2 屈辱
いつも利用しているドラッグストアへ行き、ゴキブリホイホイを手に取った。昨夜かなり大きなゴキブリが出現し、多くの女子はキャーキャー言って逃げるものだが、彩葉は中学時代に剣道部にいたせいか、そういう時は怯まずに新聞紙を丸めて剣の代わりにしてゴキブリ退治をする。
これまでの命中率は60%くらいだろうか。けれども昨夜は一発目は確かに当たったのだが、新聞紙が古くてへたっていたせいかゴキブリは逃げ続け、とうとうどこかに消えてしまい、逃してしまったのだ。
レジの前は狭いのだが、今日はやや混み合っていて、というのも長い列ができているわけではなく、どうもレジの隣に置いてある商品に何人かが興味を持っているらしく、やっと通れるくらいしかスペースが無かった。
彩葉はちゃんと並ぶためにその商品を見ながらおしゃべりをしている人たちの脇を通っていくと、その中にいたある男性が仲間と話しながらその商品の方に向かってこれは、という感じでいきなり人差し指を突き出した。その指が何と彩葉の左の乳房の一番感じやすいところに命中してしまったのだ。
彩葉は一瞬かなり不愉快に感じたが、男は何も言わない。まさかわざとではないだろうが、それでもすみませんの一言でも言ってくれればその不愉快感はゼロにはならなくても少しは減少しただろう。けれどもそれさえも無かったので、彩葉は屈辱さえ感じて何か言いたかったが、客観的に誰が見ても偶然としか思えない状況だったので、彩葉は唇をかみしめた。
彩葉はレジを済ませるとさっさと足早にその不愉快な場所から離れた。これは不可抗力な事だし、こんなことは早く忘れて気持ちを切り替えなきゃ、と思うのだが、忘れようとすればするほど思い出されてしまう。
彩葉はふとさっきのことは高校生の時の屈辱的な体験に似ていると思った。あれは文化祭での出来事だ。彩葉のクラスはお化け屋敷をやっていて、廊下には長い列ができていて、大盛況だった。
彩葉自身はお化けの役ではなく、いつもの制服にグリーンのエプロンをつけたくらいの簡単な格好で並んでいるお客さんの列が乱れないように調整したり、中に入る際の注意事項を話したりしていたのだが、急に教室の後ろのドアから仲良しの美樹が出てきたと思いきや、しゃがみこんで泣いている。
美樹はお化け役なのでお化けの格好のまますすり泣いている。どうしたのかな、気分が悪いのかな、と思って彩葉は美樹のところへ駆け寄り、
「美樹、どうしたの?お腹でも痛いの?」
「恨めしやーってお化けやってたら男の人に胸を揉まれちゃったの?悔しいよー」
「そんな、それって立派な犯罪よ。絶対許せない!私が捕まえて先生を通して警察に引き渡してやるわ。その男、どこにいるの?」
「まだ中にいると思うけど、怖いよ」
「私がいるから大丈夫よ。さあ、誰なのか教えて」
その時、後ろから何者かが近づいていきなり彩葉のスカートが激しくめくられてしまった。
「キャー、何するのよ」
彩葉が怒って後ろを振り向くと、それは小学校4年生くらいの男の子だった。やばいと思ったらしく、逃げ出した。
「こら、待て!」
彩葉が少年を捕まえようとすると、クラスで最も意地悪な比未子が両手を広げて彩葉の前に立ちはだかった。
「やめときな。大人ならともかく、小学生のガキをまともに相手にするなんて馬鹿げてるぜ。それにあんたにも隙があったってことでしょ」
大勢の人たちがいる前でこんな風にはっきり言われ、彩葉はどうにもできなくなってしまった。子供だからってこんなこと許していいのか、と激しい怒りがこみ上げてきたが仕方がない。
彩葉は悔し涙にくれたのだった。後で噂で聞いたのだが、その小学校4年生くらいの男の子は比未子の弟らしいということだった。実は比未子は文化祭に弟が来ているのに気がついたので、弟をたきつけてこんなひどいことをさせたのだった。
彩葉は気持ちのやり場がなかったが、この超不愉快な気持ちを何とか発散させなきゃ、と思った。するとまだ座り込んで泣いている美樹が目に入った。これだ、と思った。
じきに帰りのミーティングの時間になったので、彩葉は美樹を誘い、喫茶店 Tenderness へ行き、ピーチタルトとバニラアイスをお互いに半分ずつわけ合って食べた。こうすれば2種類のスイーツを楽しめるからだ。
彩葉はさっきの不愉快な事件の話をし、それを聞いた美樹は辛い思いをしたのは自分だけではないことを認識し、お互いに甘いものを食べながら愚痴を言い合い、かなり発散することができ、途中からは冗談を言ったりしてお互いに笑顔になれた。
世の中には意地悪な人たちがいる。けれどもそういう人たちに負けてはいけない、そういう人たちのせいで心を病んだりしてたまるか、と彩葉は思うのだ。




