9 ミナミちゃん登場
彩葉はナギサちゃんのように波長が合う、楽しく話せる人が来ればいいな、と思ったが、そうだ、だいたい何かを期待していると裏切られることが多いから、何も期待しないようにして無心で待とう、と自分に言い聞かせた。次の女子がやってきた。
「こんばんわ。ミナミです。よろしくお願いします」
ミナミちゃんの髪は肩に届くかどうかくらいの長さで、パーマを少しかけてあるようで、少しねじれた感じになっていてそれが似合っている。髪の色はほんのりと栗色で似合っている。目がくりくりしていてなかなかの美女だ。
やや落ち着いた感じであり、30代前半という感じだ。カウンター上に見える手のマニキュアが目に飛び込んできた。桜色だ。
「素敵なマニキュアね。全体に派手ではなく控えめに紅色に塗ってあっていいわね。私、立体的でド派手なのは好きじゃない。あなたのはとっても上品でキレイよ」
「ありがとう」
「私はまだマニキュアってしたことが無いんだけど、って言うのも会社がダメだって言うから、今どきどうして、とは思うけど仕方ないって感じ。聞いた話だとお店で店員さんとお話とかしながら2時間くらいかけてやるんだってね?」
「最初はそういうふうにやってたんだけど、お金がかかるから、最近は自分でやってるの。だいたい、毎月8千円くらいかかるから、金銭的に大変なんで」
「毎月お金払ってメンテナンスしなきゃなの?知らなかった」
普通は初めての女子とはとりあえず出身地、好きな食べ物、趣味など差し障りのない話をしながら段々と仲良くなっていろんな話をするようになるのだけど、今の彩葉は話をよく聞いてくれそうなミナミちゃんを前にしてどうしても昨日の話がしたいという欲望を抑えられなくなってしまったのだ。
「ねえ、お会いしたばかりなんだけど、急に昨日の話がしたくなっちゃって。聞いてくれる?」
「もちろんです」
「昨日、友達とドライブで群馬県の富岡製糸場に行ってきたの」
「あっ、あの世界遺産に登録されたっていう?」
「そうよ。操糸って言って煮た繭から糸をとって生糸にする作業の実演も見られてお勉強になったわ」
「そう、それはよかったわね」
「ねえ、こんな話、つまんないって思ってるでしょ?」
「いや、そんなことないわよ」
「実はこのあとちょっと面白くなるのよ。ちょっとミステリアスだし」
「えっ、興味湧いてきた。どんな風に?」
「繭から糸を作る作業をするのに若い女工さんを300人使っていたっていうんだけど、初めて募集した時はなかなか集まらなかったっていうの。どうしてでしょう。クイズよ。当ててちょうだい」
「へー。待遇が悪いから?」
「食事は無料で食べられるし、寮で寝泊まりできるし、体の調子が悪ければ敷地内にいるドクターに無料で診てもらえるし、お給料もそこそこもらえたそうよ」
「まだ女が働く時代じゃなかったから?」
「違う理由があったらしいの。ミステリアスで怖い理由が」
「えっ、工場で幽霊が出るとか?」
「ははは。まさか。じゃ、ヒント出すね。当時日本には大量に絹糸を作る技術がなかったから、機械を大量にフランスから買って、その使い方を指導するために何人かのフランス人も招かれて敷地内に住んでいたの。その中に毎晩赤ワインを飲んでいる人がいたんだって。これがヒント。ちょっと難しいけどね」
「全然わかんない」
「でしょうね。当時日本には赤ワインなんてなかったらしいの。だからフランス人が赤ワインを飲んでいるのをみたある日本人が、フランス人は人間の血を飲んでいるって勘違いをして、それが噂になって、更にその噂におヒレがついて、この工場で働くと生き血を抜かれてフランス人が飲んじゃうっていう噂が広まって皆んな怖くて応募しなかったんだって」
「へえー。でも何とかなったんでしょ?」
「その工場のトップの人が、自分の娘を女工として働かせて、そこから大丈夫らしいということになって300人集まったらしいわよ」
「へえー、面白いお話ね」




