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つき求め!  作者: kar777
プロローグ

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3/14

第2話 死のない世界

 何も言えぬ僕に、ヴァルはまた帽子を深くかぶって続ける。

「ですから、あなたなのです。【完璧な世界】を見て、その情景を私に伝えられる、あなたなのです」

 ヴァルが深々と頭を下げる。

「お願いします。私の旅に付いて来てくれませんか。私に……【完璧な世界】を見せて欲しいのです」


「……さっき、言いましたよね。『”つき”がない世界』って」

 僕の言葉で、ようやくヴァルが顔を上げる。

「はい」

「そんな世界が無数にあるとも言いましたよね」

「……はい」

 話の掴めてなさそうなヴァルを真っ直ぐに見つめながら、思考がぐるぐる回る。

 ”ない世界”って言葉の意味も、まだ完全には掴めていない。けれど、思考は加速する。僕の願望から、どんどんあの言葉へと。

「……なら」

 声が震える。部屋が異様に静かだ。僕の浅い呼吸音だけが、うるさく響いている。なら、その無数の中に――

「”死”がない世界も……ありますか」

 

 ヴァルは短く息を吸い、静かに答えた。

「はい、あります」

 後ろに倒れていた僕は、勢いよく立ち上がる。

「じゃ、じゃあ――」「けれど、平行世界に同じ人(ドッペルゲンガー)は居ませんよ」

 その被せられた言葉は、胸の奥を鋭く刺す。

「もちろん、似た人はいます。けれどそれは……別人なのです」

「……そうですか」

 戻ってくる雑音と、また始まった沈黙。

 そして気づく。いつの間にか、ヴァルの話を信じていることに。”つき”、平行世界に完璧な世界……全部、現実離れした話。

 なら何故、信じているのだろう? 何故、警察に電話を掛けない? 

 いや、そんなもの――

「行ったら戻れないとか、ないですよね」

「はい、すべて終われば帰っていただいて構いません」

 今度は、僕が一歩踏み出す。

「行きます。【完璧な世界】に」

 ――確かめた後で、いいだろう。


「……本当に、了承してくれるとは」

 ヴァルの声から、驚きが滲んでいた。

「ダメ元、だったんですか?」

「急に家の中に現れた人間と、旅に行こうと言われて了承する人はいないでしょう」

 確かにそうだ。でもこんな異常な人に、常識を説かれるとは……

 ヴァルが言葉を継ぐ。

「なぜ、了承してくれたのですか?」

 僕は少し部屋を見回して、答える。

「……未練ないから、ですよ」

 ヴァルは僕の答えに一瞬固まり、口を開けて、何も言わず閉じる。それを繰り返した。


 少しして、ヴァルが咳払いをする。空気をリセットするように。

「では、付いて来てくれるということで……改めて。私はヴァル」

「あ、僕は……さん、です」

「三さん……」

 ヴァルはそう口にして、違和感あるその呼び方に少し首をかしげる。

「……三。旅の前に一つ、言い忘れていたことがあります」

「なんですか」

 ヴァルの顔は穏やかだった。次の言葉を待つ。

「今から行く世界は【完璧な世界】ではありません」


「……?」

 理解が追いつかない。さっきまでの会話が、頭の中で音を立てて崩れていく。今、完璧な世界に行こうと話をしたばかりじゃないか。

 黙り込む僕にヴァルが言葉を付け足す。

「今のあなたの目ではまだ、叶わないのです」

 ヴァルの補足あっても、理解できない。ヴァルの口元が、またもにやりと笑う。

「……月について説明、理解できましたか?」

「え、はい」

「では今、目の前に月があったとして、それが月であるとわかるでしょうか?」

「……分かる、と思いますけど」

 ヴァルが開いた口を閉じる。欲しかった返しではなかったらしい。

「そうですね。例えが良くなかった」

 ヴァルは弱々しくそう言った。


 考え込んでいたヴァルはようやく口を開く。

「この世界には月がありません。つまり新概念であり、新たな情報。それを見るというのは、非常に脳への負担がかかる」

 ヴァルが杖を僕の眼前に突き出す。

「そうすると脳はその新概念を理解することを拒み、知覚することができなくなるのです」

「それなら……どうするんですか?」

「別の世界を経由します。そこで月を理解してから——完璧な世界へ」


「別の世界を経由すれば、見えると?」

「何かが無くその代わり月がある世界に行くのです。負担を軽くできるでしょう?」

「……分かりました。で、その別の世界って?」

「三が決めていいですよ」

「本当ですか?」

「はい。手伝ってくれるのですから。ただ、時間がないので手早く決めてください」

「じゃあ、言葉がない世界……いや――」

 僕は自分の口角が上がっていることに気づいた。平行世界を想像することに興奮していた。夢中だった。

「目のない世界がいいです」

 そう、ヴァルの険しい顔にも気づかないほどに。

あとがき小ネタ。

 三の嫌いな食べ物はゴーヤ、レバー、セロリ。

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