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預かりもの 〜拾って、磨いて、返す、辺獄の回収屋〜  作者: ウォーレン・コールドウェル
第四章

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物笑いの種

――風の便り

「竹の娘が、よそのお人を連れて、籠(かご)を配って回っとったで」

「婆さまに『六人目かい』て訊(き)かれて、そのお人、『回収屋だ』て返したそうな」

「回収屋て、何や。聞いたことないで」

「落ちとるもんを拾うて、持ち主に返すんやと。婆さまは『落とした貝でも拾いに来なさったか』て、えらい笑うとったわ」

 あくる日も、紙漉(す)きの小屋で目を覚ました。

朝のうちから、土間へ竹を運ぶ。

爺さまはその竹を細く割って竹ひごにし、ひと抱えでは回りきらないほど大きな笊(ざる)を編みはじめた。


「ずいぶん大きいな」

「団子を蒸す笊(ざる)や。月見の前は、炊(かし)ぎ屋がいちばん忙しいでな」


 照(てる)は表で、戸板に干してあった紙を一枚ずつはがしていた。

昼には握り飯を持ってきて、三人で上がり口に並んで食べた。

そのあいだも、爺さまの目は編みかけの笊(ざる)から離れない。


 三枚目のへりを、端の出ないあの結び方で締め終えたのは、日が傾きかけたころだった。

締めたへりを親指で押して、張りを確かめる。


 爺さまは三枚を土間に並べて、紙を張った提灯(ちょうちん)を二つ腰に下げた。


「夕餉(ゆうげ)の支度どきに持ってったら、邪魔になるだけや。

支度が済んで、皆が椀(わん)を持ったころに着くよう、ぼちぼち出る。

わしと照(てる)と、回収屋さんとで、一人一枚や」


 戸口から入ってきた照(てる)が、土間の三枚とこっちを見比べて、小さく笑った。


「おじいは、手の空いた人を見たら、すぐ何か持たせる」

「空いとる手は、猫でも借りるもんや」


 爺さまは真顔のまま、いちばん大きな一枚をこっちへ寄せた。


「借り賃は、団子一つでいい」


 ためしに言ってみると、爺さまは間を置かずに返した。


「団子は、月見の晩や」


 照(てる)が、袖で口もとを押さえて吹き出した。


 荷は小屋に置いたまま、その一枚を背に負った。

笊(ざる)のふちが頭の上までかぶさる。

前を歩く二人の背中も、すっかり笊(ざる)に隠れている。

坂の途中で燕(つばめ)が一羽、笊(ざる)の上をかすめて家並みのほうへ抜けていった。


  ◇


 坂を下りて家並みに入ると、炊(かし)ぎ屋の前は、きのうの昼とまるで様子が違っていた。


 ちょうど夕餉(ゆうげ)の支度が済んだところで、戸口の奥ではまだ、湯気が大きな釜の蓋を持ち上げている。

高い棟(むね)の下へは、燕(つばめ)が次々に戻ってきた。

長い腰掛けにも、まわりの地べたにも、畑から戻った人たちが座りこんでいた。

各々(おのおの)が手に手に椀(わん)を持っている。

きのうの婆さまも、腰掛けの端で湯呑みを抱えていた。


 どの顔も、腰掛けの前に立った男のほうを向いていた。

三十の半ばくらいで、日に焼けた顔によく動く眉をしている。


「巧(たくみ)さん、今年の月見も頼むで」

「任せとって。

今年はよそからも聞きに来るらしいけん、今日はその稽古たい」


 まわりの言葉とは、訛(なま)りが少し違う。

よそから流れてきて住みついたような口ぶりだった。


 婆さまが湯呑みの陰からこっちを見上げた。


「竹の娘が十五夜に帰るいう話が、よそまで回ってな」


 隣で照(てる)が目を伏せた。


 爺さまは笊(ざる)を背から下ろすと、中から竹ひごの束を取り出して炊(かし)ぎ屋の戸口へ寄った。

「弥平(やへい)、笊(ざる)や」と奥へ声をかけると、きのうの襷(たすき)掛けの若い衆が出てきて、三人の笊(ざる)を順に受け取ってくれる。


「竹の爺さまの笊(ざる)なら、団子が百でも蒸せるわ」


 爺さまは小さくうなずいてから、だれかを探すように首をめぐらせた。


 軒下には、きのうと同じ男が座っていた。

こっちに横顔を向けて、ほつれた笊(ざる)のへりを編み直している。


 爺さまは束を手に軒下へ歩み寄って、名を呼んだ。


「足(たる)」


 男の手が、一度だけ止まった。

顔は上げないまま、また編みはじめる。


「……足(たる)。ひごや。使え」


 男は振り向かなかった。

腰掛けのほうの人たちは、椀(わん)を手にしたまま、巧(たくみ)が話しだすのを今か今かと待っている。

爺さまはひごを持ったまま、黙って立っていた。

戸口の奥で、釜の湯気が何度か噴き上がる。


 戸口の弥平(やへい)が、ひょいと首を伸ばした。


「かいなし、竹の爺さまや」


 男はすぐに顔を上げた。

爺さまが軒下の柱のそばに束を置くと、男は右の脚を引きずって寄ってきて、それを取り上げる。

小さく頭を下げたが、目はひごから上がらないままだった。


 爺さまは男の伏せた頭をしばらく見つめて、少しだけ顔を曇らせてから、照(てる)のほうへ向き直った。

腰の提灯(ちょうちん)を一つ外して、その手に持たせる。


「帰りに使え。わしは、先に戻る」


 語りを待つ人たちに背を向けて、爺さまは戸口で提灯(ちょうちん)に火をもらい、ひとりで坂を上りはじめた。

坂の途中で、その明かりが一度だけ止まる。

それからまた揺れながら上っていき、竹やぶの陰に入って見えなくなった。


 巧(たくみ)が一つ咳払(せきばら)いをすると、若い衆の一人が声を上げた。


「巧(たくみ)さん、自分の枝のくだりから、やってくれ」


 どっと笑いが起きた。巧(たくみ)も笑って手を振る。


「あれは、みんなもう聞き飽きとるけん」


 ――実のなる枝を持ってきたのは、この男か。


「そんなら、いつもの五人の話たい。

まずは鉢の男。

ひとりでに光る石の鉢ば言いつけられて、どこぞの古か鉢ば持ってきた。

光らん、て竹の娘に返されたげな。

そしたら鉢ば竹やぶへ放り捨てて、あくる日、けろっとまた来よった」


 あちこちで笑いがこぼれた。

巧(たくみ)は指を二本立ててみせる。


「皮衣(かわぎぬ)の男は、火にくべても燃えん皮衣(かわぎぬ)たい。

畑ば売って、行商から買うてきた。

くべてみて、と竹の娘が言うたげな。

くべたら……」


 巧(たくみ)が両手を、ぱっと上へ開いた。


「あえのう燃えた」


 「あえない、あえない」と、手をたたいて笑う者もいる。

その声が軒下まで届いても、男の頬の一枚は、そのままだった。


 照(てる)は、笑っていなかった。


「さて。ここからが、いちばんの出し物たい」


 まわりのざわめきが、すっと引いた。


「竹の娘が、燕(つばめ)の子安(こやす)の貝を取ってこい、と言うたそうたい。

言いつけられた男は、十五夜の前の晩まで、あの棟(むね)を見上げるばっかりで……」


 腰掛けの端で、婆さまの口が、語りといっしょに動いていた。


 巧(たくみ)は炊(かし)ぎ屋の高い棟(むね)を指さしてから、両手を宙で泳がせた。


「とうとう最後の晩に慌てて駆け上がって、巣に届く前に、どすんっと」

「かいなし」


 前に座った子らが、声をそろえた。

腰掛けのほうから笑い声が上がる。


 軒下の男は、背を丸めて笊(ざる)を編みつづけている。

こっちに向いた右の頬へ薄い一枚がふわりと降りてきて、前からの一枚の上に載るのが視えた。


「まあ、届いとったとしても、つかんだのは燕(つばめ)の糞(ふん)たい」


 今度の笑いが、いちばん大きかった。

子らが転げまわった。中でも宵(よい)の声がひときわ高い。

婆さまも、湯呑みを揺らして笑っている。


 軒下で、男の右の手が竹ひごを握りこんだ。


 笑いが起きるたびに、また一枚、また一枚と頬に載っていく。

載るたびに、上のふちが目のほうへせり上がった。


 語りに竹の娘が出てきても、隣の照(てる)の顔には何も載らない。


 巧(たくみ)は杖(つえ)をつくまねをして、片脚を引きずりながら腰掛けの前を三歩ほど歩いてみせた。


「脚を折っても、はじを捨てて、十五夜の席へ出てきよった。

で、言うたことが『持ってこなんだ』」


 巧(たくみ)は、まわりをぐるりと見回して間をとった。


「そりゃそうたい。取れとらんもんは、持ってこれんけん」


 また笑いが起きた。

照(てる)の肩が、小さくこわばる。


 ――いつのまにか、「取れとらん」になってるな。


「今日はここまで。続きは、十五夜の晩たい」


 人が腰を上げて、椀(わん)を返しに炊(かし)ぎ屋へ入っていく。

笑い声の残りに混じって、あちこちで「かいなし」が聞こえた。

ひときわ高い声で笑っていた女の子が、こっちを珍しそうに見ている。


 人の間を抜けて軒下まで行っても、男は膝の上の笊(ざる)から目を上げなかった。


 横にしゃがんで、男と目の高さをそろえた。


「回収屋の、……ナギだ」


 返事は無い。

指だけが、竹ひごを編み目に潜(くぐ)らせていく。


「あんたの名も、聞かせてくれ」


 男の指が止まった。

しばらくして、低い声が返ってきた。


「……かいなしで、ええ」


 ――あんたまで、そう呼ぶのか。


 土を踏む音に振り返ると、照(てる)がすぐそこまで来ていた。


「そんなふうに、言わんといて」


 声は小さかったが、軒下にはよく通った。

男の指が、編み目の途中で止まる。


 男は顔を上げなかった。

笊(ざる)を膝から下ろして脇へ置き、柱に手をかけて、ゆっくり立ち上がる。

声のしたほうへは一度も顔を向けないまま背を返し、右の脚を引きずって炊(かし)ぎ屋の奥へ入っていく。


 照(てる)が一歩、前へ出た。

その足が、軒下の笊(ざる)の手前で止まる。


 その背中に何か言いかけたが、声にならなかった。


 腰掛けの端では婆さまが空の湯呑みを両手で包んだまま、炊(かし)ぎ屋の奥へ目をやっていた。


「名で呼ばれても振り向かんようになって、もう何年になるかなあ」


 それから、こっちを見上げる。


「さっきの、はじを捨てる、いう言い方もな。

もとは十年前の、鉢の男や」

「どこの男だったんだ」

「さあなあ。よそから来て、すぐおらんようになったでな。

言葉だけ残って、だれやったか、もう、だれも言えん」


 婆さまはそう言って、湯呑みの底をのぞきこんだ。


 照(てる)の手が、袖口をきつく握っていた。


 家並みの屋根の上に、月が明るく出ていた。

竹やぶの上に見た晩より、だいぶ太っている。


 ――十五夜まで、もう幾晩もないな。


「お兄さん」


 袖を引かれて見下ろすと、宵(よい)と呼ばれていた女の子が立っていた。


「竹の娘のお客さん?」

「客とは、ちょっと違うな。回収屋だ」

「かいしゅうや?」

「落ちてるものを拾って、持ち主に返す」


 宵(よい)は目を丸くしてから、こっちの袖をつかみ直した。


「うちにもな、ええもんがある。見せたげる。こっち来て」


 返事も待たずに、宵(よい)は炊(かし)ぎ屋の隣の戸口へ駆けだした。

照(てる)が炊(かし)ぎ屋の戸口で提灯(ちょうちん)に火をもらって、あとからついてくる。


 小さな背中を追って戸口を潜(くぐ)ると、上がり口の脇の棚に、古い籠(かご)が一つ載っていた。

赤んぼが一人、すっぽり収まるくらいの大きさがある。


 宵(よい)が、その籠(かご)を指さした。


「わたしが赤んぼのとき、寝とった籠(かご)や」


 後ろから提灯(ちょうちん)の明かりが差して、籠(かご)の中が明るくなった。

たたんだ布の上に、竹を削った小さなものが並んでいる。

竹とんぼ、掌(てのひら)に載るほどの馬、歯のそろった櫛(くし)。

どれも角がきれいに丸めてあった。


「九つある。毎年、一つずつふえるんや」


 宵(よい)は指で一つずつ数えてから、竹とんぼをつまみ上げた。

羽の先まで薄く削ってあって、明かりが透けて見える。


「これがいちばん、よう飛ぶ。

屋根より高う上がったこともある。

馬は去年の。しっぽまで、ちゃんとある。

櫛(くし)は、まだ使わん。もっと髪がのびてからや」


 照(てる)は何も言わずに、籠(かご)の中を見つめていた。


「よくできてるな。だれのだ」

「わたしの」

「……大事にしてるんだな」


 宵(よい)は胸を張ってから、竹とんぼを両手で包むようにして、布の上へそっと戻した。

羽の向きを、指先でそろえる。


「落とし物とちがうよ。毎年な、だれかが置いてってくれるんや」

――物笑いの種はね、蒔いた覚えのない者の口からでも、毎年ちゃんと芽を出す。

けど、種というのは、笑いの種ばかりでもない。

……黙って蒔かれとる種も、どこかにあるもんさ。

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