↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つき求め!  作者: kar777
一章:空を彩るもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/14

第7話 疑念、ブーメラン

 ぽかんと口を開けている僕に、ヴァルは告げる。

「行きますよ」

 列の横を歩いていくその背中を見て思う。

 ……ヴァルらしくない。

 すぐに置いて行かれていることに気づいた僕は立ち上がって、ヴァルに付いて行った。その違和感をおざなりにしたまま。


 行列の先頭、つまり引き戸の前。

 並ぶ人が口々に「おい」「並んでるよ」そんな言葉を口にする。その声は明らかに怒りを帯びている。のに、うるさくない。むしろ小声とも言えるボリューム。何かに怯えている?

 ……あぁ、耳がいいからか。これで十分なんだ。

 そんな、()()()()()()()()を、ヴァルは華麗にスルーして引き戸に手を掛ける。

「約束の通り、空の話はしないでくださいね」

 ヴァルが小さく言う。僕の方を見ないまま。

「分かってますよ」

「分かっていませんよ、あなたは」

 ヴァルの言葉は、少しだけ強かった。僕は口を開きかけて、閉じた。

 ヴァルがもう、戸を開けていたのだ。


 店の中は満席で、いろいろな匂いが漂っていた。僕はヴァルの前に出て、辺りを見回す。

「あ」

 その時、目が合う。……いや、目はないんだが。

 エプロン姿のお婆さんがこちらに気づき、僕もお婆さんを捕捉した。

 お婆さんはこちらへと向かってくる。用意していた言葉を頭で何度も唱える。

 あの夜どうして、”つき”って言葉に反応したんですか?


 ……これ、()()()()()()

――分かっていませんよ、あなたは

 不意によみがえるヴァルの言葉。

 空の話をしてはいけない。のに、つきと言う言葉に反応した理由を聞く。

 この矛盾が、ヴァルの言葉の真意……?

 

 次に浮かぶのは、なぜ? 

 なぜ、ここに連れてきたのか。

 濁流のように押し寄せる疑問。解消されることもなく、黙り込む。

 いつの間にか目の前にはお婆さん。

「あの、お客さん? まだ満席なんですが……」

 まるで、昨日の事がなかったかのような口ぶり。

 また一つ疑問が増える。

「え? あの……え?」

 言い淀む僕を横目に、ヴァルが一歩前に出た。

 ヴァルとお婆さんが黙って見つめあう。……まぁ、目はないが。

 少しの沈黙の後、ヴァルはにやりとして声を上げた。

「私たちは、客ではない」

 ……え、言うのか? 今、ここで?

 僕の不安とは裏腹に、ヴァルが明るい口調で続ける。僕の背をポンと叩いて。

「実は彼が、ここで働きたいと言ってまして」

 ……はい?

 思考が、止まった。

 

 気づけば、僕はエプロンをしていた。

 胸の前で結ばれた紐が、やけにきつい。いや、きついのは紐だけじゃない。

 状況もだ。

「はい、これ持って。洗い場は奥ね」

 お婆さんが手渡してきたのは、木の盆。皿が何枚も重なっている。

 洗い場は狭い。桶に張られた水が、薄く濁っている。

 僕はひたすら皿を洗った。

 洗って、すすいで、重ねて。また洗って、すすいで。

 そうしていると、ときどきお婆さんの声が聞こえる。

「次、これお願い」

「割らないようにね」

「音で分かるからね、雑に置くと」

 そのたびに僕はびくっとして、慎重に皿を置く。

――なんで、こんなことになってるんだろう。

 僕はどこか、惨めだった。


 どれだけ皿を洗っただろうか。わからないが、指の腹がふやけて、皿の縁をなぞる感覚がなくなった。そんな時。

「お疲れ様。もう帰っていいよ」

 お婆さんはそう優しく告げた。

 ようやく狭い洗い場から出ると、店の隅にヴァル。

 僕に気づくと、ほんの少しだけ顔を上げる。

「お疲れ様です」

 僕は返事もできず、ただエプロンの紐をほどいた。

「はい、これ。今日の分ね」

 後ろからお婆さんが言う。振り向くと、封筒をこちらへと突き出している。

「あ……ありがとうございます」

 そういうや否や、僕は外へと駆けた。ヴァルすらも置いて。

 白い空の下、封筒の中を覗く。載っている人は違うが、多分紙幣。

 僕は働いたのだ。この、僕が。


 歩いていると、ヴァルが追い付く。

「なんで、あんなこと言ったんですか」

 ヴァルに息を整える間を与えずに、問い詰める。風が少し冷たくて、喉が乾いていた。

 ヴァルは前を向いたまま答える。

「働きたくなかったですか?」

 微妙にかみ合ってないな、話。

「いや……そういう問題じゃなくて! なんであそこであんなこと言うのかわかんないってことですよ」

「目のある人間が働くなら、あそこが一番いいですから」

「……何か、あそこについて知ってるんですか?」

「明日も、あそこで働くことになってます。頑張ってくださいね」

 僕は足を止めた。

 ヴァルは振り返らない。帽子のつばを押さえたまま、白い空の下を歩いていく。

 僕はその背中を見つめながら、理解した。

 ヴァルは何か、隠してる。

紙幣に乗ってる人は將口明子(千円札)米口康子(五千円札)白井無雲(一万円札)

ヴァルの言葉通り、平行世界に同じ人間はいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。