第9話 泥棒猫、捕まる
白い。
とにかく。
白い。
「……大きい」
私は。
王宮を見上げていた。
アデューの中心。
街のどこからでも見えていた。
白亜の王宮。
近くまで来ると。
想像していたより。
ずっと大きい。
何段も続く白い石段。
空へ伸びる細い塔。
金色の屋根。
壁には。
巨大なカードを模した装飾。
正面には。
人が何十人並んでも通れそうな大門がある。
その前。
銀色の鎧を着た兵士たちが。
槍を持って立っていた。
「……ねえ」
「何だ」
「これ」
私は。
オラクルを見る。
「忍び込むの無理じゃない?」
「何言ってんだ」
オラクルが鼻で笑った。
「泥棒にとっちゃ、警備が厳しいほど燃える」
「燃えなくていいよ!」
「お宝が王宮にあるんだぞ?」
黄色い目が。
きらきらしている。
嫌なきらきら。
「☆3だぞ?」
「私たちは盗みに来たんじゃないの!」
「似たようなもんだろ」
「全然違う!」
「中に入る」
「うん」
「カードを見る」
「うん」
「持って帰る」
「最後が違う!」
こいつ。
本当に大丈夫かな。
「まず普通にお願いするからね」
「無駄だと思うぞ」
「やってみなきゃ分からないでしょ」
「世の中にはやらなくても分かることが――」
「おばあちゃんが言ってたの」
「ん?」
「分からないことを、分かったつもりにならない」
「……」
オラクルが。
少し黙る。
「強いな、そのばあさん」
「うん」
私は。
王宮の門へ向かった。
◇◇◇
「すみません!」
守衛が。
こちらを見る。
大きい。
銀色の胸当て。
青いマント。
槍。
近くで見ると。
かなり怖い。
でも。
逃げない。
「どうした?」
思っていたより。
普通の声だった。
「あの」
私は。
頭を下げる。
「中に入れてほしいんです!」
「王宮に?」
「はい!」
「用件は?」
「探している物があって」
守衛の眉が。
少し動く。
「何だ?」
「……」
真実のカード。
言っていい?
いや。
聖なるマップのことまで。
聞かれるかもしれない。
「カードです」
「この国にはカードが何百万枚もある」
「ですよね」
困った。
「特別なカードなんです」
「名前は?」
「真実の――」
途中で。
オラクルが。
私の肩を掴んだ。
「おい」
小声。
「何?」
「いきなり名前出すな」
「なんで?」
「国宝級かもしれねえだろ」
「……」
それは。
そうかもしれない。
守衛が。
怪訝な顔をする。
「どうした?」
「えっと……」
私は。
言い直した。
「王宮の中にあるかもしれないカードを探していて」
「許可証は?」
「ないです」
「王族からの招待状は?」
「ないです」
「王宮関係者の紹介は?」
「ないです」
「身分証明は?」
「……ないです」
守衛。
「……」
私。
「……」
「帰りなさい」
「ですよね!」
オラクルが。
隣で笑いをこらえている。
腹立つ。
「お願いです!」
私は。
もう一度。
頭を下げた。
「ちょっとだけでも!」
「駄目だ」
「見るだけ!」
「駄目だ」
「入り口だけ!」
「何を見るんだ」
「……王宮?」
「帰りなさい」
強い。
さっきの私の言葉。
全部。
通用しない。
「うぅ……」
困っていると。
オラクルが。
ため息をついた。
「仕方ねえな」
「何?」
「俺に任せろ」
「嫌な予感しかしない」
「見てろ」
オラクルが。
前へ出る。
「お兄さん」
守衛を見る。
「何だ」
「まあまあ」
オラクルは。
妙に馴れ馴れしい。
そして。
懐へ手を入れた。
嫌な予感。
ものすごく。
嫌な予感。
「ちょっとくらい」
ちゃり。
銀色のB。
「これで」
守衛の手へ。
そっと。
握らせようとした。
「目をつむってくれよ」
「…………」
守衛。
オラクル。
私。
時間が。
止まった。
「……オラクル」
「何だ」
「それ何してるの?」
「交渉」
「それ絶対交渉じゃないよね」
守衛が。
ゆっくり。
オラクルを見る。
「貴様」
「あ?」
「今」
声。
低い。
ものすごく。
低い。
「王宮守衛へ賄賂を渡そうとしたな?」
オラクルの耳が。
ぴくっ。
「……人聞き悪いな」
「銀Bを差し出しただろう!」
「友好の証」
「ふざけるな!」
「うわっ!」
守衛が。
オラクルの首根っこを掴んだ。
猫。
持ち上がる。
「ちょっ! 待て!」
「王宮への不法侵入を要求し」
「まだ入ってねえ!」
「守衛への贈賄!」
「贈賄じゃねえ、心付けだ!」
「同じだ!」
「違う!」
「オラクル!」
私は。
慌てて追いかける。
守衛。
別の兵士へ合図。
「連行しろ!」
「はっ!」
二人。
オラクルを挟む。
「おい!」
オラクルが。
暴れる。
「離せ!」
「大人しくしろ!」
「俺を誰だと思ってる!」
「犯罪者だ!」
「合ってるけど言い方!」
「合ってるんだ……」
「フール!」
「何!?」
「助けろ!」
「どうやって!?」
「考えろ!」
「自分で捕まったんでしょ!」
「そこは今どうでもいい!」
「よくない!」
オラクルは。
そのまま。
王宮の中へ連れていかれる。
「フール!」
「オラクル!」
「俺を置いて行くなよーーー!」
「そっちが先に中入ってるじゃん!」
門。
閉まる。
ガチャン。
「……」
私は。
一人。
門の前に残された。
「……」
守衛。
私を見る。
「君は帰りなさい」
「……はい」
◇◇◇
少し離れた。
王宮前の噴水。
私は。
石の縁に座っていた。
「どうしよう……」
オラクル。
捕まった。
お宝探し。
できない。
しかも。
一人。
「……」
不安。
胸が。
ぎゅっとなる。
三匹が死んだあと。
一人になった時の感覚。
少しだけ。
戻ってくる。
「違う」
私は。
自分の頬を。
ぱちん。
「考える」
――分からない時は、焦らない。
緑。
「そうだよね」
泣いてても。
何も変わらない。
オラクルは。
自分で捕まった。
本当に。
自分で。
……腹立つ。
でも。
仲間。
助ける。
「まず」
私は。
王宮を見る。
「中に入らないと」
正面。
無理。
裏?
もっと無理そう。
壁。
高い。
登れない。
地下?
知らない。
「何か方法……」
考えている。
その時。
ガチャン。
王宮の門。
少し。
開いた。
「……?」
私は。
顔を上げる。
一人の人物。
門へ近づいている。
黒いフード。
「……!」
見た。
市場。
貧しいお姉さんを。
遠くから見ていた人物。
あの人。
守衛の前へ。
何か。
差し出す。
小さな。
銀色の札?
守衛が。
確認。
そして。
「どうぞ」
頭を下げる。
フードの人物は。
何も言わず。
王宮へ入っていった。
「……入った」
王宮の関係者?
許可証?
それとも。
特別な身分?
「なんであの人が……」
気になる。
市場で。
あのお姉さんを見ていた。
足元には。
真っ白なカードが見えた。
そして。
今。
王宮。
「……」
偶然?
分からない。
でも。
調べる価値はある。
私は。
立ち上がる。
◇◇◇
「王宮に入れるカード……」
私は。
もう一度。
アデューの市場へ戻った。
カードの国。
ここなら。
何かある。
「透明になるカード!」
店主。
首を振る。
「売り切れ」
「変身するカード!」
「高いよ」
「壁を通り抜けるカード!」
「☆4だ。子供が買える額じゃない」
「空飛ぶカード!」
「王宮上空は結界がある」
「穴掘るカード!」
「王宮の地下はもっと厳重だ」
「……」
全部。
駄目。
私は。
店から店へ。
回る。
探す。
【姿を大人に見せるカード】
高い。
【衛兵の服に変身するカード】
使用条件あり。
【瞬間移動カード】
目的地へ行ったことがないと使えない。
「うぅ……」
難しい。
足が。
止まる。
その時。
市場の端。
怪しい露店。
いや。
怪しい。
本当に。
怪しい。
薄暗い布。
顔を隠した店主。
並んでいるカードも。
変なものばかり。
【一時間だけ歯が金色になる】
【蚊に刺されなくなる】
【くしゃみの音が猫になる】
「……」
帰ろうかな。
その時。
一枚。
目に入った。
「……これ」
半透明。
表面。
人の輪郭。
【透明のカード】
「透明……?」
説明。
読む。
【使用者の姿を一定時間、視認できなくする】
【残り使用回数:2】
「これだ!」
店主が。
にやり。
「見る目あるねえ」
「いくら?」
値札。
見る。
「……」
高い。
銀B。
七枚。
私は。
黄色のお金の袋を見る。
七枚。
大きい。
これから。
食べ物。
宿。
旅。
色々。
必要。
「……」
――お金が必要なら稼げばいいでぷ。
黄色。
声。
思い出す。
「必要な時に使う」
私は。
銀Bを。
七枚。
出した。
「ください」
「毎度」
カードを受け取る。
冷たい。
少し。
光っている。
【透明のカード】
「……オラクル」
私は。
王宮を見る。
「今行くから」
◇◇◇
夕暮れ。
王宮の門。
兵士の交代。
私は。
少し離れた物陰にいた。
透明のカード。
握る。
心臓。
速い。
「……使うよ」
カードが。
光る。
指先。
薄くなる。
「わっ」
腕。
消える。
身体。
服。
全部。
透明。
「すご……」
声は。
聞こえる。
気をつけないと。
王宮の門。
交代の兵士。
扉。
開く。
今。
私は。
走った。
足音を。
兵士たちの音に重ねる。
一歩。
二歩。
三歩。
門。
通過。
「……!」
入った。
王宮。
中。
白い大理石。
天井。
高い。
巨大なシャンデリア。
金色の装飾。
壁一面。
絵画。
カードを持つ歴代の王族。
「すご……」
違う。
見とれてる場合じゃない。
オラクル。
それと。
フードの人。
私は。
静かに。
廊下を進んだ。
◇◇◇
迷った。
完全に。
「……どこ?」
廊下。
廊下。
階段。
また廊下。
部屋。
部屋。
部屋。
全部。
同じように豪華。
「地下牢ってどこなの……」
オラクル。
もっと。
分かりやすいところで捕まって。
……無理か。
その時。
身体。
指。
うっすら。
見える。
「え?」
透明。
切れる?
カードを見る。
文字。
【効果時間終了間近】
「待って!」
まだ。
何もしてない!
「もう一回!」
カード。
光る。
透明。
戻る。
【残り使用回数:0】
「……」
終わった。
次。
切れたら。
私。
普通に見える。
「急がないと」
走る。
でも。
音。
出せない。
早歩き。
急ぐ。
階段。
上。
二階。
三階。
「……?」
廊下。
奥。
黒いフード。
「いた!」
市場の人。
私は。
追う。
声は出さない。
フードの人物。
扉へ入る。
大きな部屋。
扉。
閉まりかける。
「待って!」
私は。
隙間へ。
滑り込む。
その瞬間。
カード。
光。
消える。
「……え」
透明。
解除。
「うわっ」
身体。
突然。
見える。
足が。
もつれる。
絨毯の上。
転ぶ。
「痛っ!」
「誰だ!」
声。
私は。
顔を上げた。
フードの人物。
振り返る。
手を。
フードへ。
そして。
外した。
「……」
男。
若い。
私が。
今まで見た人の中でも。
かなり綺麗な顔。
金に近い淡い髪。
青い瞳。
白と青の。
上等な服。
胸元。
王家の紋章。
「……え」
王子?
男も。
私を見て。
目を見開いている。
「君は……」
「……」
「どこから入った?」
「えっと」
まずい。
説明。
できない。
「怪しい者じゃないです!」
「王宮の三階まで侵入している時点で十分怪しい!」
「ですよね!」
王子が。
壁。
呼び鈴へ手を伸ばす。
「待って!」
私は。
両手を上げた。
「友達を助けに来ただけなの!」
「友達?」
王子。
手が止まる。
その時。
王子が。
私の顔を。
じっと見る。
「……君」
「何?」
「市場にいた子供か?」
「え?」
「一枚しかカードを売っていなかった女性」
「……」
「彼女からカードを買っただろう」
私は。
息を呑んだ。
やっぱり。
あの人。
あのお姉さんを。
見ていた。
「見てたの?」
「……」
「どうして?」
王子が。
答えるより先に。
机の上。
一枚。
カードが目に入った。
真っ白。
何も。
描かれていない。
「……!」
市場で。
一瞬。
見た。
白いカード。
同じ?
そして。
胸元。
聖なるマップが。
熱くなった。
「熱っ……」
王子の目が。
私の胸元へ。
「何だ?」
「何でもない!」
私は。
服の上から。
地図を押さえる。
でも。
熱が。
強くなる。
まるで。
何かに。
反応している。
真実のカード?
違う。
地図が反応しているのは。
机の上。
白いカード。
その時。
ほんの一瞬。
白紙だったカードの表面に。
黒い染みが。
浮かんだ。
「……え?」
黒。
カードの中央。
じわ。
広がる。
そして。
瞬きをした次の瞬間。
消えた。
真っ白。
何もない。
「今……」
「どうした?」
王子は。
気づいていない。
私は。
白いカードを見る。
胸元。
聖なるマップ。
そして。
思い出す。
【真実のカード】の後ろに。
一瞬だけ現れた。
黒いカード。
白。
黒。
真実。
「……」
何か。
ある。
絶対に。
王子が。
私を見る。
「さて」
「……」
「君には色々と聞かなければならないようだ」
私は。
ごくり。
唾を飲む。
オラクルを助けるために。
王宮へ忍び込んだだけ。
だったはずなのに。
なぜか。
私は。
また一つ。
この世界の秘密の前に。
立っていた。




