第8話 カードの国アデュー
「アデューまで、どれくらい?」
「順調なら数日だな」
「数日!?」
私は思わず立ち止まった。
「遠い!」
「旅ってのはそういうもんだ」
オラクルは平然と歩き続ける。
灰色の尻尾が。
左右にゆらゆら揺れている。
「昨日まで海だったのに」
「世界は広いんだよ」
「足痛くなる」
「もうなってんだろ」
「なってる」
「なら同じだ」
「全然同じじゃない!」
アデュー。
☆3【真実のカード】があるという。
カードの町。
いや。
オラクルによれば――。
「国だ」
「町じゃないの?」
「正確には小国だな。中心都市も国名と同じアデュー。だからみんな適当に“カードの町”って呼ぶ」
「へぇ……」
また一つ。
この世界のことを知った。
私は。
歩きながら自分の腰を見る。
【旅人の短剣】。
黄色のお金の袋。
胸元には。
聖なるマップ。
三匹と旅をしていた時より。
荷物は増えた。
でも。
隣を歩く人数は。
減った。
「……」
「何だ?」
オラクルがこちらを見る。
「なんでもない」
「そうか」
それ以上。
聞いてこなかった。
意外だった。
もっと。
ずけずけ聞いてくる奴だと思ってた。
オラクルは。
口は悪い。
泥棒。
人のお金を盗む。
最悪。
でも。
私が黙りたい時は。
何も聞かなかった。
「……オラクル」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「なんでもない」
「何だそりゃ」
オラクルが。
鼻で笑った。
◇◇◇
旅は。
思っていたより大変だった。
初日の夜。
「野宿!?」
「そうだ」
「宿は!?」
「街道の真ん中に宿があるように見えるか?」
「ない!」
「じゃあ野宿だ」
「虫は!?」
「いる」
「無理!」
「じゃあ立って寝ろ」
「もっと無理!」
結局。
大きな木の下で眠ることになった。
オラクルが拾った枝で火を起こす。
ぱちぱちと。
炎が夜を照らす。
「火、つけられるんだ」
「俺を何だと思ってる」
「泥棒」
「お前それ気に入ってるだろ」
夕食は。
途中の村で買った硬いパンと。
干した肉。
私は。
肉を一口食べた。
「……」
――肉……食べたいでぷ。
赤の声。
胸が。
きゅっと痛くなる。
「……おい」
「何?」
オラクルが。
自分の干し肉を半分。
こちらへ差し出した。
「食うか?」
「なんで?」
「知らん」
「自分の分なくなるよ」
「俺はいい」
「……」
私は。
首を横に振った。
「大丈夫」
そして。
自分の肉を。
もう一口。
食べた。
「ちゃんと食べるって約束したから」
「……そうか」
誰との約束なのか。
オラクルは聞かなかった。
その夜。
焚き火の向こう。
空には。
数え切れない星があった。
私のいた世界でも。
星は見えた。
でも。
こんなにたくさんじゃない。
「綺麗……」
青。
白。
赤。
中には。
ゆっくり動いている光もある。
「あれも星?」
「飛空船」
「船が空飛んでるの!?」
「たまにな」
「乗りたい!」
「高いぞ」
「……歩く」
「決断早えな」
この世界には。
まだ。
知らないものが。
山ほどある。
怖いものも。
きっと。
いっぱいある。
でも。
それと同じくらい。
見てみたいものも。
たくさんあった。
◇◇◇
次の日。
モンスターにも遭遇した。
「出た!」
茂みから飛び出したのは。
丸い身体に。
六本の脚。
頭から二本の角を生やした生き物。
「オラクル!」
「任せた」
「何で!?」
「練習」
「いきなり!?」
「弱い」
「見た目めちゃくちゃ怖いよ!」
「そいつ草食だ」
「じゃあ何でこっち来るの!?」
「お前が赤い実踏んだから」
足元。
ぐちゃ。
赤い実。
「……ごめんなさい!」
「そいつに謝れ!」
私は。
慌てて短剣を抜いた。
結果。
戦わなかった。
赤い実を。
遠くへ投げたら。
モンスターも。
そっちへ走っていった。
「……勝った」
「戦ってねえだろ」
「生き残ったから勝ち!」
「まあ、それはそうだな」
オラクルは。
少しだけ笑った。
赤たちがいたら。
きっと。
一緒に笑ってた。
そう思う。
でも。
泣かなかった。
忘れたわけじゃない。
泣かない時間が。
少しずつ。
増えてきただけ。
◇◇◇
そして。
数日後。
丘を越えた瞬間。
「……!」
私は。
息を呑んだ。
遠く。
白い城壁に囲まれた街。
中央には。
何本もの細長い塔。
塔の先端には。
巨大なカードが飾られている。
赤。
青。
金。
銀。
風を受けて。
何百枚もの旗が揺れていた。
そして。
街の上空。
カードが。
飛んでいる。
本当に。
飛んでいる。
「オラクル」
「何だ」
「カード飛んでる」
「飛んでるな」
「カードが!」
「見りゃ分かる」
「なんでそんな普通なの!?」
私たちの前には。
大きな門。
その上。
金色の文字。
【ADEU】
カードの国。
アデュー。
「着いたぞ」
オラクルが言った。
「ここが」
「世界中のカードが集まる国だ」
私は。
門をくぐった。
そして。
「すごぉぉぉい!!」
叫んだ。
カード。
カード。
カード!
本当に。
町中。
カードだらけ。
店の看板。
カード。
宿屋の看板。
カード。
露店。
カード。
子供たちまで。
道端でカードを広げて遊んでいる。
建物の壁には。
人の背丈より大きなカード。
頭上には。
魔法で作られた半透明のカードが。
魚みたいに空を泳いでいた。
「前見ろ」
「でも!」
「ぶつかるぞ」
「こんなの見たことない!」
「だから前を――」
ドンッ。
「痛っ!」
人にぶつかった。
「……」
「言ったよな?」
「はい」
◇◇◇
通りには。
カードを売る声が飛び交っている。
「攻撃魔法カード! 本日だけ二割引き!」
「召喚カード入荷したよ!」
「旅人用の保存カード! 食料を腐らせたくないならこれ!」
「恋占いカード、一回赤B二枚!」
私は。
右を見て。
左を見る。
「全部魔法が使えるの?」
「いや」
オラクルが説明する。
「普通に遊ぶためのカードもある」
「遊ぶ?」
「ああ。魔法を封じた物もあれば、契約に使う物、召喚、保存、記録――種類は山ほどだ」
「すごい……」
一軒の露店。
カードの上に。
説明が浮かんでいる。
【☆1 一分間だけ髪が伸びるカード】
「……」
私は。
自分の髪を見る。
「いらない」
「正しい」
次。
【使用すると三秒間だけ声が低くなる】
「オラクル!」
「買わねえぞ」
「まだ何も言ってない!」
「顔で分かる」
次。
【なくした靴下の片方を探すカード】
「……これ欲しい」
「何に使う」
「なくした時」
「なくしてから買え」
「その時なかったら困るでしょ!」
「そうやって無駄遣いする奴から貧乏になるんだ」
「泥棒にお金の使い方言われた!」
私は。
笑った。
笑ってから。
少しだけ。
胸が痛んだ。
黄色なら。
何て言ったかな。
たぶん。
値段を見て。
もっと真剣に悩んでる。
――金は使い方が大事でぷ。
そんなことを。
言いそうだ。
私は。
腰の袋に触れた。
大事に使う。
でも。
使わなきゃいけない時には。
ちゃんと使う。
◇◇◇
聖なるマップによれば。
☆3【真実のカード】は。
この国の中心付近にある。
でも。
地図を人前で広げるわけにはいかない。
「人の少ないところで確認しよう」
「成長したな」
オラクルが言う。
「当然」
「昨日まで人前で広げてた奴が」
「もうしない!」
歩いていると。
ふと。
小さな露店が目に入った。
「……?」
他の店とは。
明らかに違う。
カードが。
一枚しかない。
古びた布の上に。
ぽつん。
店番は。
若い女の人。
綺麗な人だった。
淡い茶色の長い髪。
優しそうな瞳。
でも。
着ている服には。
何度も縫い直した跡がある。
袖も。
少しほつれていた。
「……」
気になる。
私は。
露店へ近づいた。
「こんにちは」
「あら」
お姉さんが顔を上げる。
「こんにちは」
柔らかい笑顔。
「このカード、売り物ですか?」
「ええ」
「一枚だけ?」
「そうなの」
お姉さんは。
少し恥ずかしそうに笑った。
「家に残っていた物でね」
「家に?」
「両親が亡くなってしまって」
「……」
「私には、まだ小さな弟と妹がいるの」
お姉さんの目が。
少しだけ寂しそうになる。
「二人を育てるために、売れる物がある時はこうして市場へ来ているのよ」
「……そうなんだ」
両親がいない。
その言葉に。
胸が動いた。
私は。
両親を探している。
この人は。
もう。
探しても会えない。
「弟と妹は?」
「家で待ってるわ」
「ご飯、ちゃんと食べてる?」
「……」
一瞬。
お姉さんが答えに困った。
それだけで。
分かった。
頭に。
赤が浮かぶ。
――お腹いっぱい……食べるでぷよ。
「このカード」
私は聞いた。
「いくらですか?」
「三銀Bでいいわ」
三銀B。
私は。
黄色の袋を開く。
中身を見る。
旅は。
これからも続く。
お金は。
必要。
黄色なら。
どうする?
……いや。
違う。
黄色ならどうするかじゃない。
このお金を。
私にくれた。
なら。
どう使うかは。
私が決めなきゃ。
私は。
銀Bを六枚取り出した。
「はい」
お姉さんの手へ。
置く。
「え?」
「これで」
「ちょ、ちょっと待って」
お姉さんが慌てる。
「多いわ!」
「いいの」
「でも倍よ!?」
「知ってる」
「受け取れないわ」
私は。
お姉さんの手を。
両手で包んだ。
「弟さんと妹さんに」
「……」
「いっぱい、おいしいもの食べさせてあげてください」
お姉さんの目が。
大きくなる。
「……あなた」
「私の友達が」
少しだけ。
喉が詰まった。
でも。
笑う。
「ちゃんと食べるの、大事だって教えてくれたから」
「……」
お姉さんの目に。
涙がたまった。
「ありがとう」
「うん」
「本当に……ありがとう」
何度も。
頭を下げてくれた。
私は。
一枚のカードを受け取る。
派手じゃない。
表には。
小さな花の絵。
【保存のカード】
食べ物を。
少し長く保存できるらしい。
「これなら旅で使えるな」
オラクルが覗く。
「よかった」
「まあ」
オラクルが。
六銀Bが消えた袋を見る。
「泥棒の俺でも、倍は払わねえけどな」
「うるさい」
「でも」
「何?」
「悪くねえ使い方だ」
私は。
少しだけ笑った。
「でしょ」
「調子乗んな」
◇◇◇
お姉さんは。
嬉しそうに店を畳み始めた。
きっと。
弟と妹のところへ帰るんだ。
私は。
その後ろ姿を見送る。
「よかったね」
「何が」
「今日、ごちそうかも」
「そうだな」
その時。
「……?」
人混み。
少し離れた場所。
黒いフード。
誰かが。
お姉さんを見ていた。
男?
女?
分からない。
顔は。
影に隠れている。
ただ。
じっと。
お姉さんの後ろ姿を見つめている。
「オラクル」
「ん?」
「向こう」
私は。
少し目を離す。
そして。
もう一度。
見る。
「……いない」
「誰かいたのか?」
「フードの人」
「この町なら珍しくもない」
「そうだけど……」
何だろう。
嫌な感じは。
しなかった。
でも。
気になる。
フードの人物がいた場所。
足元。
何か。
白いものが。
一瞬だけ見えた気がした。
カード?
真っ白な。
何も描かれていない。
一枚のカード。
「……」
瞬きをした時には。
もう。
人混みしかなかった。
「フール」
オラクルが。
私の頭を軽く叩く。
「目的忘れてねえだろうな」
「あ!」
そうだった。
☆3。
【真実のカード】。
◇◇◇
私たちは。
人気の少ない路地へ入った。
周囲を確認する。
「誰もいない」
「出せ」
私は。
聖なるマップを開いた。
青白い線が。
アデューの地図を描く。
私たちの現在地。
そこから。
☆3へ。
光の筋が伸びた。
「こっち」
「どれどれ」
オラクルが覗き込む。
「……おい」
「何?」
「これ」
「うん」
地図の中心。
ひときわ大きな建物。
塔。
庭園。
厚い城壁。
【☆3 真実のカード】
光は。
そのど真ん中を。
示していた。
オラクルの口角が。
ゆっくり上がる。
「王宮じゃねえか」
「……」
私は。
地図を見る。
「王宮?」
「ああ」
「入れる?」
「普通は無理」
「じゃあどうするの?」
オラクルの黄色い瞳が。
きらりと輝いた。
嫌な予感。
「簡単だ」
「……何する気?」
「忍び込む」
「駄目!」
「まだ何もしてねえ!」
「顔が泥棒の顔だった!」
「元からだ!」
私は。
聖なるマップを閉じようとした。
その時。
「……え?」
一瞬だけ。
見えた。
【真実のカード】
その文字の。
すぐ後ろ。
何かが重なっている。
カードの輪郭。
でも。
真実のカードとは違う。
黒い。
真っ黒なカード。
「……何?」
目を凝らす。
消えた。
「オラクル」
「今度は何だ」
「今、黒いカードが……」
「どこに?」
「ここ」
もう一度。
地図を見る。
何もない。
【☆3 真実のカード】
ただ。
それだけ。
「見間違いじゃねえのか?」
「……かな」
私は。
聖なるマップを畳んだ。
真実のカード。
白いカード。
そして。
一瞬だけ現れた。
黒いカード。
まだ。
私は知らない。
それぞれが。
何を意味するのか。
ただ。
一つだけ。
確かなことがある。
次の目的地は。
この国の中心。
白亜の王宮。
そして。
その王宮には。
私が探している。
【真実】がある。
オラクルが。
にやりと笑った。
「さて」
「何?」
「王宮攻略だ」
「普通にお願いして入ろうよ!」
「それで入れるなら泥棒はいらねえ」
「そもそも泥棒いらないよ!」
カードの国アデュー。
私たちの。
最初のお宝探しが。
本当の意味で。
始まろうとしていた。




