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つき求め!  作者: kar777
一章:空を彩るもの

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第9話 声より先に

「あんた、誰?」

 少女の問い、答えることなく僕は戦慄していた。

 ……そう、少女だからだろうか。お婆さんよりもずっと、のっぺらぼうな部分が大きい。それに、妙に尖っている歯も相まって……

――化け物。

 僕が着けているゴーグルの意味を、本当の意味で理解した気がした。


「ちょっと! 聞いてんの?」

 強い物言い。けれど感じたのは威圧感ではない。

 そう。この少女も、人間なんだ。

 顔から視線を落とせば、少しベージュがかった服。デザインとしての色じゃなく、布地本来の色。

 思い返せばこの世界の人々の服装は皆、地味だった気がする。

 ……あれ? そうだよな?

 僕は少しの違和感を感じつつ――

「おい!」

 怒りを帯びた声に顔を上げた。少女が椅子から勢いよく立ち上がる。

「あ、すみません。僕は――」

 言い切る前にお婆さんが間に入る。

「彼は、今日から働いてくれるさん君」

 今度は僕の方に向き直る。少女を手で指す。

「孫のなぎさよ」

「……よろしくお願いします」

「……」

 今度は、少女が無視をする。かなり怒らせてしまった。

 お婆さんが、パンと手を合わせる。多分、この重苦しい空気を変えるため。

「じゃあ、渚は洗い場に行って。三君はホールで注文を取って。あそこに、注文用紙とペンがある」

 お婆さんが店の奥に消える。ホールに残ったのは僕と、お婆さんの孫娘……渚。


「《《しかと》》して、すみませんでした!」

 未だ残る気まずい空気の中、僕は深く頭を下げた。

「別に気にしてない」

 顔を上げると、いつの間にか目の前に、目のない顔。

「でもね」

 渚はさらに顔を近づける。のっぺらぼうの顔が視界いっぱいに広がる。

澄江すみえおばあちゃんを裏切るような真似したら、ぶっ飛ばすから」

 渚はそのまま背を向け、奥へと向かっていく。

「おばあちゃーん!」

 さっきとはうって変わって、明るい声でそう叫びながら。


 引き戸が、わずかに揺れる。その瞬間、店中の空気が変わった気がした。

ガララッ!

 引き戸は勢いよく開き、客が流れ込む。

 僕がいらっしゃいませを言う時間もないくらいに素早く、満席。

 そして、地獄が始まった。

 まず……全員の客にお茶の入った湯のみを配ろう。

 アツアツの湯飲みを客の前に置く。すると……

「すいません、注文いいですか?」

「え……少々お待ちください!」

 急いで注文用紙を取りに戻る。

「すいませんこっちも注文」

「……」

 まだ一人にしか湯のみを配れていないのに、そこかしこから注文を呼ぶ声。

「はい、ご注文は?」

 ――注文用紙に書き込んで、走ってお婆さん……いや、澄江さんのもとに。

 そしてまた、ホールに。

「できたよ!」

 そんな声が響けばまた、店の奥に……

 僕が思ったことはただ一つ。

――人手増やせ!!!


 二十分経った。地獄はここから。これまでの流れの中に、”会計”が混ざりだす。

 財布を片手に立ち上がる客。追加注文を叫ぶ客。料理の完成を告げる澄江さんの声。遠くで響く鐘。

 僕は一瞬、完全に固まった。

 どこへ行けばいい? 何を優先すべきだ?

 ぐちゃぐちゃの頭に差し込んだのは……ヴァルの言葉だった。

――景色を咀嚼し、情報とする。これ真の“見る”

 僕は息を吸った。そして目の前の景色を、飲み込んだ。

 体が動く。

「そちら、ざる一つですね」

「はい、すぐ伺います!」

「お会計、どうぞ!」

「追加の薬味、持ってきます!」

 自分でも驚くほど自然に、客の動きに合わせて体が向かう。必要な場所へと足が動く。

 やがて僕は、手を挙げた客が、声を発する前に動くことが可能になり――

 店内に響く音は、食器と引き戸だけのものになっていた。



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