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10 フランソワーズ

ミナミちゃんが別のお客さんに指名されて行ってしまったので、ヘルプの女子が来るのを待ちながらボーッとして何となくコップを洗ったりする洗い場の方を見ると見慣れない女子がいた。


日本人ではない。イギリス人だろうか?すると彼女はニコニコしながら彩葉に近づいてきた。ややたどたどしい日本語で

「はじめまして。私、フランソワーズです。よろしくお願いします」


フランソワーズはフランス人だった。赤いチェックのスカートがよく似合う美人だ。実は桐子は大学でフランス語を専攻していて、あまりできる方ではなかったが、今でもラジオのフランス語講座を聞いているのだ。


桐子はテキストが無くても放送の内容はほぼ理解できるのでテキストは買わない。昔は150円とかで気楽に買えたが、昨今は600円くらいするので気楽には買えないということでもある。


 フランソワーズは彩葉の隣の席のお客さんにニコニコしながら、やや日本語のアクセントがおかしかったりはするものの、けっこう語彙力は豊富で、お客さんとうまくコミュニケートしていた。


彩葉は安心して話を聞いていた。お客さんは最近仕事で失敗をして上司にひどく叱られて落ち込んでいるというような話をしていた。するとフランソワーズはそれまで日本語で話していたのに急にフランス語で

“ Bon Courage!”(ボン・クラージュ)

と言った。


するとそれまでボソボソと下を向いて話していたお客さんが急に興奮して立ち上がり、フランソワーズに向かって叫んだ。

「人が落ち込んでるのにボンクラとは何事だ!」


ここは彩葉の出番だ。

「お客さん、彼女はボン・クラージュって言ったんです。フランス語で「元気出して!」っていう意味なんですよ。お客さんを励ましてるんですよ」


「あっ、そうでしたか。急に怒鳴ってごめんなさい」

フランソワーズは若いのに怒鳴られても全く動揺することなく笑顔だった。そして

“ Pas de problème.”

と笑顔でつぶやいた。


彩葉は

「問題ない、大丈夫って言ってますから気にしないでください」

とassistすることが できて嬉しかった。フランソワーズは日本語で喋っているが、たまにポンとフランス語が飛び出してしまうようだ。


 ボン・クラージュの誤解が解けた後はフランソワーズはお客さんたちと楽しく会話していた。彩葉はママさんに言われて洗い場の所の席に移動していた。


そこにいる3人の女子がコップや皿などの洗いものをしたり、スマホをいじったりしながらおしゃべりしていて少々騒がしいと言えば言えないこともないが、彩葉には特に気にならないばかりか、あんまり静かな所よりも少々ザワザワしている方がかえってリラックスして楽しくおしゃべりできる感じがしていた。


その中でも年長者の加代さんが特に大きな声でしゃべりまくっていた。するとフランソワーズは加代さんの方を向いて

“ Elle est bavarde. “ (エレ・バヴァルドウ)

とつぶやいた。


その瞬間加代さんは血相を変えて

「ババアーですって?いくら私が年長者だからってババアーはひどいんじゃない?」

またもや誤解だ。


桐子は

「加代さん、彼女はエレ・バヴァルドウって言ったのよ。フランス語で「彼女はおしゃべりね」っていう意味なのよ。


「あっ、私、早とちりなところあるから、大きな声を出してごめんなさい。私の教養の無さが暴露されちゃった感じで恥ずかしいわ」


さっきから特に新人で外国人のフランソワーズのことが気になっていたママさんは

「彩葉さんのおかげで誤解がそれぞれ解けて良かったね。ありがとう」


ママさんに褒められたし、ちょっと異文化理解に貢献できたような感じがして彩葉はうれしかったし、これまでフランス語を勉強してきて良かったと思った。


そういえばポルトガル語を学習していた友人がこんなことを言っていたっけ。日本でサッカーのW杯が行われた時、強豪のブラジルチームの選手たちがバスから降りてホテルに向かっている時、大勢の日本人フアンたちが集まっていて選手たちに向かっていろいろと呼びかけたが、選手たちは声援に全く反応しないで黙々とホテルに向かっていた。


そんな時、友人がポルトガル語で話しかけたら、何人もの選手が振り返って笑顔で応えてくれたそうだ。その時彼女は選手たちが反応してくれたことがとっても嬉しかったし、ポルトガル語を習っておいて本当に良かったと心底思ったそうだ。

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