第十三話
烏の鳴く山
(時空の瓦解・異界の証明)
漂流者の錯覚
武庫川源流の湿地、丹波篠山と三田の境界に横たわる、湿地帯。
半ば泥に沈んだ輸送機の機影は、乳白色の濃霧に洗われながら、まるで打ち捨てられた巨大なクジラの死骸のように不気味に佇んでいた。
周囲を展開する隊員たちは、小銃を抱えたまま、冷たい草むらに身を潜めている。
誰もが極限まで疲弊し、神経をすり減らしていた。
彼らの指揮を執る真一は、泥まみれのコンバットブーツを見つめながら、携帯型の端末を何度も操作していた。
液晶の画面は空しく明滅しているが、アンテナのマークは一本も立たない。
GPSの同期を示すインジケーターは、異常な赤色を発して明滅を繰り返している。
「……通信、やはり駄目か」
真一の傍らで、通信兵が力なく首を振った。
「衛星回線だけじゃありません。超短波も、あらゆる暗号通信も、完全にノイズすら拾わないんです。まるで、この世界に電波を放つ機械が、僕たちの持っているもの以外に『最初から存在しない』みたいに……」
「馬鹿を言うな」
真一は乾いた声でそれを退けた。
「通信妨害だ。強力な電磁パルス(EMP)か、あるいは特殊な軍事演習の区域に迷い込んだと考えるのが妥当だ。」
真一は、己の冷徹な知性と軍事ロジックに縋り付いていた。そうしなければ、この状況に精神が耐えられなかったからだ。
コンクリートの護岸が消え失せた武庫川の生々しい泥、見たこともないほど巨大な原生林、そして夜空を覆う、都心の光害に一切汚されていない狂おしいほどの星群。それらすべてを「未知のゲリラ組織の隠れ里」という狭い仮説の中に押し込めようと、彼は必死だった。
遠くからガサガサと音が響く。
真琴は、呆然と笛を唇から離した。
自分でも、なぜあんなに美しい音が吹けたのか、なぜ初めて触れた笛の指穴の位置が分かったのか、まったく理解できていなかった。ただ、胸の奥がじんわりと熱く、涙が出そうなほどに切ない余韻だけが残っている。
「真琴、もういい、笛をしまえ。……来るぞ」




