Series3 김밥 맛집(キンパマッチ)
日本語に訳すとキンパの美味しいお店となる。
私が週に2回働いているゴーストショップの店名だ。
このお店は実店舗を持たないお店で、配達サービス専用のお店である。
メニューはツナマヨキンパ、野菜キンパ、プルコギキンパ、3種のチーズキンパ、チャンジャキンパの5種類やヤンニョムチキン等、主にキンパを取り扱うお店である。
調理場は二手に分かれており、チキンを上げる揚場と、キンパを作る調理場の2つだ。
私の本職は保育士で、普段は週5日間子供たちを相手に仕事をしている。中でも週に2回は夜間保育の担当が回ってきて、通常の9時から17時までの勤務に加えて17時から19時まで延長で子供たちを預かることになる。
基本は19時までで30分でその日あったことなどの日誌を書くのだが、日によっては仕事の都合で遅れる方も多く、大体は19時30分まで、対応することもある。
それでも笑顔で「おかえりなさい。お疲れ様です」を言うことが私の仕事だ。
そしてその日に合わせて夜間のバイトを入れている。
本当はバイト禁止であるが、正直首都東京で暮らし働いていると、保育士の給与では生活が厳しい。
セキュリティがしっかりしたマンションで2階以上、室内洗濯機置場あり、尚且つ治安のいい地区の物価は総じて家賃が高い。さらに日々の生活費に加え、保育学科時代の奨学金の返済もあり、バイトで賄わなければ、貯金もままならないどころかマイナスになってしまう。
その為、夜のバイトを探したところヒットしたのがこのアルバイトだった。
「制服あり・ピアスネイルOK・夜勤・人と接することのない飲食店スタッフ」
という触れ込みに少し怪しさを感じながらも受けた面接で、ゴーストショップという存在を知り、元調理師専門学校の一室を使用して、清掃消毒を徹底していると聞いたときには既に好印象で、ここで働きたいとの気持ちで懸命に自己アピールした時間が懐かしい。
「田村さん、お疲れ様です」
いつものように更衣室でエプロン姿に着替え、調理場に向かうと既に出勤を済ませていた同僚の飛田くんに挨拶される。
「おはよう飛田くん」
私も同じように挨拶をし、タイムカードを押す。飛田くんは私より5歳若いフリーターさんだ。
いつも私より少し先に入っていて、いつも清掃を行ってくれている。
「今日も早くからありがとね」
私が横に立ちそういうと、飛田君は少し小声で、
「昼番の人の清掃が雑なんですよね」
と打ち明けてくれた。
「人によって結構変わるよね」
と共感しながらいつもの定位置に立ち、オーダーの確認をする。
この店のピークタイムは20時から22時の2時間だ。 今のところオーダーは溜まっていないので、お米の確認と在庫チェックを行っていく。
「田村さん、ヘルプっす」
在庫チェックを初めて15分経った頃、飛田くんから声がかかった。
「はーい。」
私は軽快に返事をして、調理場に戻り手洗い消毒を済ませて、ビニール手袋を装着した。
オーダー表を見るとチーズキンパやツナマヨキンパ、一番人気のプルコギキンパが並んでいた。
「今チーズやってます」
飛田くんがテキパキと手を動かしながらそう言う。
「プルコギの方が時間かかるしそっちやっちゃうね」
飛田くんと連携を取りながらオーダーをこなしていく。
プルコギを炒めながら、ご飯と韓国のりをす巻きの上に乗せる。
時間が余ったので、ツナマヨキンパ用のご飯と韓国のりも準備する。
「ツナマヨ準備済みだよー」
声掛けも忘れず行い、プルコギを仕上げていく。
優しくす巻を使用して具沢山なキンパを作っていくお米を潰さない程度にぎゅっと巻き、プルコギキンパが完成。
調理台に簡易まな板を置き等間隔に切ってパックに詰める。
その横に置いていたす巻に冷蔵庫からツナマヨを取りだし あらかじめ切ってあったきゅうりの薄切りと合わせて巻いていく。
ツナマヨキンパも等間隔に切り、 パックに詰めてプルコギキンパとツナマヨキンパにそれぞれレシートを貼り、配送ルートを確保して配送用ケースに入れておく。
配送スタッフが決まり、ここに到着するとタブレットの呼び鈴が鳴るため、それをテキパキと注文通りに渡していく。
飛田くんは今1番人気なヤンニョムチキンとハニーマスタードチキンを延々と作り続けているため、飛田くんが作ってくれていたチーズキンパの手配も済ませ、
「一旦洗い物入るね。チーズの配送もしておいたから」
と声をかけ様々な器具が乱雑に置かれている調理台の器具を桶で一気に食洗機まで運び、それぞれを必要な場所に入れて回していく。
その間に既に乾いていた調理器具を調理台に戻し、再び溜まっていくオーダーとの格闘が始まる。
ピークタイムを乗り越えたらそれぞれ交代で休憩に入る。今日は私が先に休憩だ。
飛田くんに軽く挨拶をして仮眠室に直行する。明日も朝から園児の対応をしなければならない。隙間で寝れる時に寝ておかねば。
そう考え、重い瞼を閉じた。
時刻は22時30分。
今はピークタイムを過ぎて休憩時間を回している頃。
田村さんが休憩に入り、ゆったりとした時間に在庫チェックをしていく。
注文のタブレットを様子見しながら、冷蔵庫の中をチェックし、不足分を確認している最中、忙しそうな向かい側のとんかつ屋さんを見る。
まだピークタイム中のとんかつ屋さんは洗い物が溜まっているように見えた。
「これまとめて食洗器入れましょうか?」
僕がスタッフさんにそう問うとスタッフさんがさっと顔を上げ、
「飛田くん、いいの?」
と手を動かしながら問いかけられたので、手袋を変え、
「うちはピークすぎたので大丈夫です。任せてください。」
ボウルやザル等の器具をまとめて食洗器に入れ、スタートボタンを押す。
「ピロンッ」
とタブレットが鳴る。注文受注の音だ。
プルコギキンパとヤンニョムチキンのオーダーが入った。
少し長めの調理時間を設けている為、まずはヤンニョムチキンを準備しながら、す巻きにご飯を乗せる。
チキンを揚げている隣で、プルコギを炒め、冷ましておく。
ヤンニョムチキンを作り終えると、す巻きにプルコギ乗せ、丁寧に巻いていく。
少し時間を置くため、す巻きにクリップを挟み、手袋を変えて食洗器に向かい、洗い上がった調理器具をとんかつ屋さんの方へそっと戻し、再び自分の調理場に戻り、商品をパックに詰めて配達ルートを確保する。
各調理場においてピーク時間は異なるため、たまに助け合いも必要になってくる。
そうすることで調理場の空気が良好に保たれる。
僕の実家は先々代から中華料理店を営んでおり、跡を継ぐことを期待されていたが、僕は勉強が嫌いで、高校卒業後に就職も進学もせず、ふらふらとバイトを変えて飲食店のアルバイトで生きてきた。
他の調理の仕事をしたこともあったが、何処の調理場も繁忙時間になると罵倒が飛び交いキッチンが殺伐としていた。
「ぐず、さっさと仕上げろよ」
「お前が遅いから、料理覚めただろうがバカ」
そんな言葉が飛び交うキッチンが苦手で、飲食店を転々とし、あれこれバイトを変えた結果、たどり着いたのがこのゴーストショップだった。
このお店は実態を持たない飲食店で、バイトの求人には、「髪色自由・制服あり・夜勤勤務急募」と書かれていた。
最初は胡散臭さも感じたが、昨今衛生管理も危ういゴーストショップが多い中、この店舗は元調理師専門学校の建物だったということもあり、消毒と清掃が徹底されており、調理ごとに手袋を変える決まりなど、衛生管理がしっかりしているという点を気に入り、その時急募していた夜勤スタッフで面接を突破した。
調理師免許を取るには2種類の取得方法がある。
一番多いのは専門学校へ通い、国家試験である調理師免許を取得すること。
もう一つは飲食店に週4回、1日6時間以上の調理実績を2年続けることで調理師試験を受けることが出来る。
僕は実家暮らしでアルバイトをしながら、調理師試験を受けることとした。
「休憩お先に頂きました」
田村さんが目をこすりながら仮眠室から起きてきた。
「お帰りなさい、田村さん。今のとこオーダーゼロです。半分ほど在庫チェックは済んでいます。交代で休憩いただきます。何かあったら起こしてください。」
僕は在庫チェック用のタブレットを田村さんに手渡し、交代で仮眠室へと向かった。
手前のベッドには既にカーテンがかけられていて先約がいる。
さらに奥へと進み、もう一つの簡易ベッドの前にある荷物置き場にエプロンをさっと畳んで置き、ベッドに寝転んだ。
現時点で時刻は24時、一時間仮眠するにはちょうどいい時間だ、そう思い枕元にあるタイマーを60分にセットして、布団に深く倒れこんだ。
「ピピピピッ」
アラームの音で目が覚め、とりあえずアラームをワンギリで止め、エプロンをつけながら手洗い場で軽く髪の毛を整える。
時刻はすでに24時30分。
そそくさとエプロンを付け直し、手洗いと手指消毒を済ませ、ビニール手袋をつけながら、田村さんへ挨拶する。
「休憩ありがとうございました。」
「お帰りなさい、飛田くん。今日は木曜日で自分へのご褒美でデリバリーする人もいないみたいで、ずっと凪だったよ。」
今遭ったような笑顔で田村さんにそう言われ、
「今日の売上目標は未達になりそうですね。」
と苦笑いで言う。
前に小耳にはさんだがこの田村さんは保育士だが奨学金の返済の為、深夜バイトをしていると聞いた。
その他にも、まだ日本語が達者じゃない留学生や、外見差別されて行く当てがなかった方など、特に夜勤スタッフには三々五々様々な理由から、このゴーストキッチンを選んだ人達が多い。
僕はまだ19歳で社会にまともに出た経験もない。
年金支払いもまだ先で、実家住みのフリーターだ。父親の扶養に入っているし、調理師免許だって是が非でも勝ち取りたい夢ではない。
何になりたいか、何になるべきか。そんなことも考えないまま、ぼーっと生きている。
だからこそこの職場は僕にとってはとても魅力的だ。
人生の酸いも甘いも嚙み分けた人々や、日本に夢を持って訪れた人達と働くことで、僕が僕の未来を考えるきっかけになった。
嗚呼、今日も太陽が昇ってきた。




