断罪
俺は少々焦っていた。
今日は王立学園の卒業式だが、数日前から婚約者であるクラウディアの行方が分からない。
聖女であるリリアーナの前で、クラウディアを断罪し、婚約破棄した後、彼女に婚約を申し込む。
そんな筋書きを思い描いていたが、行方不明ではことが進まない。
ここ大講堂では、すでに卒業式がはじまろうとしている。
「クラウディアはまだ見つからないのか!?」
「は、未だ行方はわかっていません。」
「この役立たずが!」
俺は報告した側近を蹴り飛ばした。
近衛兵が受け止めたようだが、何か俺を睨んでいるような気がする。
「何だ、その目は?自分の無能ぶりを棚にあげて、俺に何か文句があるというのか?」
そう言うと、何でもありません、と引き下がった。
バカどもが。
一瞥をくれてやる。
実質、この国の支配者である、この俺に歯向かえると思ったか。
「フェルディナンド様、あまり厳しいことを言わないであげてください」
「大丈夫だ、リリアーナ嬢。心配はいらない」
金髪碧眼の愛らしい聖女に向かって、俺は微笑みを返した。
彼女の姿は俺をやさしい気持ちにさせてくれる。
平民の出ということだったが、教会にその資質を見出され、男爵家の養女となって学園に編入してきた。
誰にでも優しく、そして高位貴族にも臆することなく接するその姿は、まさに《聖女》と呼ぶにふさわしいと言えた。
親しみやすい愛らしさと威厳のような気品の高さが、矛盾するようだが同時に存在していたのだ。
俺が彼女に惹かれるのにそう時間はかからなかった。
だが、現在、俺には婚約者がいる。
侯爵令嬢クラウディア。
長い黒髪を持つ美しい令嬢で、欠点らしい欠点のない女だ。
聖女の資質がないという一点を除けば、王太子妃として申し分ないと誰もが思っていた。
しかし、聖女が現れ、俺は彼女に惹かれ始めている。
そうなるとクラウディアの存在が疎ましく思えてきのだ。
だって、そうだろう。
ただの侯爵令嬢より、聖女のほうが王太子妃としてふさわしいはずだ。
この国には古い伝承がある。
聖女の存在が国を守り、魔物を抑え、災害を遠ざけ、豊穣をもたらすと。
実際、この国は他国に比べ、魔物は少なく、災害もなく、作物は実り続ける。
誰もが「聖女がいるからだ」と信じている。
そんな聖女が妃であるなら、これ以上、望むべきことはない。
そういった理由もあり、どう相手側の責としてクラウディアとの婚約破棄をすべきか考えていた。
しかし、神は俺に味方したようだ。
クラウディアのよからぬ噂を耳にするようになった。
聖女リリアーナを陰で虐げている、と。
最初は嫉妬心からの悪意ある噂だと思っていたが、次第に看過できない情報が届き始めた。
隣国と通じ、王家転覆を企てている。
それは学園内の単なる噂ではない。
俺直属の諜報機関からの報告だ。
調査を進めるほど、動かぬ証拠が積み上がっていった。
クラウディアだけでなく、エーデルシュタイン侯爵家を筆頭に複数の貴族が関わっている。
五年前、俺の後ろ盾となっていた貴族どもが今度はそろって俺に歯向かおうとしているというのだ。
許されることではない。
当時、継承権争いの相手だった第二王子のレオンティウスとその派閥の貴族どもを一掃したことがあった。
王太子は正妃の子であり兄である俺がふさわしいに決まっているのに、資質がどうのと意味の分からないことを言い出す貴族どもがいた。
粛清されて当たり前だ、バカどもが。
だが、良い面もあった。
もともと体の弱かった父王が、兄弟の争いにショックを受け病に伏せってしまったのだ。
その気を逃す俺ではなかった。
簡単だった。
俺を王太子に指名させ、父が病床にあることを理由に俺は国政の実権を握った。
それからは俺の天下である。
何をするにも、誰を処刑するのも自由だった。
しかし、その時俺の派閥だったものが、今回挙って反乱を企てているときている。
バカどもは話にならん。
結果は同じなのだ。俺の意に則わないものは処刑。それでいい。
少々、今年の卒業式に参加できる生徒や貴族の数は減ってしまったが、何も問題はない。
問題は、クラウディアがこの場に居ずに行方不明ということだけだ。
「フェルディナンド様……」
隣のリリアーナが、不安げに俺の腕をそっとつかんだ。
少々、厳しい顔をして考えこんでしまったか。彼女に伝わってしまったようだ。
「心配はいらない。これは俺のけじめだ。
そして…あなたとの未来のためでもある」
リリアーナは何故か悲しげに微笑んだ。
婚約者だった女性を断罪せねばならない、この俺の心情を思ってのことだろう。
やはり、彼女こそが俺の婚約者にふさわしい。
クラウディア以外の歯向かった貴族どもの処刑はすでに済んでいるのだ。
本来なら、本人を前に卒業式の場で断罪し、婚約破棄を宣言し、リリアーナと婚約を進めるつもりであった。
それができないのは残念でならないが、急ぐ必要もないだろう。
事は俺が思うように進んでいる。
その時、大講堂の空気が、ふいに張りつめたような気がした。
奥の巨大な扉が、ゆっくりと軋むような音を立てて開いていく。
差し込む光の中に立つ人物を見て生徒たちがざわめいた。
クラウディアだ。
白いドレスの裾が床を引きずり、足音が静かに響く。
その姿が一歩進むごとに、会場のざわめきは吸い込まれるように消えていった。
来たのか。
自ら現れるとは、探す手間が省けたというものだ。
侯爵令嬢は、ゆっくりと俺の目の前まで歩み出る。
間に割ってはいろうとした側近を無言で制し、こちらからも彼女に向かって一歩前に出た。
俺は、こみ上げてくる喜びを隠しきれない。
どこに隠れていたのか彼女が自ら現れたことで、全てが俺の思う通りに物事は進んで行く。
俺は深く息を吸い、威圧的に声を張り上げた。
「クラウディア・フォン・エーデルシュタイン!」
その名が大講堂に反響し、天井のシャンデリアが微かに震える。
クラウディアはまっすぐに俺を見つめていた。
そして、絞り出すように声を出した。
「殿下、私は自らの身の潔白を証明するためにきました」
凛とした声が、静まり返った会場に響く。
「なるほど、許しを請いに来たのか」
俺の言葉に、クラウディアは大きく首を振った。
その瞳には涙が浮かんでいる。
「冤罪なのです!私も父も、処刑されるようなことは断じてしておりません!
なぜ、ろくに調べもせずにこのような凶行に及んだのですか?」
その叫びに、周囲の生徒たちが息を呑む。
だが俺は、冷たく言い放った。
「黙れ。証拠はそろっている。
今この場で婚約を破棄し、国家反逆の罪で拘束させてもらう!言い訳は聞かん!」
クラウディアの顔から血の気が引いた。
信じられない…といった顔だ。
「殿下! どうして…どうして愛する人を陥れるような真似を私がするとお思いなのですか!少しは私どもの話も聞いてください!」
「反逆者が愛などほざくな!俺はお前を最初から愛してなどいない!所詮、お前とは政治的な理由で…」
ドス!
その時、俺の腹部に激しい痛みが走った。
体を預けるように倒れてきたクラウディアを引き離す。
その手には赤く染まり、力のない呆けたような視線の先には、つい先ほどまで彼女の黒髪を飾っていたはずの金の簪が、今や俺の腹部に深々と突き刺さり赤い大きな染みが広がっていた。
「殿下、それ以上は言わないでください…」
一瞬の静寂の後、大講堂に貴族達の悲鳴が響きわった。
「フェルディナンド様!」
側近やリリアーナが叫び、兵士たちが俺の周りを取り囲む。
講堂内は大混乱になってしまった。
「兵士たち。拘束しろ…」
リリアーナに無様な姿を見せるわけにはいかない。
俺はできるだけ平静を保ち、痛みをこらえながら言った
鎧の音が一斉に鳴り響き、クラウディアを兵士たちが抑え込む。
このクソ女が…。
お前のせいで俺の晴れ舞台が無茶苦茶だ…。
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