月姫、天翔するの事(その一)
「私が……天界から『霊薬』を盗み、ヴィシュヌ神に殺された女……羅喉と呼ばれた阿修羅の姫……」
「かぐや姫」の告白に、金平だけでなく影道仙も「八幡神」も同じく驚きのあまりに絶句していた。「八幡神」の影に隠れて意識の裏側で話を聞いている頼義も驚きを隠せない。
「私は……阿修羅の一族の中でももっとも美しく、もっとも気高い存在と三界でもてはやされていました。そのことに誇りを持ち、驕り、やがていつかそれが衰え消えてしまうという事実を恐れた私は、乳海で作られた不老不死の仙薬を欲しました。その仙水がなければ世界は滅ぶというのに、それよりも私は自分の美しさが失われる事を恐れた……」
「かぐや姫」の恐るべき罪の告白を、一同は固唾を飲んで聞き続ける。
「あとわずかのところでヴィシュヌ神に阻まれ、その首を切り落とされた私でしたが、その時にはもう私は霊薬をひと舐め口にしてしまっていたのです。そのために私は首と胴に別れても死ぬことができず、永遠に苦しみ続けることになりました。私は天を呪い、神を呪い、何よりも己の愚かさを呪った。私とこの子に分かれた私たちは始めの千年間、幾度も太陽を喰らい、月を喰らい、神々に呪いの言葉を吐き続けた……」
「もういい……!そんな事、わざわざ口にする事ぁねえ!そんな事……俺は……」
堪り兼ねて金平が叫ぶ。これ以上聞きたくはなかった。これ以上彼女の罪の告白を聞いたところで何になるというのだ。
「いいえ……これは皆様にもぜひ聞いていただきたい事。私の罪を、私の醜さをご理解いただいた上で、それでもなお私の願いを聞き届けてくださるか、これは私にとって最後の試練なのです」
「だけど!だけどよお……」
「金平……」
歯が折れんばかりに食いしばりながら固く拳を握る金平に、目を閉じた頼義がそっと自分の手を金平の拳に添える。
「お前……」
「金平、聞いてあげて。彼女の言葉を……!」
「…………」
「姫よ、話の続きを」
頼義の促しに「かぐや姫」は謝意を述べつつ話を続ける。
「次の千年、私たちはひたすら嘆き続けた。流した涙が恒河を七千の七千の七千倍満たすまで泣いて許しを請うた私たちに、ヴィシュヌ神が最後の慈悲を下さいました。それが……」
姫が金平を見つめながら言った。
「うつぼの中より人として転生し、善行功徳を積んでまた次のうつぼの中へと生まれ変わる。それを私たちの業が尽き果てるまで繰り返す事。それが、私に与えられた贖罪」
「そ、それが……『かぐや姫』の前世の契り……!では、世界中に広まるうつぼから生まれた子供の伝説とは、全て……」
「そう、その全てが私。だから、生まれ、生まれ、生まれ、生まれて生の始まりに昏く、死に、死に、死に、死んで死の終わりに冥し、と空海様は私の事を言い表しました」
「……空海聖人は、高野山であなたを見つけたのですね、竹やぶの中の元光る竹の中から。そしてあなたを育て、祀り、再び眠りにつかせた。いつかあなたを『彼方』へ送り込むことができる人物が現れるその時まで」
「はい……」
「それが『竹取の翁とかぐや姫』の伝説として語り継がれるようになった。いや、『竹取物語』自体が空海聖人の著作だったのかもしれない!?」
影道の独り言のような仮説に「かぐや姫」は沈黙して答えない。それはそうだろう、『竹取物語』が書かれ、世間に広まる頃、彼女はずっと眠りについていたのだから、その起源を彼女が知る由もない。
「そうか、羅喉星と計都星という、日食つまり『天の岩戸』を引き起こす者、太陽神アマテラスと対になる暗黒神としての存在。それが二つに分かれた『ツクヨミ』と『スサノオ』の正体なのか!両者はもともと同じ神の別の側面だった!?」
「そんな事はどうでもいい!!どうでもいいんだよくだらねえ!!」
影道の言葉を遮って金平が怒鳴った。
「過去の罪だか贖罪だか知らねえが、いや知るかそんなモン、犬にでも食わせやがれってんだ。そんなくだらねえ因果に引きずられて生きる必要なんてお前には無え!過去の生まれ変わりなんか知るか、お前は今こうして生きてるんだろうが。だったら、今ある新しい人生を生きろよ!ただの、まっさらな人間として!!」
「金平……」
「いやいやいや、金ちゃん今の話ちゃんと聞いてましたか?彼女は過去の罪を償うために因果に組み込まれて転生を繰り返しているんですよ、私たちがどうこう言える筋合いじゃ……」
「うるせえっ、俺はバカだから前世の因縁だか宿業だかなんざ知ったこっちゃねえ。俺は、過去の罪のせいで今いるお前が幸せになっちゃいけねえって言う理屈が気に食わねえんだよ!ふざけんな、そんな神様なんざ俺がぶっ飛ばしてやらあ、俺は……今のお前に幸せになってもらいてえんだ!!」
「……!?」
「俺は……それだけ、なんだ……それだけ……」
そこまで言い切ると、金平はもうそれ以上何も言葉が出なかった。仁王立ちになって真っ直ぐににぃと向かい合う。
「ありがとう、父さま……その言葉だけで、にぃは十分でございます……」
「かぐや姫」が、いやにぃがぽろぽろと涙をこぼしながら喉を詰まらせる。
「私の事を人間として、人の子として愛し、慈しんでくださった方がいる……その思い出だけで私は十分に満たされております。この数千年に渡る呪いと贖罪の輪廻も何を恐れることやありましょう。ですから父さま、どうかお聞き届け下さい、我が願いを……」
「……どうあっても、お前は地上で生きていく事は叶わねえのか……?」
「はい。私は丹生都比売……不老不死を求めて生き、学び、消えていった全ての『徐福』たちの写し身。彼らの魂を『彼方』にお送りする事こそ、私が此度現世に生まれた事の意味なのです」
「お前……!?身体が……」
涙ながらに語る彼女の全身が、今再びあの金色の光に包まれていく。光の粒子はゆっくりと天を舞い、後ろにそびえる悪路王の巨体に纏わり付いていく。やがて悪路王自身も同じく光の粒子に包まれていった。
「道を開きし者よ、源氏の子よ。どうか、お願いします……私を、『彼方』へ……!」
その言葉に金平は振り向く。背後にいた頼義は七星剣をかざして一心に祝詞を捧げていた。
「テメエ、何やってやがんだ!?やめろ、こいつは……」
「だめ、金ちゃん!!」
頼義を止めようとする金平を影道仙が体を張って止める。
「行かせてあげて、にぃちゃんを、かぐや姫を月に帰らせてあげて……!本当にあの子の幸せを願うのなら……!」
影道の必死の嘆願に金平もそれ以上暴れることができない。頼義は静かに告げる。
「『彼方』でのお迎えは『八幡神』が致しまする。現世からのお送りはこの頼義がお引き受け申す。術式はすでに『彼方』より啓示を受けているゆえご安心召されよ。どうか……心安らかにあれ……かぐや姫!」
それでもなお必死になってなんとか頼義を止めようとする金平の動きが止まった。彼を押さえ込もうと力の限りに抱きついていた影道仙も動きを止めて、金平と同じく虚空を見上げて呆然としている。
頼義の叫びが天に轟く。
その声が静まると同時に、金平たちの視線の先にある空に、今宵の空にあるはずのない「満月」が、にぃを出迎えるようにして突如現れた。




