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預かりもの 〜拾って、磨いて、返す、辺獄の回収屋〜  作者: ウォーレン・コールドウェル
第四章

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減るもんじゃなし

――風の便り

「ゆうべの巧(たくみ)さんの稽古、腰掛けに座りきれんほど人が寄っとったで」

「燕(つばめ)の糞(ふん)のくだりで、子らがまた転げまわっとった。宵(よい)の声が、いちばんよう聞こえたわ」

「竹の爺さまは、語りの前に一人で帰ってしもたらしいな」

「よその回収屋さんは、お開きのあとで、かいなしに名を訊(き)いとったそうな。物好きなお人やなあ」

 宵(よい)の家の表で、土を踏む音がした。


 振り返ると、濡れた手を前掛けで拭きながら女が戸口を潜(くぐ)ってくる。

きのうの昼、ここから顔を出して宵(よい)を呼んでいた女だった。


「宵(よい)、また人さまの袖を引っぱってきたんか」

「おっかあ。この人な、かいしゅうや。

落ちとるもんを拾うて、持ち主に返すんやて」


 宵(よい)は、聞いたばかりの言葉を得意げに並べた。

女は棚の籠(かご)をのぞいて、布の上に並んだ小物に目を細めた。


「また見せとったんか。

だれにでも見せるんや、この子は」


 こっちに小さく頭を下げてから、女は提灯(ちょうちん)を持った娘に気づいて目を丸くした。


「竹の娘さんまで、うちに寄ってくれたんか。

……爺さまは」


 娘が「先に帰った」と短く答えると、宵(よい)が頬をふくらませた。


「なんや。また石榴(ざくろ)のお話、聞かしてもらおう思とったのに」


 娘は提灯(ちょうちん)を少し下げて、宵(よい)の顔をのぞきこんだ。


「おじいは、あしたの朝、笊(ざる)の具合を見に下りてくる。

こしらえた笊(ざる)は、釜にかけてみるまで気がすまん人やからな」

「ほんま?」


 娘がうなずくと、宵(よい)は両手を打ってその場で跳ねた。


 その肩を、女が笑いながら押さえた。


「ほれ、もう遅うなる。

お二人とも、これから坂の上まで帰らんならんのに」


 娘と目を見交わしてから、女に頭を下げた。


「遅くまで、邪魔をした」

「夜道や。気ぃつけて帰りや」


 女に見送られて表へ出た。


 提灯(ちょうちん)を下げた娘のあとについて坂を上る。

道ばたの草むらで、虫の声がしていた。

家並みは、もうあらかた暗くなっている。

竹やぶの手前まで来たところで、娘が立ち止まって振り返った。

見下ろすと、炊(かし)ぎ屋の戸口だけがまだ明るい。


 ――爺さまの明かりが止まったのも、この辺りだったな。


 娘はしばらくそっちを見てから、前を向いた。


「……きょうは、いやなもん、見せた」

「あんたが謝ることじゃない」


 提灯(ちょうちん)の火の向こうで、娘の口もとが少しゆるんだ。


「あしたは、わたしは下へは行かん。

十五夜にみなが寄る、やぶの広場の草を、刈っとく」

「月見の支度か」

「毎年、わたしの仕事やった。

……それも、今年で終い(しまい)や」


 娘は、竹の葉越しに月を見上げた。


「……あの五人は、わたしのせいで、今も笑われとる」


 返す言葉を探しているうちに、娘はまた坂を上りはじめた。

揺れる明かりが、竹の影を一本ずつ道に落としていく。


  ◇


 あくる朝、紙漉(す)きの小屋を出ると、爺さまはもう戸口の前で竹ひごの束を縛っていた。

やぶの奥からは、草を刈る音が小さく聞こえてくる。


「あの子は毎年、だれより先に広場の草を刈る」


 爺さまはそれだけ言って、縛った束をぽんとたたいた。


「回収屋さん、今日も運び手を頼めるか」

「借り賃が、二つになるな」


 爺さまは束をこっちへ寄せて、口の端だけで笑った。


「試しに蒸すぶんが、一つ二つはある」


 束を肩に担いで、爺さまのあとから坂を下りた。

坂の下の畑では、もう何人かが腰をかがめて豆をもいでいる。


 朝の炊(かし)ぎ屋は、ゆうべの人だかりが嘘のように静かだった。

戸口の奥では、釜が二つ並んで湯気を上げている。

軒下へ目をやると、日陰に削り屑(くず)が少し散らばっているきりで、男の姿は無かった。


 戸口から顔を出した襷(たすき)掛けの若い衆が、こっちを見て奥へ声を張った。


「稲(いね)さん、竹の爺さまや。笊(ざる)を見に来てくれたで」


 奥から出てきたのは、ゆうべ宵(よい)に「おっかあ」と呼ばれていた女だった。

袖を襷(たすき)でからげて、額に汗を光らせている。


「爺さま、毎年すまんなあ。

朝の分は、もう炊(た)き上がったとこや」


 爺さまはうなずいて、きのうの三枚のうち一枚を湯気の立つ釜にかぶせた。

ふちを両手でぐるりと押さえていくうちに、ある所で手が止まる。

釜のふちと笊(ざる)の間に、指一本ほどの隙間があいていた。


「ここから、湯気が逃げる」


 爺さまはこっちの肩の束から竹ひごを一本抜いた。

目でうながされて釜の向こうへ回り、笊(ざる)がずれないよう、へりを押さえる。

爺さまは笊(ざる)をかぶせたまま、隙間のあたりのへりをひと回り厚く編み直していく。

端を結び目の下へ潜(くぐ)らせて締めると、隙間はぴたりとふさがった。


 稲(いね)が、試しに丸めておいた団子を笊(ざる)に並べて蓋をする。

蓋のふちから湯気が噴きはじめたころ、戸口に小さな影が飛びこんできた。


「竹の爺さま」


 宵(よい)は爺さまの袖をつかむと、そのまま引っぱった。


「お話、して」

「宵(よい)。爺さまは、仕事中や」


 稲(いね)にたしなめられて、宵(よい)は袖をつかんだまま口をとがらせた。


 蒸し上がった団子を一つ、爺さまが割って中をのぞく。


「芯まで、火が通っとる」


 半分を口へ放りこむと、爺さまはもう一つを竹の皮に載せて、こっちの前の台に置いた。


「借り賃の、前払いや」


 こっちも、竹の皮から団子をつまみ上げた。


「いただく」


 熱いのをひと口かじると、ほんのり甘かった。

宵(よい)が、こっちの手もとをじっと見ている。

稲(いね)が笑って、宵(よい)にも一つ持たせた。


「爺さま、それが済んだら、うちで麦湯でも飲んでいって。

この子、ゆうべからずっと待っとったんや」

「先に行っとってくれ。もう一枚、かけてみる」


 稲(いね)は襷(たすき)をほどいて隣の家へ向かった。

宵(よい)が団子をくわえたまま、袖を引っぱってくる。


 隣の家の戸口を潜(くぐ)ろうとしたとき、頭の上で何かがかすかに揺れた。


 見上げると、柱の上のほうに小さな貝が一つ、細い紐で吊(つ)るしてある。

親指の先ほどの卵のような形で、表がつやつやしていた。


 中では稲(いね)が上がり口に腰を下ろして、土瓶の麦湯を椀(わん)に注いでいる。

椀(わん)を板の上に置いて、こっちへ寄せてくれる。

小さく頭を下げて、こっちも上がり口の端に腰を下ろした。


「戸口の上の貝は」

「宵(よい)のお守りや。

この子が生まれた晩に、戸の下から入ってきてな」

「わたしの貝や」


 宵(よい)が、団子をのみこんで胸を張った。


「お腹の子が、逆さになっとってな。

お産が重うなる、て、前から言われとった。

産気づいたんは、十五夜の前の晩や。

赤んぼを取り上げてくれるおばばが、奥の間で、子安(こやす)の貝でもあればなあ、て」


 稲(いね)は、柱の上の貝へ目をやった。


「夜が更けたころ、おばばが、あれを見つけて、うちの手に握らせてくれた。

握っとったら、なんや知らん、力が出てな。

この子が生まれたんは、その晩のうちや」


 宵(よい)が、横からこっちの顔をのぞきこんだ。


「そやから、わたしは宵(よい)なんや。

十五夜を待っとる晩に生まれたから」

「いい名だ」


 宵(よい)は、得意げにうなずいた。

柱の上の貝へ、もう一度目を戻す。


「置いていったのは」

「分からん。暗うて、だれも顔を見とらん。

通りがかりの行商の人やろ、てみな言う」


 稲(いね)は椀(わん)を両手で包んだ。


「……礼が言えんままや」


 ――名乗っていけば、済んだろうに。


 宵(よい)が、稲(いね)の膝に手をついて顔を上げた。


「毎年、竹とんぼや馬を置いてってくれる人も、その人やろか」

「さあなあ」


 稲(いね)の目が、一度だけ表の道の先へ動いた。

それから、宵(よい)の頭に手を置く。


「名乗らんのは、名乗れんわけがあるんやろ。

そやから、待ち伏せするようなことはせん」


 それから、戸口の柱を見上げる。


「その代わり、表の道から見えるとこに吊(つ)るしとる。

置いてってくれた人が通ったら、大事にしとるのが分かるようにな」


 戸口に影が差して、爺さまが入ってきた。

宵(よい)が跳ねるように立ち上がる。


「竹の爺さま、お話。石榴(ざくろ)のお話して」


 稲(いね)が、もう一つの椀(わん)に麦湯を注いで寄せる。

爺さまは上がり口に腰を下ろして、ひと口すすった。

椀(わん)を置いて、両手を組む。


 宵(よい)が、その前にぺたんと座りこんだ。


「……ええか。これは、土産の話や」


 宵(よい)は口をきゅっと結んで、うなずいた。


「むかしな、三人の兄弟が、旅の土産を一つずつ持って帰ってきた。

一人は遠くの見える鏡、一人は空を渡る敷物、一人は石榴(ざくろ)や。

三人は敷物に乗って……」

「ちがう。先に鏡や」


 宵(よい)が、爺さまの膝をたたいた。


「鏡をのぞいたら、遠くの里で病人が寝とるのが見えた。

そやから、飛んでいくんやろ」

「……そうやった」


 爺さまは首の後ろをかいて、話を戻した。


「三人は敷物に乗って、その里まで飛んでいった。

石榴(ざくろ)を食べさせたら、病人は起き上がった」

「それで」

「あとで見たら、鏡も敷物も、元のまんまや。

石榴(ざくろ)だけが、食べたぶん減っとった」

「石榴(ざくろ)の兄さんだけ、損したんや」

「損は、しとらん。減ったぶんだけ、渡っとる」


 宵(よい)は、爺さまの顔をまじまじと見上げた。


「竹の爺さま、いっつもそれで終わるやん」

「終わりやさかい、終わるんや」


 稲(いね)が、こらえきれずに肩を揺らした。


 宵(よい)は戸口のほうへ向き直って、柱の上を指さした。


「あの貝くれた人も、損したんやろか」


 爺さまは目を細めて、柱の上を見上げた。


「この辺りじゃ取れん貝や。

遠くから渡ってくる燕(つばめ)が持ちこむ、いう貝や」

「燕(つばめ)が持ってくるんは、糞(ふん)だけや」


 宵(よい)がけらけらと笑う。

稲(いね)が、その頭を小突(こづ)いた。


「これ。どこで覚えてきたんや」

「巧(たくみ)さんの語りからや」


 爺さまは何も言わずに、麦湯の残りを飲みほした。


「馳走(ちそう)になった。さて。戻って、竹を割らんと」


 爺さまが腰を上げた。

こっちも稲(いね)に麦湯の礼を言って、あとについて表へ出た。

戸口の上で、貝が朝の光を返している。

その光から目を上げると、隣の炊(かし)ぎ屋の高い棟(むね)から燕(つばめ)が一羽、低く抜けていった。


 ――十五夜の前の晩。

……ゆうべの巧(たくみ)の語りでも、聞いたな。

――減るもんじゃなし、と言ってね。見せびらかすとき、人はよう言う。

けど、見せただけのもんは、ちゃんと手もとに残っとる。

……ほんとに減ったぶんは、だれも数えとらんもんさ。

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