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預かりもの 〜拾って、磨いて、返す、辺獄の回収屋〜  作者: ウォーレン・コールドウェル
第四章

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骨折り損

――風の便り

「竹の爺さまの所へ、紙を見てもらいに来たよそ者がおるそうな」

「紙のことなら何でも分かる爺さまが、その帳面だけは首をひねったんやて」

「あの爺さまに分からんもんは、この辺りの誰にも分からん」

「よそ者は『それだけでも助かる』いうて、日が傾くまで爺さまの竹を運んどったそうな」

 立ち話で済む頼みではなさそうだった。


 爺さまが戸口の内へ半歩入ってから、こっちへ顔だけ向けた。


「……中で、聞いてやってくれんか」


 娘が先に土間へ入っていく。

あとについて戸口を潜(くぐ)ると、爺さまは囲炉裏(いろり)に火を入れた。

背負いかけた荷を下ろして、三人で火のまわりに腰を下ろす。

火が明るくなると、娘の顔がはじめてはっきり見えた。

歳は、二十の半ばくらいに見える。

鼻の頭に、枯れ枝を集めたときの土が少しついていた。


「取ってきてほしいのは、『本当』のこと」


 すぐには、何のことか分からなかった。

物の名が出てくると思っていた。


「……『本当』のこと」


 返ってきたのは、小さなうなずきだけだった。


「取りに行くのは、回収屋の仕事じゃない。

こっちは、落ちてるものを拾って返すだけだ」

「おじいが言うてた。

回収屋なら、物の行き先を探すのは慣れとるかもしれん、って」


 爺さまは黙って火に枝をくべた。


 ――木槌(きづち)が止まったのも、日が傾くまで引き留めたのも、それか。


 娘は膝の上で両手を組んだ。


「十年前、ある人に、燕(つばめ)の子安(こやす)の貝を取ってきて、と言いつけた。

燕(つばめ)の巣に、まれにあるいう貝や」


 爺さまがふいに腰を上げた。


「……表の竹を、見てくる」


 土間へ下りて、そのまま戸口を出ていく。


 娘は戸口のほうを見ないまま続けた。


「あの人は、取りに行った。

でも約束の十五夜に、わたしの前へ来たときは、手に何も持ってなかった」

「取れなかったのか」

「土地の人は、何も取れなんだ、て言う。

けど、あの人が言うたのは『持って(・・・)こなんだ』だけ。

『取れ(・・)なんだ』とは、一度も言うてない」

「持ってこなかったのと、取れなかったのとは、違うな」


 火の中で枝が小さく爆(は)ぜた。


「あの人は、本当に何も取れんかったのか。

それを、確かめてきてほしい」

「取ってきてほしい『本当』のことは、それか」


 今度は、はっきりとうなずきが返ってきた。


「なら、本人に訊(き)けばいい」


 娘は、組んだ手に目を落とした。


「あの人は、わたしが行ったら、目も上げない」


 少しして、顔を上げる。


「土地の人に訊(き)いたら、それがまた話になる。

……あんたは、よそへ行く人やから」


 娘の目が、火の上で止まった。


「……わたしも、十五夜には帰る。

帰る前に、……知りたい」

「帰るって、どこへ」


 娘は火のほうを見たまま、答えなかった。

隠しているというより、自分でも行き先を探している目つきだった。


 囲炉裏(いろり)の火の燃える音だけが、しばらく響いた。

くべてあった枝が崩れて、炎がひと回り低くなる。

戸口の外も、いつのまにか薄暗い。


「拾ったものは、持ち主に返す。

それでいいなら、……引き受ける」


 娘はこっちへ目を戻した。


「どういう男だ」

「……土地の人なら、誰でもあの人の話をする。

十年、おんなじ話」


 娘は、小さく首を横に振った。


「わたしの口からは、言いとうない。

……あの人は、下の土地にいる。

あした、連れていく」

「なら、朝また来る。今夜は、斜面の向こうへ戻る」


 荷を背負って戸口を出ると、表はもう暗かった。

囲炉裏(いろり)の明かりが戸口から細く漏(も)れて、その中で爺さまが、壁ぎわに立てた竹を一本ずつ並べ直している。


 並べ直す手が、止まった。

爺さまは、こっちの荷と、斜面のほうとを見比べる。


「……もう、行くんか」

「朝、また来る」


 爺さまは家の中の娘へ目をやってから、こっちの顔を見た。

頼みを引き受けたことは、それで伝わったらしい。

口を開きかけて閉じると、黙って小さく頭を下げた。


「……夜の斜面は、暗うて危ないでな」


 それから、家の裏手へ目をやった。


「紙漉(す)きの小屋でよければ、使うたらええ。屋根はある」

「助かる。あしたも、竹を担がせてくれ」


 爺さまは竹から手を離して、ひとつうなずく。


 小屋の中には、水を張った大きな桶と、壁に立てかけた木の枠があるきりで、あとは板を張った床だけだった。


 荷を枕もとに置いて横になると、表で竹を並べ直す音が、遅くまで続いていた。


  ◇


 あくる朝、小屋を出ると、娘はもう戸口の脇に積んであった籠(かご)を背負っていた。

どの籠(かご)にも、目印の布切れが付いている。

こっちも三つ預かって、紐でまとめて肩に掛ける。


 爺さまは土間で竹を割りながら、顔を上げずに「……頼む」とだけ言った。


 坂の途中で、娘が一度だけ家のほうを振り返った。


「籠(かご)を配り終えたら、あの人の所へ行く」


 竹やぶを抜けると坂はゆるくなって、道の両わきに畑がひらけた。

籠(かご)の端が豆の葉をかすめるたびに、朝露がぱらぱらとこぼれる。

その先に、屋根がいくつも寄り集まっていた。


 坂を下りきると、下の土地の家並みに入った。

どの軒先にも燕(つばめ)が低く出入りしている。


 娘は一軒ずつ戸口に寄って、籠(かご)を下ろしていった。

こっちの肩の分も、そのたびに一つずつ減っていく。

表で待っていると、物珍しそうな目がいくつもこっちへ向いた。


 一軒目は、家の者がもう畑へ出たあとらしい。

軒下で孫を膝にのせて豆をむいていた年寄りの男が、顔を上げた。


「あんた、竹の爺さまんとこのお客さんか」

「爺さまの籠(かご)を届けに来た」

「あの爺さまの籠(かご)は、十年使うても底が抜けん」


 ――本人の籠(かご)は、きのう道の真ん中で底が抜けてたけどな。


 年寄りは豆をむく手を止めずに、娘の背中へ目をやった。


「あの子と、どこで会うた」

「爺さまの家で」

「なら、聞いたやろ。竹から出た子や、いうて」


 答えずにいると、年寄りは声を落とした。


「……爺さまがそう言うとる、いう話やけど」


 かと思うと、声を戻してからからと笑う。


「竹から金も出た、いうて、よその者がよう訊(き)きに来るがな。

出とったら、あの爺さまが今も籠(かご)を編んどるかいな」


 それから、むいた豆をひとつかみ竹の皮に包んで、荷の上に載せてくれた。

膝の孫が、その包みを目で追っている。


「ありがたい」


 二軒目の前の井戸端では、男が水を汲(く)み上げていて、その横で女が桶を洗っていた。

籠(かご)を下ろしに戸口へ入っていく娘の背を、二人の目が追っている。

こっちには背を向けたままだ。


「嫁にくれ、いうて来た五人の男に、取ってこられん物を言いつけたんやて」

「ひとりでに光る石の鉢やら、火にくべても燃えん皮衣(かわぎぬ)やら、雷さまの首の石やら」

「本人が、そう言うたらしいな。

十年も前の話なのに……」


 汲(く)み上げた水を桶へあける音で、話はそこで途切れた。


 三軒目では、干し物を竿に掛けていた若い女が、手を止めてこっちに振り向いた。


「あんた、十五夜まで居るの」

「さあ」

「あの子、十五夜には帰るって、自分で言うてる。

どこへかは、誰も知らんけど」


 三軒目の戸口から娘が戻ってきた。


 ――噂がこれだけ回ってるなら、顔に一枚くらい載っていてもよさそうなもんだが。


 ゆうべ囲炉裏(いろり)の火で見たときから、娘の顔には何も載っていなかった。


 娘の背の籠(かご)は、残り一つになった。


 家並みのまん中に、ひときわ棟(むね)の高い建物がある。

開け放した戸口から湯気が流れ出て、麦の炊(た)ける匂いがした。


「あの建物は」

「炊(かし)ぎ屋。この辺りの家のご飯は、みんなここで炊(た)いてる」


 高い棟(むね)のすぐ下に燕(つばめ)の巣がいくつもかかっていて、親鳥がしきりに出入りしている。


 そこへ脇の小道から女の子が駆けてきた。

十くらいだろうか。

水を張った手桶が体に比べて大きすぎて、一歩ごとに水がはねる。

炊(かし)ぎ屋の戸口の手前で、とうとう手桶ごとつんのめった。


 水は土の上に広がって、見る間にしみこんでいく。


 女の子は空の手桶を起こすと、腰に両手を当てて、首を横に振った。


「あーあ。かいなし、や」


 誰かの口まねらしい。


 横で娘の肩が小さく動いた。


 炊(かし)ぎ屋の隣の家の戸口から、女が顔を出した。


「宵(よい)、手桶は割れとらんか」

「割れとらん。水だけやもん」


 宵(よい)と呼ばれた女の子は、手桶を振り回しながらもと来た小道へ駆け戻っていく。


 娘はその背中が小道の奥へ消えるまで見送ってから、目を伏せて、ひとつ息をついた。

最後の籠(かご)を抱え直して、炊(かし)ぎ屋へ入っていく。


 こっちもあとについて入ったが、昼の支度で立ち働く人と、二度ぶつかりかけて、表で待つことにした。


 軒下の日陰では男が一人、竹を削っている。

小刀を手前へ引くたびに、薄い削り屑(くず)がくるりと巻いて落ちた。

きのう土間で見た爺さまの手つきによく似ている。


 炊(かし)ぎ屋の戸口から、襷(たすき)掛けの若い衆が顔を出した。


「かいなし、頼む。笊(ざる)のへりがほつれた」


 軒下の男が振り向いた。

その顔に、厚い一枚が視えた。

頬をすっかり覆(おお)っている。


 男は声を出さずにひとつうなずくと、小刀と削りかけの竹を脇へ置いて、立ち上がった。

右の脚を引きずりながら、戸口へ歩いていく。

右の手は、小刀を置いたあとも握ったままだった。

顔の一枚は右の頬のところでだけ、端が少し浮いている。


 置いていった竹は節(ふし)を一つだけ残して、あとはきれいに削ってあった。


 炊(かし)ぎ屋の前の長い腰掛けでは、婆さまが湯呑みを抱えていた。

男の背中を目で追ってから、こっちを見上げる。


「かいなし、というのは」


 婆さまは、くつくつと笑った。


「十年前に、竹の娘から、燕(つばめ)の子安(こやす)の貝を言いつけられた男や」


 ――ゆうべの「あの人」は、軒下で竹を削っていた男か。


 皺(しわ)だらけの指が、炊(かし)ぎ屋の高い棟(むね)をさした。


「最後の晩まで尻込みしとってな。

十五夜の前の晩に、慌ててあの棟(むね)へ上って、巣に届く前に落ちた。

落ちて脚を折って、手には何も無し。

貝が無いんで……」


 婆さまは湯呑みを膝に置いて、ゆっくり首を横に振った。


「かいなし、や」


 湯呑みを取り上げて口をつけてから、また話しだす。


「実のなる枝をこしらえさせて、持ってきた者もおったなあ。

あっちは、すぐに見破られた。

月見の晩には、毎年この話で笑うてな」


 婆さまは自分で言って、自分で笑った。


 籠(かご)を届け終えた娘が、炊(かし)ぎ屋から出てきて隣に並んだ。

開け放した戸口の奥で、男が笊(ざる)のへりを編み直している。

指の運びに迷いがない。


「さっきの削り方、爺さまに似てるな」

「あの人は、おじいの弟子やった」


 娘は戸口の奥の男を見ていた。

男は一度も、笊(ざる)から目を上げない。


 婆さまが湯呑みの陰から、こっちと娘を見比べた。


「竹の娘が、よそのお人を連れて歩いとる。六人目かい」

「回収屋だ」

「回収屋?」


 婆さまは目を丸くしてから、肩を揺らして笑った。


「なら、落とした貝でも拾いに来なさったか」


 娘は笑わなかった。


 炊(かし)ぎ屋の奥から、また声がかかった。


「かいなし、こっちの笊(ざる)も頼む」


 男が顔を上げて、声のほうを向いた。


 頬を覆(おお)う一枚の上のふちは、もう目の下まで来ていた。

――骨を折って、何も残らんのを、骨折り損と言ってね。

損か得かは、たいてい、そばで見とった者が決める。

……当人が何と言ったかは、あんまり覚えとらんもんさ。

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