第4話 はじめての町
【聖なるマップ】
羊皮紙に浮かんだ文字を。
私はもう一度、ゆっくり読んだ。
「聖なる……マップ」
波の音が響く砂浜。
さっきまで何も書かれていなかった紙には、今、この世界の地図が広がっている。
山。
森。
川。
海。
そして、たくさんの町や国。
その上に浮かぶ、いくつもの光。
【☆1】
【☆2】
【☆3】
遠くには。
【☆5】
そして――
【???】
【???】
【???】
【???】
四つだけ。
星とは違う、不気味な印がある。
「……これ、何なんだろう」
「分からないでぷ」
緑は大きな本を開いたまま、難しい顔をしていた。
さっきから何度もページをめくっている。
「その本にも載ってないの?」
「ないでぷ」
「何でも載ってそうなのに」
「何でもは載ってないでぷ」
緑は少しむっとした。
「本は、知らないことを減らすための物でぷ。全部知った気になるための物じゃないでぷ」
「……なるほど」
ちょっと格好いい。
「緑、頭いいね」
「当然でぷ」
「褒めるとすぐこれでぷ」
黄色が呆れた。
「黄色よりは賢いでぷ」
「今なんて言ったでぷ!?」
「事実でぷ」
「喧嘩しないの」
私は二匹の間に入る。
赤はというと。
少し離れた場所で、倒したブラックファングを眺めていた。
「……」
「赤?」
「こいつ」
赤が真剣な顔で言った。
「焼いたら食えるでぷ?」
「やめなさい」
「もったいないでぷ」
「さっき殺されかけた相手だよ!?」
「だから食べて勝利を実感するでぷ」
「どういう文化なの!?」
この世界。
まだ来たばかりなのに。
分からないことが多すぎる。
でも。
少しだけ。
楽しい。
◇◇◇
「それで」
私は聖なるマップを見る。
「この光ってる☆1は何?」
地図の端。
私たちの現在地らしい場所から、それほど遠くないところで。
【☆1】
が点滅している。
「押してみるでぷ?」
赤が指を伸ばす。
「待って!」
私は羊皮紙を頭上へ逃がした。
「さっき緑が、分からないものには触るなって言ったでしょ!」
「言ったでぷ」
「でも気になるでぷ」
「私も気になるけど!」
見るだけなら。
大丈夫かな。
たぶん。
……たぶん。
私は恐る恐る。
【☆1】
へ指を近づけた。
「フール」
緑が言う。
「変だと思ったら、すぐ離すでぷ」
「うん」
ちょん。
触れた。
その瞬間。
【☆1】
が光った。
「うわっ!」
私は指を引っ込める。
文字が現れる。
【旅人の短剣】
【☆1】
【現在地から約3.2km】
【取得可能】
「…………」
「…………」
「…………」
四人で。
文字を見つめた。
黄色が最初に口を開く。
「お宝の場所が分かるでぷ?」
「……みたい」
黄色の目が。
輝いた。
「フールちゃん」
「なに?」
「その紙、俺にくれないでぷ?」
「絶対やだ」
「一生大切にするでぷ」
「私が大切にする!」
緑は。
笑っていなかった。
「フール」
「?」
「これ、人に見せないほうがいいでぷ」
その声に。
私も羊皮紙を見る。
「どうして?」
「もし、この地図が本当に物の場所を示してるなら」
緑は周囲を確認してから。
声を落とした。
「欲しがる人間は、いっぱいいるでぷ」
「……」
確かに。
☆1があるなら。
☆5もある。
それに。
四つの【???】。
何かは分からない。
でも。
もし。
とんでもなく貴重な物だったら?
「盗まれる?」
「それだけなら、まだいいでぷ」
緑の言葉に。
背中が少し寒くなった。
私は。
すぐ羊皮紙を畳んだ。
服の内側。
絶対に落とさない場所へしまう。
「必要な時だけ出す」
「それがいいでぷ」
黄色が残念そうに呟く。
「見せびらかしたかったでぷ」
「なんで黄色が!?」
◇◇◇
私たちは。
☆1の場所へ向かうことにした。
理由は簡単。
【旅人の短剣】
今の私に。
必要だから。
「木の棒よりは強いでぷ」
赤が言う。
「比較対象が悲しいよ」
砂浜を離れる。
そこから。
景色が変わった。
木々。
見たことのない花。
青い葉。
赤い実。
空中をふわふわ飛ぶ。
透明なクラゲみたいな生き物。
「何あれ!?」
「ミズクラゲ鳥でぷ」
「クラゲなの? 鳥なの?」
「ミズクラゲ鳥でぷ」
「答えになってない!」
少し進むと。
道が出てきた。
土の道。
馬車が通った跡。
人の足跡。
そして。
遠く。
石造りの壁が見えた。
「あれ?」
「町でぷ」
「町!」
私は。
思わず走り出した。
「フール! 待つでぷ!」
三匹が追いかけてくる。
近づくほど。
大きくなる。
高い石壁。
開かれた門。
その上では。
色とりどりの旗が風に揺れていた。
門の向こう。
たくさんの屋根。
煙突から上がる煙。
そして。
人の声。
「すごい……」
この世界で。
初めて見る町。
門の上には。
大きな文字。
【ポルト】
「ポルト……」
私は。
一歩。
町へ入った。
そして。
目を見開いた。
「うわぁ……!」
人。
人。
人。
でも。
人間だけじゃない。
尖った耳を持つ人。
身体中が毛で覆われた人。
私より小さいのに、ものすごく太い腕をした人。
角の生えた女の人。
普通にゴブリンも歩いている。
「すごい!」
「何がでぷ?」
赤には。
普通の景色らしい。
「いろんな人がいる!」
「いるでぷ」
「角生えてる!」
「生えてるでぷ」
「あの人、尻尾ある!」
「あるでぷ」
「すごい!」
「フールちゃん、田舎者みたいでぷ」
黄色が言った。
「異世界人なの!」
道の両側には。
店。
店。
店。
肉を焼く匂い。
甘い菓子。
見たことのない果物。
武器。
鎧。
宝石。
薬。
空中で勝手に回っている瓶。
喋る花。
「買ってくれ!」
と叫んでいるキノコ。
「……あのキノコ喋ってるよ?」
「喋るキノコでぷ」
「そのまま!」
向こうでは。
男がカードを掲げている。
「火炎カード! 本日限り赤B三枚!」
別の店では。
小さな石が空中に浮いていた。
「魔法石だよ! 旅のお供にどうだい!」
あっちも見たい。
こっちも見たい。
「フール!」
緑に服を掴まれた。
「寄り道すると迷子になるでぷ!」
「もうちょっとだけ!」
「駄目でぷ!」
「お菓子!」
「後でぷ!」
「肉!」
赤が反応する。
「肉!?」
「赤まで行くなでぷ!」
楽しい。
何もかも。
初めて。
昨日まで。
私は。
おばあちゃんと暮らしていた。
それが今は。
知らない世界の。
知らない町を。
三匹のゴブリンと歩いている。
本当に。
冒険してるんだ。
そう思うと。
胸が。
少しだけ高鳴った。
◇◇◇
「ところで」
町の中を歩きながら。
私は聞いた。
「短剣ってどこにあるの?」
「地図を見るでぷ」
「ここで出して大丈夫?」
緑が周囲を見る。
「人が少ない場所で見るでぷ」
私たちは。
大通りから一本外れた。
細い路地へ入った。
誰もいないことを確認。
羊皮紙を。
ほんの少しだけ開く。
【旅人の短剣】
【残り約180m】
「こっち」
進む。
【約90m】
さらに進む。
【約30m】
「この辺……」
私は。
顔を上げた。
「……ここ?」
目の前に。
店。
たぶん。
武器屋。
看板には。
剣の絵。
ただし。
建物が。
ものすごく古い。
壁にはヒビ。
看板は斜め。
扉も。
今にも外れそう。
「ここに☆1?」
黄色が嫌そうな顔をする。
「潰れかけでぷ」
「失礼だよ」
その瞬間。
ギィィィ……。
扉が。
勝手に開いた。
「ひっ」
暗い店内。
そして。
奥から。
低い声。
「……客か」
「…………」
私たちは。
顔を見合わせた。
赤が。
私を見る。
「フールが先に行くでぷ」
「なんで!?」
「装備が欲しいのはフールでぷ」
「さっき守るって言ったじゃん!」
「買い物は戦闘じゃないでぷ」
正論。
腹立つ。
「……行くよ」
四人で。
店へ入った。
中は。
外よりさらに暗かった。
壁いっぱいに。
剣。
槍。
斧。
盾。
見たことのない武器まである。
そして。
店の奥。
巨大な男が。
椅子に座っていた。
「……」
大きい。
ものすごく。
大きい。
私の倍近い。
太い腕。
黒い髪。
額には。
一本の角。
「いらっしゃい」
声は。
意外なくらい静かだった。
「何を探している」
「あ、えっと……」
私は。
聖なるマップを出さずに。
店内を見る。
光っている物。
……ない。
どうやって探せばいいの?
すると。
服の中の羊皮紙が。
ほんのり暖かくなった。
「?」
店の隅。
古い樽。
その中に。
何本もの中古の短剣が入っている。
近づく。
そのうちの一本。
触れた瞬間。
胸元の羊皮紙が。
トクン。
脈打った。
「これ……」
錆びてはいない。
でも。
派手でもない。
茶色い革の柄。
短い刃。
どこにでもありそうな。
普通の短剣。
「おじさん」
「おじ……」
男の眉が。
ぴくっと動く。
「……それ、いくらですか?」
「八赤B」
「八?」
私は。
黄色を見る。
黄色が前へ出た。
「高いでぷ」
「中古だが手入れはしてある」
「五赤Bでぷ」
「七」
「四」
「なぜ下がった」
「交渉でぷ」
「六」
「三」
「帰れ」
「五でぷ!」
「最初にお前が言った額だろう」
黄色が。
にやりと笑った。
「交渉成立でぷ」
「……」
巨大な男が。
しばらく黄色を見つめる。
「お前」
「なんでぷ?」
「商人に向いているな」
「当然でぷ」
黄色が。
ものすごく嬉しそうだった。
五赤Bを払う。
「はい」
私は。
短剣を受け取った。
ずしり。
木の棒とは。
全然違う。
「……武器」
少し。
怖い。
これは。
本当に。
誰かを傷つけられる物だ。
「持ち方」
店主が立ち上がった。
「え?」
私の手を。
短剣ごと軽く直す。
「力を入れすぎるな」
「こう?」
「そうだ」
「ありがとう」
「抜き身で歩くなよ」
「……鞘ないです」
店主。
「……」
私。
「……」
店主が。
深いため息をついた。
「待ってろ」
奥へ行き。
古い革の鞘と腰帯を持ってくる。
「これを使え」
「いくら?」
「いらん」
「え?」
「初心者が抜き身で歩いていたら、周りが迷惑だ」
「……ありがとうございます!」
腰へ。
短剣を装備する。
その瞬間。
胸元。
聖なるマップが。
熱くなった。
「!」
こっそり。
羊皮紙を見る。
【QUEST CLEAR】
『装備を手に入れよ』
そして。
【旅人の短剣】
【☆1】
【初心者用武器】
【耐久性:普通】
【特殊効果:なし】
「特殊効果……なし」
ちょっと悲しい。
「☆1でぷから」
緑が小声で言う。
「これからでぷ」
赤が笑う。
「うん」
そうだ。
最初から。
すごい武器じゃなくていい。
これが。
私の最初の一本。
私は。
短剣の柄を握った。
「大事にする」
その時。
店主が。
こちらを見ていた。
正確には。
私ではない。
さっき。
ほんの一瞬だけ開いた。
羊皮紙。
「嬢ちゃん」
「?」
店主の声から。
さっきまでの穏やかさが消えていた。
「今の紙」
私の身体が。
固まる。
緑も。
黄色も。
赤も。
黙った。
「……何のこと?」
「隠さなくていい」
店主は。
声を落とした。
「奪うつもりはない」
「……」
「だが」
男の目が。
鋭くなる。
「それを人前で見せるな」
緑が。
私の前へ半歩出た。
「知ってるでぷ?」
「いや」
店主は首を横に振る。
「同じ物かどうかも分からん」
「じゃあ、なんで?」
私が聞く。
店主は。
少し考えてから。
店の入口へ向かった。
外を確認。
扉を閉める。
カチャ。
鍵。
「……?」
戻ってくる。
「昔」
店主が言った。
「似たような物を持った二人組を見たことがある」
心臓が。
跳ねた。
「二人?」
「ああ」
「どんな人!?」
思わず。
店主へ近づく。
「男と女だ」
「人間?」
「そう見えた」
「名前は!?」
「知らん」
「どこへ行ったの!?」
「知らん」
「いつ!?」
「昔だ」
それだけ。
でも。
胸が騒ぐ。
男と。
女。
似たような物。
まさか。
そんな簡単に。
お父さんと。
お母さん?
「その人たち」
私は聞いた。
「何してたの?」
店主の顔が。
険しくなった。
「逃げていた」
「……え?」
「追われていたんだ」
さっきまで。
外から聞こえていた町の喧騒が。
急に。
遠く感じた。
「誰に?」
店主は。
しばらく答えなかった。
そして。
自分の左手を見る。
「黒い服を着た連中だった」
緑の耳が。
ぴくっと動いた。
「……まさか」
「知ってるの?」
緑は。
答えない。
店主が続ける。
「全員じゃない」
「え?」
「俺が見たのは一人だけだ」
男は。
左手の甲を指差した。
「そこに」
短い沈黙。
「数字があった」
「数字?」
私は。
何も分からなかった。
でも。
三匹は違った。
赤から。
笑顔が消える。
黄色が。
金の袋を握る。
そして。
緑が。
小さな声で。
その名前を言った。
「……TIME」
「タイム?」
初めて聞く。
言葉。
その瞬間。
胸元が。
熱くなった。
「熱っ!」
羊皮紙。
勝手に。
動いている。
「フール!」
取り出す。
聖なるマップが。
光っていた。
世界地図。
四つの。
【???】
そのうち。
一つが。
トクン。
「……え?」
トクン。
まるで。
心臓みたいに。
脈打った。
そして。
地図の上に。
新しい文字が。
ゆっくり。
浮かび上がった。
【NEW INFORMATION】
【TIME】
「……」
誰も。
喋らない。
私は。
その文字を見る。
TIME。
お父さんと。
お母さん。
似たような羊皮紙を持っていた二人。
左手に数字を持つ者。
まだ。
何一つ。
つながってはいない。
ただ。
一つだけ。
分かった。
この世界には。
私の知らない何かがある。
そして。
聖なるマップは。
私より先に。
それを知っている。
トクン。
【???】が。
もう一度。
脈打った。




