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つき求め!  作者: kar777
一章:空を彩るもの

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第3話 ゴーグル、目のない人間。

「【目のない世界】……ですか」

「はい」

「他の世界じゃ……いや」

 ヴァルは言いかけた言葉を飲み込んで、ニコリと笑った。

「……参りましょうか」


 ヴァルが後ろを向き、何もない空間に手を這わせる。まるで何かを探るように。

 そしてヴァルの腹くらいの高さ、ある地点でその手が止まる。ヴァルは、そこに確かに何かがあるかのように空をつかんだ。

 その瞬間、古びた木製のドアが現れた。

 木目が乾いてひび割れ、取っ手の金属がくすんでいる。まるで何十年も放置されていたかのような、時間の匂いをまとっていた。

 ヴァルはドアノブを回し、ゆっくりと引いた。ギィッ、と軋む音が静かな夜に響く。ドアの隙間から白い光が溢れ出す。

「っ!」

 視界と同じで、頭の中は真っ白。心のどこかで疑う心があったからかもしれない。そして、遅れてくる高揚感。それと……恐怖。

 ヴァルが振り返り、目を細める僕に手を差し出す。不気味な笑顔で。

「さぁ、行きましょう」

 僕はそれを掴まない。

「大丈夫です。僕は……老人じゃない」

「そうですか」

 ヴァルが向き直りドアの向こう、光の中へと消えていく。同時に、光の中から風が吹き込む。

 バララッと勢いよく何かがめくれる音。振り向くと、そこにあるのは夢ノート。風によってはためいている。

 つい、口角が上がってしまう。

「叶えに行こう」

 部屋に向かってそう呟くと、僕は夢ノートとシャーペンを持って光の中へと進んでいった。


 ふと、歩みを止める。周りを見回すも、ヴァルの姿はない。

 一面真っ白だ。

 温かい風が肌を撫で、青々とした香りを運んでくる。だけど、辺りは白一色。

 ……これが、目のない世界なのか?

 もう一度見まわす。真っ白の中、僕だけ一人。

 ………………その時。

 ガチャリ。背後で音がした。

「何してるんですか」

 振り返ると、白の中にヴァルが立っている。そして、ヴァルの後ろには開けっ放しのドア。

「え……ここが目のない世界じゃ」

 

「ここは経由地です。【目のない世界】は――」

 ヴァルが後ろを指さす。ドアの向こうは、僕の家ではなかった。

 止まっていた歩みはまた動き出した。一歩、また一歩と踏みしめて。


 ドアをくぐり抜けると、ヴァルは言った。

「【目のない世界(いせかい)】へ、ようこそ」

 見回すとどうやら、僕は広場に立っている。四方を家々に囲まれた、丸い広場だ。

 その家々は古い木造で、瓦屋根が連なっている。軒先に風もなく、ただぶら下がっている風鈴。

 そして、広場の中心に一本の途方もなく背が高い木が立っていて、紅葉が夕日に照らされている。

 しばらく、その木を見ていた。静かだった。人の気配がない。足音も、話し声も、何もない。

 ヴァルが杖で石畳を突く。コツン。その音が、妙に大きく響く。

「そろそろ、行きましょうか」

「……その前に、聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「この世界で、具体的に何をするんですか」

「月が見えるまで……生活をするだけです」

「生活、ですか」

 何というかもっと……大冒険をするものだと思っていた。

「はい。生活、です。なので、三には働いてもらいます」

「!?」

 は、働く? 異世界まで来て? この僕が?

 ふざけっ……思考を遮るように遠くで鐘が鳴った。低く、深く、腹の底まで揺さぶるような音。

 音が、立ち尽くす僕を通り抜けて。抗議の言葉が、全部どこかへ飛んだ。

「今の音は位鐘くらいがねと言ってですね、町の大体の位置を知らせる役割を持っていて――」

 ヴァルの解説も耳に届かなくなっていく。


 ……いや! だめだだめだ!

 思考を止めるな!

「働くって、どういうことですか」

 解説が止まる。僕は畳みかける。

「僕が想像してたのは、もっと……」

「申し訳ないですが……これが、平行世界ファンタジーの現実です」

「あの……ちょっと、一人で町を回って来てもいいですか」

 手のひらが強く握りすぎたせいで、痛い。僕の思いを感じ取ったのか、ヴァルは懐をまさぐる。

「三、これを」

 目の前に出されたのは――

「水中ゴーグル?」

「はい。これをつけているのなら、私が家を探すまでの間、町を回ってもいいですよ」

「……なんで、ゴーグル?」

「私たちは……《《化け物》》ですから」


「化け物……? どういうことですか」

「……とにかく、町を回るのならゴーグルを外さないでください。絶対にですよ」

 言いたいことはまだあったが、ゴーグルをつける。視界が暗くなり、目に少しの圧迫感。

「8時ごろ、この広場に戻ってきてください」

 ヴァルがまた懐から時計を出し僕に放る。落としそうになりながら受け取る。

「……それと、空の話は誰にもしないように」

 そう言ってヴァルは駆けた。

 手元を見る。それは、古びた懐中時計。蓋を開けると、針が静かに動いている。

 時計が五時二分を指す。後、約三時間。

 僕はすぐに歩き出した。ヴァルとは違う方向へ。


 一人で住宅街を歩いていた。空は、最後の光を振り絞るように赤く染まっている。時刻は六時近く。

 静かだった。まだ明るいというのに、どの家も息をひそめているようだ。僕の足音だけが、静寂を破るようにやけに大きく響く。

――化け物ですから

 不意にあの言葉がよみがえる。未だに意味が分からない。あの言葉の真意は何なのだろう……

 ふと、一軒の家の前で足を止めた。

 和風の古い家。縁側に、一人のお婆さんが座っているのが見える。

 薄い藍色の着物を着て、白髪を後ろでゆるく結い、皺の刻まれた顔を……上に向けている。

 その顔に目はない。目があるべき場所が、ただ、なめらかだった。

 怖いとか、気持ち悪いとか、そういうのとは少し違う。強烈な違和感。

 強烈な違和感が僕の中に立ち込めた。

 僕が足を止めた理由は、それだけではない。

 お婆さんは上を……《《空を見ているようだった》》。

 ……目のない顔で。


あとがき小ネタ。

 三の好きな食べ物はせいろそば。

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