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預かりもの 〜拾って、磨いて、返す、辺獄の回収屋〜  作者: ウォーレン・コールドウェル
第四章

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底が割れる

――風の便り

「じょうの爺さまがさ、石の前で、外れの人に深々と頭を下げたんだよ」

「まりさんなんか、蒸かした芋を握らせて、名前で呼んでたってさ」

「来年から、あの刻(とき)は外れでまた音が鳴るんだと。あたしらはそれを黙って聞くのさ」

「よそから来た人は、戸を一枚貸すって言われて、笑いもしないで出てったよ」

 〈万(よろず)の棚〉の板の間で目を開けると、もう外は明るかった。

並んだ背の模様が寝転んだままでも見分けられる。


 起き上がって、荷の口から帳面を出してみた。

一晩おいても、膨らんだままだ。

掌(てのひら)で押さえて離すと、ゆっくり元の厚みへ戻っていく。


 綴(と)じ紐はゆるめたまま、荷の底へしまった。


 ――見てもらう相手を、探しに行くか。


 町では、紙を漉(す)いている家を一軒も見なかった。


 ふと、湯呑みに名を書いてもらった晩の語り部を思い出す。

山ひとつ向こうの道で紙の束を落として、風に飛ばされたのを半日かけて拾い集めた、と話していた。

ばらけた紙は、通りかかった者が、めくれる形に綴(と)じてくれたそうだ。

畑の合間に、頼まれた紙を綴(と)じている者だという。


 どの山かまでは、聞きそびれた。


 草鞋(わらじ)の紐を締めて戸口を出た。

窪(くぼ)みの底へは、今朝も細い道がいくつも下りてきている。

町へ抜ける一本は、行きも帰りも歩いた道だ。

今日は、林の切れ目へ上がっていく一本を行く。


  ◇


 斜面を上りきると、向こう側がひらけた。


 ゆるい下りの先に、竹やぶが広がっていた。

風が涼やかに通り抜けるたびに、葉がさやさやとさざめいて、やぶ全体が明るくなったり暗くなったりする。

その上を、燕(つばめ)が何羽も低く飛び交っていた。

巣立ったばかりなのか、羽ばたきのまだおぼつかない若い鳥も混じっている。


 燕(つばめ)は人の住む家の軒に巣をかける。

あれだけ飛んでいるなら、やぶの先に家があるのかもしれない。


 ――道を訊(き)くなら、燕(つばめ)のほうが早そうだ。


 燕(つばめ)の多いほうへ斜面を下りた。


 竹やぶの脇の道へ出ると、道の真ん中に竹が散らばっていた。


 どれも腕の長さほどに切りそろえた太い竹で、そのあいだで年寄りが片膝をついて大きな籠(かご)を抱えている。

籠(かご)の底の編みが割れて、拾って入れるそばから竹が割れ目を抜けて転がり出ていた。


 年寄りはこっちに気づくと、腰を浮かせた。


「ああ、すまん。道をふさいだ。

じき片づける」


 言い終わらないうちに、また一本が割れ目から抜け落ちた。


 荷を下ろして転がった竹を拾い集めた。

年寄りの横へ積んでから、抱えた籠(かご)に手を添えて、二人で底を上へ返す。

底の竹ひごが三本ほど折れて、割れ目が拳(こぶし)の幅まで広がっていた。


 荷から布切れを出して端を細く裂いた。

裂いたほうを指で撚(よ)ってから、割れ目の両側の編み目へ通していく。

何度か回して引き締め、上と下でもう一度同じだけ掛けた。

親指で押すと、指の下で編み目がしっかり張っている。


 年寄りは繕(つくろ)った所をしばらく眺めていたが、やがて結び目の一つに指を掛けてするりとほどいた。


「ええ繕(つくろ)いや。……けど、この結びでは、担いどるうちに緩む」


 年寄りは布の端で輪を二つこしらえて、互い違いに掛ける。

きゅっと締めてから、余った端を結び目の下へ潜(くぐ)らせた。

結び目のどこからも、端が出ていない。


「こう結べば、ほどけん。

端を隠しとけば、どこにも引っかからん」


 残りの二つも、同じ形に結び直していく。

指は少しも迷わない。


 ――繕(つくろ)ったのはこっちで、仕上げは向こうか。


 年寄りは割れた編み目を指でなぞって、苦笑いした。


「籠(かご)を編んで食うとる者が、このざまや。

編む者の籠(かご)ほど、よう割れる。

人のを先にこしらえて、自分のは後回しになるでな」


 足もとに積んだ竹へ目をやった。


「この竹も、籠(かご)にするのか」

「いや。月見に立てる竹や。

十五夜には、このやぶの広場へ、下の土地の者がみな寄る。

月を見ながら、毎年おんなじ話を聞きよる。

……その席の竹は、わしが割る」


 繕(つくろ)った底をかばって、竹を寝かせて詰め直すと、三本だけ入りきらなかった。

荷を背負い直して、その三本をそろえて抱える。

年寄りは籠(かご)を背負い直して、頭を下げた。


「恩に着る。家は、すぐそこや」


 竹やぶを抜ける細い道を、年寄りのあとについて歩いた。


 道の先に、家が一軒あった。

軒の下に戸板が何枚も立てかけてあって、どの板にも紙が一枚ずつ貼りつけて干してある。

紙は白というより、ほんのり黄みがかっている。


 ――綴(と)じる家ではなく、漉(す)く家か。


 年寄りは土間の脇に籠(かご)を下ろして、腰を一つ叩いた。

こっちも抱えてきた三本を、籠(かご)の横に立てかける。


「わしは、造(つくり)いう者や。竹を割って暮らしとる。

籠(かご)も編む。ああして、紙も漉(す)く」


 造(つくり)と名乗った爺さまは、土瓶の麦湯を椀(わん)に二つ注いだ。

一つを上がり口の板に置き、もう一つを持って自分も上がり口に腰を下ろす。


「いただく」


 ひと口含むと、香ばしい匂いが鼻へ抜けた。

爺さまも一口すすって、長い息をついた。


「どっから来なさった」

「斜面の向こうからだ。燕(つばめ)の多いほうへ下りてきた」

「燕(つばめ)に、道を訊(き)いたかい」

「訊(き)いた。おかげで、迷わずに来られた」


 爺さまは、声を立てずに笑った。


「燕(つばめ)も、今年はよう来た。

十五夜が過ぎたら、みな南へ発(た)つ」


 軒の下を、燕(つばめ)が一羽、低く潜(くぐ)り抜けていった。


 爺さまは椀(わん)を置いて、膝に手をついた。


「さて……もうひと仕事」


 土間にしゃがんで、籠(かご)に編むぶんの竹を割りはじめる。

竹の頭に鉈(なた)の刃を当てて、背を木槌(きづち)で一つ打つ。

乾いた音がして、竹がまっすぐ縦に割れた。

割った竹を、今度は小刀で薄くそいでいく。

細く巻いた削り屑(くず)が膝の前に散った。


 爺さまは手を止めると、その屑(くず)を掌(てのひら)で土間の隅へ寄せた。

隅にはもう小さな山ができている。


「減ったぶんだけ、渡っとる」


 誰に言うでもない、言い慣れた口ぶりだった。


 爺さまは、戸口の脇へ目をやった。

編み上がった籠(かご)がいくつも積んである。

どれにも色の違う布切れが一枚ずつ、端の出ていないあの結び方で留めてあった。

頼んだ家の目印らしい。


 ――削られた竹が、あの籠(かご)になって、頼んだ家へ渡っていくわけか。


 竹を削る背中を眺めているうちに、荷の底の帳面を思い出した。


 ――そういえば、紙を見てもらいに来たんだったな。


 麦湯を飲み干して、帳面を荷から抜き出した。


「紙を漉(す)くなら、見てほしいものがある」


 上がり口の板に帳面を置く。

爺さまは小刀を脇へやり、前掛けで手を拭ってから取り上げた。


 表紙を指の腹で撫(な)で、頁(ページ)を一枚つまんで戸口の明るみに透かす。


「ええ紙や。どこも傷んどらん」


 それから閉じて、上から掌(てのひら)で押さえた。

手を離すと、帳面はゆっくり元の厚みへ膨らんでいく。


「湿気(しけ)た紙なら、押さえたら押さえたまんまになる」


 爺さまは、ゆるめてあった綴(と)じ紐をつまんで、少しだけ締めた。

締めたところが細くなって、その下が、見ているうちに膨らんでいく。


 紐をつまんだまま、爺さまの指が止まった。


 しばらくそうしてから、紐を元のゆるさに戻した。


「紙なら、分かる」


 爺さまは指先で帳面を押して、こっちへ寄せた。


「だが……この綴(と)じは、分からん。見たことがない」

「畑の合間に紙を綴(と)じる者を、知らないか」

「……さあ。この辺りでは、聞かんなあ」

「紙のせいじゃないと分かっただけでも、ありがたい。助かる」


 帳面を荷へ戻して口を締めかけたとき、梁(はり)から吊(つ)るした籠(かご)に目が止まった。


 両手に載るほどの小さな籠(かご)だ。

竹がすっかり色づいて、編み目の角が丸くすり減っている。

戸口の脇の新しい籠(かご)と比べると、使いこまれ方がまるで違う。


「あれは、何を入れる籠(かご)だ」


 爺さまは脇へやった小刀を取り直しかけて、顔を上げた。


「あれかい。あれは子や。籠(かご)に入れて育てた。

……そら、小さかったさかいにな。

それが、三月(みつき)もせんうちに、籠(かご)からはみ出しよったがな」


 それから削りかけの竹へ目を戻す。


「竹やぶで拾うた。

光っとったんで、照(てる)とつけた」


 冗談を言う口ぶりではなかった。

干してある紙の話をしたときと同じ声で言った。


 爺さまは新しい竹を一本立てて、頭に鉈(なた)の刃を当てる。


「あんたは、何をして歩いとる」

「回収屋だ。落ちてるものを拾って、持ち主に返す」


 振り上げた木槌(きづち)が、宙で止まった。


 爺さまはしばらく刃の先を見ていた。

それから木槌(きづち)を下ろして、竹を割った。


 割れた竹を脇へ寄せて、爺さまは何か言いかける。

そのまま口を閉じて、次の竹を立てた。

二本目を割ってから、ようやくこっちを見た。


「……急ぐ旅でないなら、日が傾くまで、割った竹を運ぶのんを手伝うてくれんか」


 帳面を見てもらった礼を、まだ何も返していない。


「ああ」


 割った竹を壁ぎわへ運んで、立てていった。

爺さまが割って、こっちが運ぶ。

太いものから順に、端の高さをそろえて並べていく。


 割る手を休めるたびに、爺さまはやぶの奥へ続く細い道へ目をやった。


 何本目かで爺さまが手を止めて、並んだ竹を眺めた。


「繕(つくろ)いも、並べ方も、器用なもんや」


 ――〈万(よろず)の棚〉の並びが、すっかり手になじんだか。


 日が傾いて、戸口の外で燕(つばめ)の声がした。

表へ出ると、竹やぶの切れ目から下の土地の屋根が見えた。

燕(つばめ)はもう昼のようには飛び交っていない。

屋根のほうへ低く下りていって、いちばん高い棟(むね)のあたりへ次々に吸いこまれていく。


 竹やぶの上には、半分より太った月が白く浮かんでいた。


 ――棚へ戻るなら、そろそろ発(た)たないと斜面の道が見えなくなるな。


 そう思って荷に手をかけたとき、やぶの奥から、葉を踏む音がした。


 細い道を娘が一人、籠(かご)を背負って出てくる。

籠(かご)には枯れ枝が詰まっていた。


 爺さまが戸口から顔を出した。

娘を見て、目もとがゆるむ。


「おう、戻ったか」


 娘が小さくうなずく。


「照(てる)。ちょっと、こっちへ」


 娘は籠(かご)を背負ったまま、爺さまのそばまで来た。

爺さまが低い声で何か言う。

娘の目がこっちへ向いて、しばらくそのまま動かない。

その目が一度だけ、竹やぶの上の月へ上がった。


 籠(かご)を下ろすと、娘は両手の土を払った。

それから爺さまの耳もとへ、ひと言だけささやく。


 爺さまが、こっちへ向き直る。


「この子が、あんたに頼みがあると言うとる」


 娘が一歩、前へ出た。


「取ってきてほしいもんが、ある」

――「底が割れる」というのはね、籠(かご)の話なら、繕(つくろ)えばしまいさ。

話の底が割れると、そうはいかん。

詰めとったもんが、思いもよらん所からこぼれてくる。

……もっとも、割れてみるまで、底があったことにさえ気づかん話も多いがね。

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