↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つき求め!  作者: kar777
一章:空を彩るもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/15

第5話 理由と青い花

 声が響く。もう取り返しは付かない。

 耳をぴくぴくと動かし、少し間を開けて。お婆さんが口を開く。

「今……なんて?」

「つき、だよ」

「……つき」

 その声は、震えていた。……涙声のようだった。


「? なんで、涙声なん――」

 僕が言いきらぬうちに、体に衝撃が走る。誰かに背負われたのだ。

 顔を覗く。

「ヴァル……さん」

 声は帰ってこない。

 僕を背負っているというのに、ヴァルは驚異的なスピードで走っている。後ろを見るも、お婆さんの姿は……

「え」

 目を見開く。視界に入った空が……真っ白に染まっていた。


 光ではない。太陽のように、目を刺す感覚はない。ただ、絵の具で塗りつぶしたかのように……真っ白。急ぎ時計を見ると、9時。

 どうやらこれが、夜空らしい。

——脳はその新概念を理解することを拒み、知覚することができなくなる

 パンク寸前の頭に浮かんだのは……ヴァルの言葉だ。そうか、これが……この空が、知覚できないということなのか……!


 ヴァルがようやく止まる。一軒の廃墟の前で。ヴァルは僕を下ろすと、半分崩れた木造の家に黙って入っていった。

 僕も続くと、感じる埃っぽさ。ごほごほとむせ込む。そんな僕を冷たく見下ろすヴァルは、ようやく口を開く。

「なぜ、空の話を?」

「なんで……こそこそとしないといけないんですか? 僕は、何も悪いことをしていないのに」

「それは――」「目があることで化け物だと思われるからですか」

「……」

「気を使って、隠して……そんなのは嫌なんです。もう二度と。だから話しました」

 パチンッ。

 頬に走った痛み。ヴァルがビンタしたのだ。

「……死んでもですか」


 その言葉が、ズシリと圧し掛かる。

「三、あなたは何も悪いことをしていないと言っていましたが、この世界では……あなたは悪なのです」

「なんでだよ……」

「勘のいいあなたなら気づいているでしょう。この世界には、ある宗教があります。……無向むこう教という宗教です」

 ヴァルは杖を握り直し、白い目を伏せた。

「無向教は嫌います。神の住まう空を否定することを」

 廃墟の天井から砂がぱらぱらと落ちる。

「自己の後悔と生き残ること。どちらを取るべきでしょうか?」

「……」

「まぁ、別の世界に行くという選択もありますが」

「それは……嫌です」

「ならば、従ってください」

「……」

「今日から一週間、この廃墟から出ることを禁じます」

 ヴァルはそう言うと、廃墟の外に出た。

「食べ物を取ってきます。……そこで、よく考えることです」

 そう言い残して。


「死んでも……か」

 床に横になりながら、響く声。

 このゴーグルも、僕を縛るルールも、僕の身を……案じていたというわけだ。

 そういえば……僕が目のない世界に行くと言った時も、嫌そうにしていた気がするな。

 ……変わり方が、分からないよ。

 頬の痛みは残り続けている。まるで、被害者ぶるなと言うように。

「……」

 謝ろう。ヴァルが帰ったその時に。何かしよう。謝意を示すために。

 しんとした廃墟の中を見回す。

 目についたのは、埃をかぶり白く染まる床に空いている一つの穴。ぎしぎし音を立て近づき、穴をのぞき込む。

 そこには、青い花が咲いていた。


 穴の底。光も届かないはずの場所で、ひっそりと。風もないのに、かすかに揺れているように見えた。

 僕はしゃがみ込む。指先が震えている。何故か、触れたら……壊してしまいそうで。

 手が伸びる。ゆっくりと、丁寧に。

 もう、傷つけないように。

 その時――

「三」

 背後から、ヴァルの声。

「パンです。食べますよ」

 振り返り、決めていた第一声。

「ごめんなさい」


「……食べますよ」

 さっきよりも柔らかくなった声色が、一定のリズムを刻んで床を叩く杖が、まるで背中をさするような優しさを帯びていた。

 ヴァルは袋を差し出す。そっと、優しく。

 僕はヴァルにバレないよう、嗚咽を抑えながら頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。