丹生都姫、全てを語るの事(その一)
陸奥軍は去り、出羽軍も去った。残った常陸・相模連合軍も陣を引き払い立ち去った後の平原に、悪路王がただ一人立っていた。
その足元には金色の丹生都姫……「なよ竹のかぐや姫」と名乗った女神が悪路王に守られるようにして佇んでいた。彼女の眼前には無数の樹人……「山の佐伯」と呼ばれた人ならざる古の民が一斉にひれ伏し、巨大な森を形作っていた。その威容に坂田金平も影道仙も圧倒される。
「佐伯の民よ、大儀であった。約定を違わず履行されたそなたらの行い、このなよ竹、心より感謝いたす」
「なよ竹のかぐや姫」の言葉に、山の民たちは一層かしこまる。
「時は間も無く来る。今少しその力、私に貸してたもれ」
姫の言葉に、樹人たちがザワザワと葉をざわめつかせ、辺り一面に濃い樹液の木の香を充満させて行く。
「そこな常陸国の民よ。そなたらにも感謝申し上げます。讃岐の造こと空海聖人のお助けをいただき、この地に匿われて幾百年、ようやく『この時』を迎えることができました」
姫が静かに頭を下げる。金平は何か言葉にしようと必死に頭を巡らせるが、気の利いた台詞の一つも思い浮かばずただ口をパクパクさせている。
「もう、しっかりしてくださいましな、父さま」
姫が金平に向かって微笑みかける。その目、その顔、間違いなくこの姫は……
「にぃ、なのか……?」
「はい、あなた様が育て、お守り下さったにぃでございます。坂田金平様」
「…………」
「これが私。空海様の手で眠りにつかせていただく前の、私の本当の姿。人間ではない、月の……」
「そんな事はねえ!お前は、お前は立派な……」
思わず声に出してしまった金平は、それ以上言葉を継げない。
「ありがとう、父さま……。最後に私を育ててくれたお方があなたで……本当に良かった」
目を伏せた姫の目に涙が浮かぶ。
「最後……?」
「はい、徐福と名乗ってこの国へやって来て数百年……いえ、はるか昔、神代の頃より、私はこの時を待ち望んでおりました。私を、再び月に送り返してくださるお方の現れるのを」
「!?」
姫の言葉を聞いて、その場にいた全員が混乱した。月に帰る?いや、その前に今彼女はなんと言った?
「あなたが……徐福!?」
影道仙が目をまん丸にしながら聞き返す。
「はい……正しくは徐福もまた私である、ということです」
姫の説明に金平は理解ができずに呆然とする。さしもの影道仙も頼義も、彼女の言葉に意味の予測がつかず首をひねった。
「不老不死の仙薬を求めるにあたり、徐福は三つの手段でもってその実現に取り組んでいました」
「三つ……」
「はい。一つは月の魔力を人間の肉体に注ぎ込むことによって得られる不死の術。しかしこれには同時に月の狂気と獣人へと変貌する呪いを受けるという負担があった……」
頼義たちは月の魔力に狂い、虎となった不死の人物、佐伯経範の姿を思い浮かべる。しかし不死であったはずの彼は、もういない。
「もう一つは、月の霊力と龍脈の霊力を物質化し、その膨大な霊力を人体に直接取り込むことができるように結晶化したもの、つまり『変若水』とも『金丹』とも呼ばれた仙薬。ですがこれもあくまで寿命で死なないというだけで、完全に死なない身体を作るものでは無かった」
金平は安倍忠良が持っていた例の薬瓶を思い出す。忠良があれをどうやって手に入れたのかは知らないが、にぃの消滅を防いでいたという以上は間違いなくあれは本物であったわけだ。しかし最も完成品に近いあの仙薬でも、あくまでも死なないというだけで、殺されれば死ぬのだという。
「最後に、徐福は前の二つとは全く違う方法で『不死』へ到達しようと試みました。それが……私」
そう言って「かぐや姫」は自らの胸に手を当てた。
「……?それは、どういう……?」
今回ばかりは自分で説明できないもどかしさにヤキモキしながら影道仙が尋ねた。
「つまり……『私』という存在を記録媒体として、人間の記憶と経験の全てを保存する、という方法です」
三人が呆然として姫の言葉に聞き入る。
「それは……つまり、徐福はあなたの中に自分の記憶と経験を書き写し、それを保存する事で『不死』を得たと、そういう事?」
頼義の問いに姫は静かに頷く。
「肉体を捨て、無機物である私に自我を転写する……果たしてそれを『不死』と呼べるのか?そこは議論の分かれるところではあろうと思います。ですが少なくとも徐福はそれもまた『生命』の一つのかたちであると信じて疑わなかった。それは、彼の後に続いた世代の者も、彼より前に生きた世代の者もみな同じだった。だから、彼らは書き込んだのです、私に……己の記憶を、人生を、その全てを……」
そこまで言って、「かぐや姫」は再び沈黙する。
「……先ほどあなたは『徐福もまた私』と言われた。徐福以外にも多くの先人があなたの中に自我を記録して保存している、という事なのですね?あなたの中には……いったい何人の人間が記録されているのですか」
重ねて聞きただす頼義に、姫は静かに目を閉じて答えた。
「徐福と共に不老不死を求めた全ての人の記録が、私の中にあります」




