第6話 自分勝手②
朝、鳥のさえずりが廃屋に響いていた。その静けさの中で、僕は口を開いた。
「ヴァルさん、お願いがあります」
「なんですか?」
「外に行かせてください」
ヴァルの手が止まる。朝食のサンドイッチを下ろす。
「……昨日の話を忘れましたか?」
「忘れてません」
ヴァルの顔は曇っている。
一週間の謹慎期間。それは分かってる。
「……夕べ、考えてたんです。ヴァルさんとの約束の事」
ヴァルは黙ってこちらを見つめる。目を逸らすことなく僕は続ける。
「空について話さないこと、ゴーグルをかけること。これは理解できました」
要は、僕たちが化け物だと思われないための配慮・手段。
でも、ヴァルはあの時、もう一つ言った。
「”働くこと”……ここに引っ掛かったんです」
「だって、この世界の人とは関わらないことが一番じゃないですか。なのに、働くと?」
廃屋の空気が、少しだけ重くなる。
「最初は、生活のためだと思いましたけど……この食事を見る限り働く必要はなさそうですし」
「……」
僕がサンドウィッチを小さく振ると、ヴァルはようやく口を開く。
「そうですよ」
「?」
「働いてくださいと言ったのは、生活のためです」
僕は手に持つサンドウィッチに目を向ける。ヴァルが答える。
「三の部屋にあったお金を少し拝借して買いました。あと一週間くらいなら持つでしょう」
……え? 何、勝手に――
そんな言葉を抑える。僕にそんな言葉を言う資格は、ない。
「……なら、なおさら行かせてください」
「約束は約束です」
それはそう。ぐうの音も出ない。
ヴァルはサンドウィッチを食べ終わると、ため息をつきながら立ち上がる。
「なぜ外に出たいのですか? 理由はまだ聞いてませんでしたよね」
「……あの、お婆さんです」
「お婆さん?」
「あの、僕がつきについて話した人です」
僕がそう補足すると、ヴァルは頷いた。
「あぁ……で、その人がどうしたんです?」
「泣いていたんです。いや、正確には涙声なんですけど……”つき”という言葉に反応したんです」
「……」
「つきを見ることができない、知らないはずのこの世界で。反応したんです……僕は、その理由が知りたいんです」
ヴァルはしばらく黙っていた。廃屋の空気が、朝なのに少し冷たく感じる。
「……危険です」
「分かってます」
「今じゃないといけない理由もありません」
「いや……今、なんです」
めちゃくちゃな言動を自覚しながら。僕は息を吸い、言葉を吐く。
「もし、お婆さんが引っ越してしまったら? もし……死んでしまったら?」
「荒唐無稽な話ですね」
「もう……後悔したくないんです」
……分かってる。また僕は、自分勝手に意思を通そうとしてる。
「ヴァルさんも、同行してくれますか。ヴァルさんが危険だと思ったら、僕もすぐに引き返します」
「……いいでしょう」
「あ、ありが」「ただし! 私が危険だと思ったら、引き返すのはここではありません。……あなたの家です」
「!」
「私の身すらも危険にさらすのです。当然ですよね?」
その言葉に僕は救われていた。僕の軽率な行動に罰を与えてくれた、その言葉に。
僕は強く頷き、サンドウィッチをかぶりついた。
お婆さんは、”何か”を知っている。そんな自分の考えを信じて。
町はすでに動き始めていた。昨日よりもずっと人の気配が濃い。足音、話し声、食器の触れ合う音が、大きく響いて聞こえる。
僕はヴァルの背中を追いながら、胸の奥の緊張を押し殺す。
角を曲がると、空気が一気に変わった。
人だ。人、人、人。
長蛇の列が奥の方まで続いている。
「なにこれ……」
ヴァルは答えずその行列の横を進む。
いい匂いが漂う。湯気の混じった、やわらかい香り。
僕は思わず目をつぶった。
……味噌汁の匂いだ。
その瞬間、僕は、すでに止まっていたヴァルの背中にぶつかり、尻もちをついた。
目を開け、見上げる。
列の根っこには……お婆さんの家があった。
昨日は気づかなかったが、看板が垂れ下がっている。古い木に、ゆっくりと刻まれた文字。
——柳 食事処
人はそんな簡単に変われない
ヘイト溜まりそうだけど……離脱しないで~(泣)
こっから面白くなるから! ね?




