになり、後日謝罪をするか、この店を止めるかと問われた。

私は迷わず退店を選び、割烹着に刺身包丁を巻いて、手に取り店を後にした。

 それから京都を離れる決意をし、天下の台所大阪ではなく、東京の料理店を探した。

20年勤めたおかげで有給が20年分あったため、職探し中も給与には困らなかった。

そして調理師免許取得した京都の小料理屋20年勤務という肩書きは、調理師において引く手数多な肩書きのようで求人を探すことに苦はなかった。

実際1週間東京に来て様々な料理店の面接を受けたが、バックヤードにまで聞こえてくる怒号や、悪態が耳にこびりつき、ほとんどの店を辞退した。

19歳から料理しかしてこなかったから、仕事の選択肢が調理師しかない。調理に特化しすぎて他の選択肢が見い出せないのだ。

どうしようかと5日目の夜ホテルで求人情報を検索していたら、ふと一つの求人が目に留まった。

「とんかつ屋揚太ロー求人情報、正社員募集・24時間稼働のお店・シフト自由・制服支給有・清潔保持・一人でコツコツ作業することが好きな方、向いています」

調理作業で、一人向けとは一体…。そう考え気が付くと、求人応募をクリックしており、話がトントン拍子に進んで翌日の午後6時に面接となった。

 面接は店舗で行うとのことで詳細な住所を教えてもらったが、どうやらビルの2階に入っているようだった。

京都から持ってきたスーツを着て、ホテルを出て、3分毎に列車がやってくる山手線に乗り、高田馬場駅で降りる。

そこから歩いていくと、レンタルオフィスなどが入った少し大きなビルディングが目の前に佇んでいた。

面接会場は調理場と別にある休憩室で行われた。調理場を横目に歩き、休憩室へ入り、履歴書を渡す。

面接は淡々と行われ、調理経験の話や、京都の小料理屋についての話をした。

そして、オーナーから説明された店舗の情報が私には初めてすぎて驚くばかりだった。

 まず東京では、宅配デリバリーが盛んなこと。そしてその為だけに存在するショップがあり、実店舗は持たないお店の為ゴーストショップと呼ばれているということ。ここはその為の調理場で、とんかつ屋の他に、クレープ屋やタピオカ屋、韓国料理屋の3つも併設されていること。

更にこのビルは元々調理師専門学校だったこともあり設備が充実しており尚且つ衛生管理を徹底して行っている為、食品衛生の観念から見てもクリーンな職場であることを教えてもらった。

確かにスタッフの手際を見る限り、手袋の交換頻度や生ごみの処理方法、食洗器等衛生管理がしっかりと徹底されていることが見てとれた。

そしてスタッフがみな黙々と作業しており、話を聞くと

「うちは色んな事情のスタッフがいますから。人に顔を晒したくない人や苦学生や日本語がまだ不自由な留学生等ね。みんな離さず黙々と作業しているものですよ。」

と教えてもらった。

京都に帰って2日後、内定の連絡がきた。

私は即座に内定承諾の連絡をし、荷物をまとめて京都から東京へと引っ越した。

 それから3年、今も変わらずとんかつ屋揚太ローに勤めている。

京都と東京の違いは、地下鉄やバスが豊富でどこにでも移動しやすい。更に京都と同じほどの観光客の量とそれ以上の人口密度で、人がいない通りを探す方が難しいほど、街が人で溢れている。

最近は物価高で、田舎と比べると息をするだけでも金がかかると感じるほどだ。

物件も一坪当たりが関西の倍額程するため、3年経った今でも自分の店を出すという目標は叶っていない。

今の店舗、いやこのゴーストショップは本当に環境も居心地も良い。

それぞれの店舗ごとにピークタイムがあるが、誰も声を荒げることはない。

ただやるべきことを淡々と行い、必要な意思疎通を行う。

週替わりで勤務形態が変わり、朝番、昼番、深夜勤務の3つを交代して働いている。

ただ、本当にこれでいいのかと悩む時がある。

この仕事では誰に私の料理が届いているかが分からない。売上やリピート数、五つ星の評価の中でしかやりがいを見出だせないのだ。

今作ったこの料理が本当に誰かを幸せにしているのかそう思い悩むことも増えていた。しかし、そうは言っても仕事は止まらない。 

 今日は、深夜勤務の日でもう一人は中国から語学留学性でやってきたラン・リーさんだ。

彼女は勤務態度もよく、一生懸命に覚えたての日本語で配達スタッフさんともコミュニケーションを取ってくれる。

とんかつ屋揚太ローのピークタイムは19時から21時までとなり、昼勤スタッフと交代してすぐにピークタイムの忙しさとなる。

さぁ、仕事が始まる時間だ。


「私の夢」

私の夢は、日本と中国の架け橋になること。

私は生まれも育ちも血筋も中華人民共和国の人間だ。

2人姉妹の妹に生まれて、18年中華人民共和国で生きてきた。

そんな私に10歳の頃、夢が出来た。

きっかけは両親が連れて行ってくれた海外旅行で日本に訪れたこと。

新鮮な鮮魚や緑豊かな野菜たち。美しい街並みに暖かい人々。

私は日本に一目惚れした。

祖母は私に言った。

「日本は悪い国だ。我が国こそが一番安全なのだ。」

それでも私は自分を曲げなかった。

大学の交換留学制度を使い、日本に来て同時に語学学校にも通っている。

そして、日本語の勉強と生活費を稼ぐために深夜は日本の料理を作るバイトをしている。

他のバイトも試してみたが、1番心地いいのがこの職場で、全て辞めてこのバイトに専念した。

理由は幾つかある。

まずは、ここで働く人々は日本人だけではないこと。語学学校に通う韓国人や、日本人とフィリピン人のハーフの人がいて、私だけが外国人なわけじゃない。

そして次に、みんながとても優しく、聞き取りやすい日本語でサポートしてくれること。間違えても優しく教えてくれる為、日本語のインプットとアウトプットがスムーズに出来る。

そして最後に深夜勤務が可能なこと。学校のない時間に働ける為、学校との両立が可能であることが一番の理由だ。


 20時にタイムカードを押し、調理場に入る。

既に揚げ場に烏丸さんが入っていて、私は元気よく

「おはようございます」

と声をかけた。

烏丸さんもいつもの優しい顔で、

「おはよう」

と返事をしてくれたので、私はいつも通り大きな炊飯器に向かった。

炊飯器は全部で3台あり、米の残り具合を確認していく。

私の働くとんかつ屋さんは、丼か単品か選べる為、その日によって米の減り具合が変わる。

今日は丼の人が多いみたいで炊飯器ひとつが空になっていた。

手指消毒をして手袋をし、大きな釜を持ち上げて洗い場で優しく洗っていく。

次に30合の無洗米を入れ、水を加えてスイッチを押す。

「リーさん、盛り付け入ってー」

烏丸さんの声で振り返り、調理場に戻ると、オーダー表が「チーズとんかつ丼 大盛り」「ヒレとんかつ丼 並 味噌汁セット」「ロースとんかつ丼 特盛 豚汁セット」と並んでいた。

私は手袋を変えて器を3種類と、味噌汁用容器を2つセットした。

まずは測りに器を乗せ、大盛り、並、特盛のご飯を詰めていく。

そして次に味噌汁、豚汁を容器に入れて蓋をする。

「チーズ!」

烏丸さんの言葉でチーズとんかつ用の大盛り容器を回し、チーズとんかつ丼として戻ってきた容器に蓋をして、配送ルートを確保する。

次のヒレとんかつ容器もさっと烏丸の方へ渡し、チーズとんかつ丼をカトラリーと一緒に袋に入れて、オーダーレシートを袋の外側に貼り付け、配送用カートに乗せる。

また戻ってきたヒレかつ丼と味噌汁をセットにして袋に包み、配送ルートの確保とオーダーレシートの貼り付けを行い、配送用カートに乗せる。

20時から21時までは忙しく、せっせと動き、配送スタッフさんへと渡していく。

「ドリームeat配送でーす。とんかつ揚太ローさんチーズとんかつ丼のオーダー取りに来ましたー。」

配送スタッフさんははっきり聞き取りやすい言葉で話してくれる人もいれば、小声で聞き取りにくい人もいて、そういう場合は、烏丸さんが大体どのメニューなのかを教えてくれる為、私はテキパキと商品を手渡していく。

 

「リーさん、そろそろ休憩回そうか。」

烏丸さんの声がしてふと時刻を見ると既に22時を回っており、目まぐるしいピークタイムをすでに過ぎていたようだった。

「はい。」

私がそう頷くと先に休憩に入るよう促された。

休憩室の横にある仮眠室に入り、手前側のベッドに横になりカーテンを締める。

私の夢は大学を卒業して、日本にある中華人民共和国の大使館または、通訳として日本と中華人民共和国の架け橋になること。

そのための努力は、惜しまない。

今の平均睡眠時間がたとえ3時間だとしても、やってみせる。

not Japanese Dream.

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