後悔
王都にある侯爵家別邸。
「旦那様は何故、お嬢様の婚約に反対なのでしょうか?」
「きっとフェルディナンド様の気性の荒さを心配なさっているのよ」
部屋の片づけをしながらの侍女のマリアの素朴な疑問に、私は少々棘のある返事をした。
そんなこと言っていいんですか?とマリアの目は訴えているが私の悪口は止まらない。
「だって、噂ではかの王子の気まぐれで何人もの侍女や貴族が処刑されているという話よ?そんな人が王になるかもしれないなんて、この国の未来が不安になるわ」
侍女は何も言わない。
黙って苦笑いしながら私の話を聞いているだけだ。
もし、この部屋にいる侍女の中に王室のスパイがいれば、私は即処刑されてしまうだろう…。
これは冗談ではない。
侍女たちを信用しているからこそ、こんな軽口もたたけるのだ。
「お父様も私の気持ちをわかっているからこそ、婚約を反対しつつもあの方の味方をしてくださっているのだと思います。お父様の優しさには感謝しかありません」
私の笑顔にマリアは、はいはい、と言った表情で部屋の花瓶の手入れをしている。
「我儘を言っていることはわかっています。それに…」
そこまで言って私は何やら、外が騒がしいことに気づいた。
窓から庭を眺めると、いつもより人の動きが慌ただしい。
切羽詰まったような使用人達の顔が私を不安にさせる。
そういえば、慌ただしく出て行った父はまだ屋敷へ戻ってきていない。
王城へ行くと言って出て行ったのは昨日のことだ。
「何かあったのかしら?」
私は不安を打ち消したくて隣に立つマリアに声をかけた。
「どうでしょう?確認してきますので、お嬢様はこのままお待ちください」
彼女がドアへ向かおうとした瞬間、廊下の奥から金属音が響いた。
鎧のこすれる音、複数の足音、短い指示の声。
それらが一気にこちらへ近づいてくる。
次の瞬間、ドアが乱暴にノックされた。
「何用ですか?」
不機嫌にそうに問うマリアの言葉が終らぬ内に家令が若い騎士を伴って部屋に入ってくる。
その表情を見た瞬間、胸の奥がざわついた。
「お嬢様、お逃げください。」
「どういうことですか?」
「説明している時間がありません。すでに準備は整っています。ここにいるブッフバルトが案内いたします」
そういうと若い騎士が一歩前に歩み出た。
「私がお嬢様をお守りします」
「彼はお嬢様とあまり年齢は変わりませんが、優秀な騎士です」
まだ幼い顔をしていたが、家令のハンスが言うのだから間違いはないのだろう。
体はすでに屈強な騎士に見劣りしない。
「理由を聞かせてもらえますか?」
わけもわからず逃げろと言われても納得できない。
「旦那様が今しがた王家への反逆の罪で処刑されました」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「反逆…?処刑…? お父様が…? なにかの間違いではありませんか?」
自分の声が震えている。
けれど、ハンスはただ静かに首を横に振るだけだった。
「間違いではございません」
世界が一瞬、音を失ったように感じて、室内が回転してるかのような錯覚に陥った。
部屋の空気が突如重く感じ、背中には何か冷たいものが流れた。
傍にいたマリアも言葉を失っている。
しかし、私には思い当たることがないわけでもなかった。
それを口にする。
「どうして…急に…。まさか、フェルディナンド様が…」
家令は視線を落としたまま沈黙する。
その沈黙で、私は全てを理解した。
「あの方をお守りするため、王城へと旦那様は向かわれたのですが…」
家令の声は震えていた。
その震えが、かえって現実味を帯びさせる。
「それでは、あの方はどうなったのです?」
ハンスも問い詰めるも、何も答えは返ってこなかった。
「つまり…フェルディナンド様と取り巻きの貴族が、邪魔者を排除した…そういうことですわね?
私の我儘を聞いていなければ、お父様が巻き込まれることもなかった…」
家令の答えを待つまでもなく、全てを理解した。
父に政治的なリスクを負わせたのは全て私の責任だ。私があの方との婚約を望んだばかりにこんな結果になってしまった。
全てをわかった上で私の我儘を聞いてくれていたのだ。
なぜ、こうなることを想像できなかったのだろう?
なぜ、無邪気に喜んでしまったのだろう?
自分の愚かさに今更ながらに気づく。
「お嬢様、すぐにお逃げください。フェルディナンド様の手のものはすぐ近くまできております」
若い騎士が声高に叫ぶ。
「お母さまはどこにいるのです?いっしょではないのですか?」
「奥様はこの屋敷に残ります。お嬢様の逃げる時間を稼ぐのだと…」
「そんな…」
「とにかく!今は一刻もはやく屋敷を離れてください!」
「お母さまを置いてはいけません!」
ぱああん!と私の頬を叩くものがいた。
ブッフバルトだった。
「今、捕まったら問答無用で処刑されます。何をするにも、一旦この場から離れなきゃ何もできはしません!」
突然の無礼な行いにハンスに睨まれていたが、彼の言葉は鬼気迫るものがあった。
その言葉で、ようやく私は決心を決めた。
「それでは、お嬢様。どうかご無事で。奥様のことはおまかせください」
ハンスは、母とともにこの屋敷に残るようだ。
私は侍女とともに若い騎士に連れられて屋敷を出ることにした。
後悔だけが残る。
私の我儘が両親を…。この屋敷全体、いや侯爵領全体を危険にさらしてしまった。
残された私は逃げ延びてどうすればいいのか。
いったい、何ができるというのか…。
弁明するためにこの場を離れる?
いや、そんな生半可な状況ではない。
私は全てを失うことになる。
残された手段はもう一つしかない…。
そう復讐だ。
フェルディナンド様と決着を付けねばならない。
そう強く心に刻みこんだ。
それだけが私に残された唯一の希望、生きる目的なのだから…。
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