丹生都姫、全てを語るの事(その二)
「丹生都姫……かぐや姫の説明に、一同みな息を飲んで声を潜め、今彼女が言った言葉の意味を反芻した。
「たとえその肉体が滅びようと、その人の得た知識や経験が、何より『自我』が半永久的に保存できるのであれば、それはある意味で『不死』である……と、古代の研究者たちの中にはそう考える者も多かったのです。そして彼らは一人、また一人と『私』の中に己の人生を、思い出を書き写していった。そうして私の中には歴代の研究者たちの蓄積した知識と秘術が蓄積されていったのです」
「…………」
金平は何も言葉が出ずに沈黙する。目の前にいる少女は、一人の人間ではなく、過去数百年、数千年に渡って生を受け、死んでいった数多の人間の全人生が刻まれているのだという。
だとしたら、この子はいったい……誰なのだろう?
「姫……あなたの中に、これまでに『不老不死の仙薬』を求めて挑んできた人々のすべての記憶と研究成果が記録されている、と?……そうか、『徐福』とは一人の人間を表す名前ではなく、不老不死の研究と開発を続けた人々そのものを指す言葉だったのか!その一族の集大成こそが、あなただと?ゆえに、あなたこそが……徐福!?」
影道仙の言葉に、姫はやはり静かに頷いた。
「ええ、徐福という人物は確かに実在しました。ですが、徐福以前にも不老不死を求めてその研究に勤しんだ人々はいたのです。何百年、何千年という月日の中で。その全ての記憶と経験が私には記録されている」
「なるほど。つまり『彼方』で行なっている事と同じ事を現世で再現しておったというわけだな、月の姫よ」
突然話に割って入ってきた頼義はその青白い目を輝かせながらかぐや姫に迫った。
「ちょっ!?テメエなに戻ってきてやがんだコラ!?もう『道』は開いたんだから『彼方』でもどこにでも消えやがれコラ!」
いきなり前触れもなく登場した「八幡神」に、金平が本気で殴りかかる。「八幡神」はそんな金平の拳をヒラリヒラリと華麗にかわしながら平然としている。
「なに、頼義を通じて話を聞いておるに、どうやらまだ『私』にやってもらいたい事があるように見受けられるのでな。そうであろう、かぐや姫よ?」
「八幡神」の言葉に一瞬かぐや姫は目を伏せる。
「私は……待っておりました。長い、長い間、この時を。私を月に送り返してくださるあなた様の現れるのを」
「!?」
金平が思わずかぐや姫の方へ向き直った。
「そもそもなぜこの者がお前に反応して目を覚ましたのか、という事よ。別にお前が良い男だったから惚れて目覚めたわけではないぞ」
「わかっとるわンなこたあ!だからどういうことなんだよ!?」
「この者はな、お前に纏わり付いておる『私』との縁に反応したのよ。『私』だけがこの者の『願い』を叶えることができる、という理由でな」
「願い……?」
「かぐや姫よ、そなたは人間の記憶と経験を記録し続けている生きた『彼方』であるというが、はたして何人その中にいる?百か?千か?」
「…………」
「『彼方』のような異空間ならいざ知らず、物理的法則に縛られる『物質』に過ぎぬお主では記録できる容量に限りがあるのであろう?つまり、空海がお主を眠らせたのはそういう理由か」
「……はい、おっしゃる通りです。私の『記録媒体』としての容量は、もうすでに限界に達しています。これ以上、不老不死の記録を書き足すことはもうできないのです」
「なんと!?なるほど、ストレージがいっぱいになっていて新しくアプリケーションをインストールできない状態になっているということですね!?そうでなくても『丹生都姫』は生きているだけで体内の『金丹』を消費してしまう。このままいけばいずれ姫さまと共にその記録全てが消え去ってしまうと」
「陰陽師、お前の言葉は時代を突き抜けすぎていて我々にはさっぱり意味がわからん。だがまあ、そういう事だ。だからこの者は待っておったのだよ、己が記録しているこの情報の全てを他所に書き写す方法を知っている者の登場を」
「!?ああ、もしかして『彼方』へ……ハチマンさまのお力を通してにぃちゃんの中に書き込まれている情報を異空間のアカシック・レコードへ移してバックアップを取ろうと、そういう事ですね!」
「だからお前の説明はわからんって。要するに、姫は『私』に『月の使者』の役割を演じてほしいと、そう言っておるのだ」
「月の使者って、なんだよ!?」
会話から置いてけぼりにされた金平が半分怒りながら聞いた。
「お前は『竹取物語』も読んだことがないのか?最後にかぐや姫はどうなった?月からのお迎えと共に月へ帰って行ったろう?それと同じ事をしてほしいという事よ。つまり……」
「八幡神」がかぐや姫を見ながら言った。
「姫を『彼方』へお送りするという事だ」
「な……!?」
金平が驚いてにぃを見る。彼女は少し悲しげな表情で目を伏せているままである。
「これ以上この者を地上に止まらせていても、不老不死の研究が発展することはもうない。それにな、人間には不死の境地に至るにはまだ早すぎる、とも『私』は思う。この娘がこの世におる限り、不死を求める第二第三の始皇帝たちがこの娘を巡って醜い争いを続けていくことだろうて」
「ざけんな!だからって、だからってコイツを生きたまま天上の世界へ送り込むなんて、そんな、そんな……!」
金平の叫び声に反応して、それまで棒立ちになっていた悪路王が反応を示した。かぐや姫に危害を加えると思い違いをしたのか、巨人は姫を守りながら金平に向かってあからさまな敵意でもって向き合う。
「どけ、デカブツ!!テメエはそもそもなんなんだ!?にぃに向かって火を吐いたかと思いきや、今はこうしてコイツを守ろうとして身構えやがる、テメエは……」
「やめて、父さま!この子を、ケートゥを傷つけないで!!」
金平の言葉を遮るようににぃが叫ぶ。その言葉に、金平のみならずその場にいた全員が耳を疑って硬直した。
「ケートゥ、ですと……!?」
影道仙が信じられぬと言った表情でにぃを見つめる。
「はい、この子は私の半身。遠き古に私と別れたもう一人の私……私の醜い欲望の全てを引き受けてくれた優しい子。この子は私を迎えに来てくれただけなの、どうかこの子を……」
にぃが……かぐや姫がぽろぽろと涙をこぼしながら巨人の腕にすがりつく。溶岩の流れるその表面に炙られ、肉を焦がしても構うことなく、姫は「ケートゥ」と呼ばれた悪路王の手を強く握りしめた。
「ケートゥ……『摩訶婆羅多』において不死の霊薬を盗み、ヴィシュヌ神によって真っ二つに斬り殺された、日食を呼ぶ暗黒神……悪路王が、ケートゥ!?」
影道仙が独り言のように呟く。歯の根が合わぬのかカチカチと乾いた音を響かせながら全身を震わせている。
「暗黒神ケートゥ……中国においては『計都』と呼ばれ、九曜星の『陰』を表す昴星宿という暗黒星であり、日本では紀伊の熊野本宮大社の主祭神『家都御子神』として祀られている。『家都御子神』の最も広く知られている名は……素戔嗚尊!!」
「スサノオ!?」
「かぐや姫……『竹取物語』によれば、あなたは『昔の契り』によって人間界に降ろされたと書かれてあります。古来この『契り』の意味を巡って物語の研究者たちは頭を悩ませてきましたが、もっとも有力な説は、姫が前世において罪を犯したものだと言われています」
「罪……?」
影道の奇妙な問いかけに金平が眉をひそめる。罪、罪とはなんだ?にぃが、前世で何かあやまちを犯したというのか?
「その通りです。私は、前世において恐るべき罪を犯しました。永劫の時を経ても今尚許されることのない罪を……」
「それは、つまり……」
影道が口に出そうとして、どうしても言葉にすることができない答えを、かぐや姫は静かな声で答えた。
「そう、私が……天の乳海から『不死の霊薬』を盗んだ事、それが私の『罪』です」




