第十話
鞍馬での別れから奥州への旅立ち、兄・頼朝との黄瀬川での劇的な対面。
そして、戦功を挙げながらもすれ違っていく兄弟。
烏の鳴く山(再会、そして不穏な進軍)(承安四年〜寿永三年)
東国からの風、空からの再会
承安四年(一一七四年)。鞍馬の山で「神使の禁忌」ゆえに悲しい別れを迎えた二人だったが、運命の糸は完全に切れてはいなかった。
十六歳で山を出奔した遮那王は、奥州平泉の藤原秀衡の元へと身を寄せ、美しくも獰猛な若武者へと成長を遂げた。そして治承四年(一一八〇年)、兄・源頼朝の挙兵を知るやいなや、黄瀬川(静岡県)へと駆けつけ、涙の対面を果たす。
しかし、そこは八咫烏の支配領分を超えた「東国」であった。をとごろすは長老の命に従い、境界線を越えられぬまま、西南の空からただ祈るように相棒の無事を願うしかなかった。
そして、時は流れて寿永三年(一一八四年)の初頭。
木曾義仲を討つため、義経の軍勢はついに西国、すなわち…をとごろす…の飛べる「西南の領域」へと入ってきた。
「……あれは」
近江国・近辺の平野をゆく、旅姿の義経の一団。
その遙か上空を、一羽の大きな黒い影が大きく旋回していた。
をとごろすであった。
(あ、遮那や……。大きくなって……。鎌倉のお兄ちゃんに会えて、嬉しかったんかな……)
をとごろすは、雲の合間から懐かしい相棒の姿を見つめていた。かつての華奢な少年は、今や堂々たる源氏の将の佇まいを見せている。
しかし、その背負う宿命の影は、八年前よりも一段と濃く、重くなっていることを、神使の目は見抜いていた。
義経もまた、ふと足を止め、馬上で近江の広い空を見上げた。目線は交わらなくとも、風の鳴り方で、義経には分かっていた。
「待たせたな、をとごろす。俺は戻ってきたぞ」
呟く声は、すぐに行軍の足音にかき消されたが、その想いは確かに上空の相棒へと届いていた。
京都の宿営、夜の対面
都の治安を悪化させ、略奪を繰り返し、後白河法皇を幽閉するに至った木曾義仲の暴挙を堪りかねた、義経は討伐の法皇の命(院宣)を受けた。
その夜、都に宿営を張った義経の本陣。
戦の喧騒が静まり返った深夜、義経は一人、天幕の中で懐の笛を見つめていた。
――トサッ。
天幕の入り口の隙間から、月光と共に、ひとつの大きな影が滑り込んできた。
「……をとごろす」
義経が顔を上げる。
そこにいたのは、漆黒の美しい羽毛をまとった、見違えるほどに立派になった大烏だった。
三本の足でしっかりと畳を掴んでいる。しかし、その首の傾げ方、そして義経を見る瞳の優しさは、あの鞍馬の山の頃のままだった。
「……遮那。めちゃくちゃ、大きくなったなぁ」
クチバシから漏れたのは、懐かしいあの奈良訛りの声だった。
「お前こそ、大層立派な烏になったな。もう杉の枝に激突して転がることはないか?」
義経が、何年ぶりか分からないほどの、心からの笑みを浮かべる。
「何言うてんねん、うちはもう、風を自由に操れる本物の神使やで! ……でも、お前、ちょっと痩せたか? ちゃんと山の幸、食べてへんのちゃう?」
「山の幸など、戦場にはないからな」
義経は苦笑し、そっと手を差し出した。
をとごろすは、一瞬、長老の「人間に深く関わるな」という警告を思い出し、躊躇した。
しかし、目の前の義経の、孤独を隠した瞳を見て、耐えきれずにその掌の上へと三本の足を乗せた。
「お互い、大きくなったな……」
義経はをとごろすの頭をそっと撫でた。羽毛は硬く、しかし内側にはあの雪の夜と同じ、温かい体温があった。
だが、この再会の喜びの裏で、悲劇の足音は着実に近づいていた。
義経自身は、ただ法皇の命令を果たし、源氏の威信を保つために武将として淡々と戦うに過ぎない。




